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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第三章 波の音

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デートのお誘い

 十三時を迎え、『海のいろどり』にパラパラとお客さんがやってきたところで、私と隼人はお店を後にした。隼人はこの後も仕事だというので港の方へと歩いて行った。手持ち無沙汰になった私はなんとなく、福良港周辺をぶらぶらと散策する。小さな港町には、いつも潮の香りが漂っている。うみねこの鳴いている声が聞こえてきた。海沿いのベンチに座って自動販売機で買ったサイダーを飲む。途中、暑さにやられてしまって、結局すぐに自宅へと引き返した。

 今日は仕事もないので、母の代わりに家族全員分の夕飯の支度でもするかと思い立つ。母は部屋で掃除をしていた。


「あら、今日休みだっけ?」


「うん。ちょっと菜々の店に行ってた」


「そう。お父さん、出張から帰ってきて大忙しみたい。また話聞いてあげて。『朝香にもいろいろ伝えなきゃならんことがある。あー経営者は忙しい』ってぶつぶつ言ってたわよ」


「……明日聞くよ。それよりお母さん、今日夕飯作るわ」


「それはそれは、ありがとう」


 冷蔵庫の中にある食材を確認しようとしたところで、私のスマホがぶるぶるっと震えたのに気がついた。


「誰?」


『海のいろどり』に行ってきた後だったので、菜々か隼人のどちらかだろうと予想をつけてスマホの画面を見やる。だが違った。そこに表示されてあったのは、「090」から始まる見覚えのない番号だ。

 一体誰だろう。

 出るかどうか迷ったけれど、念のため、通話ボタンを押した。


「もしもし」


 スマホを耳に押し当てる。一瞬の沈黙の後、「あ」と、電話の向こうで誰かの息が漏れるのが分かった。


『もしもし、朝香?』


「……翔?」


 予想もしていなかった人物に、私は面食らう。なんで翔が? 翔の電話番号なら随分昔に登録していたが、今日は知らない番号からだった。そんな私の疑問は口に出すまでもなく、翔が流暢に話し出す。


『去年、携帯番号ごと変えたんだ。良かった、出てくれて』


 番号を変えた。なんだ、そんなことか。

 単純な話に拍子抜けしてしまう。


「そうなんだ。それで、何か用?」


 私は、冷蔵庫の前から一旦離れて、自分の部屋へと上がっていく。誰かと電話をしている声を人に聞かれるのは嫌だ。母は何も言わず、掃除に集中していた。


『うん。今度仕事が休みの日、デート行かない?』


「……へ?」


 翔の口からまさかの誘いが来て面食らう。

 デート?

 私と翔が?

 一体何のつもりなんだ——そう問いただしたくなったけれど、翔の無邪気な明るい声を聞いて、詳細を尋ねる気がなくなった。


『再会記念にどうかなって。あ、久しぶりだしそんな長時間じゃなくていいよ。半日程度空いてたらどうかなーって』


 私は、部屋の壁に掛けてあるカレンダーをちらりと一瞥する。今週は日曜日まで予定が詰まっている。次の休みは月曜日だ——。と冷静に予定を確認している自分に驚いた。


「次の月曜日なら、大丈夫」


『お、ほんと? それなら月曜日にしよう。俺はいつでも大丈夫だから』


「うん、分かった」


 翔は待ち合わせ場所と時間をぱぱっと伝えてくれて、「じゃあそれだけだから、また月曜日に」と電話を切ってしまった。

 嵐のように電話をかけてきて颯爽と切っていったわね。

 昔から翔は、「思い立ったが吉日」とでも言うように、行動と決断が早いところがあった。今回も、突然私と遊びに出かけようと考えただけだろう。

 深い意味なんてない。

 そう思うのに、心臓の鼓動がどんどん速くなるのに、気づかないふりをした。


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