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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第二章 潮の香

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クリームソーダ

 翔は、私の言葉に目を丸くした。それから少し経って、今度はふっと目を細める。


「そうだよなー。うん、本当にそれに尽きる。今の生活に満足してればそれでいいっていうね」


 がはは、と口を開けて笑う翔を見て、私はほっとしていた。

 翔にはやっぱり、笑顔がよく似合う。ずっと、この弾けるような笑顔を守っていきたい——そこまで考えてふと気づく。

 私、何を思ってるんだろう。

 翔の笑顔を守りたいなんて。そんなのまるで恋人の台詞じゃないか。

 一人、頭の中で妄想を繰り広げてしまった私は、勝手に顔が熱くなるのを感じた。海風は心地が良いぐらい吹いているのに、自分の顔面だけが熱を帯びている。翔はそんなことに気づく素ぶりすら見せず、「朝香は、」と話を続けた。


「今、幸せか? 朝香の家は代々続くお香の会社なんだろ。家族みんな一緒に暮らしてるのか?」


「うちは、そう。一人っ子だからお父さんとお母さんと一緒に暮らしてる。二人とも、私と違ってガツガツ系というか、自分の意見をはっきり言うタイプなんだよね。跡取り娘としてしっかりした人間を育てたいっていう気持ちがあるのは分かるんだけど、時々、期待に押し潰されそうになる」


 本当は、「幸せだよ」と答えるつもりだった。

 でも口をついて出てきた言葉は、両親から感じている跡取り娘としてのプレッシャーだった。

 父も母も、私を香風堂の跡取りとして育てるのに必死で、たぶん私は普通の家庭より厳しく育てられてきた。言葉遣い、ゲームの時間、習い事、勉強、門限。全部、両親に管理されている。愛されていると思えばそうかもしれない。でも少なくとも、束縛されているように感じている今、それを幸せだと呼んでいいのかどうか、分からなかった。


 翔は私の言葉を聞いてどう思ったんだろう。

 隣から、彼の規則正しい息遣いが聞こえてくる。

 呆れただろうか。そんなことを言う女の子だと思っておらず、驚いただろうか。失望しただろうか。

 嫌われたかもしれないな——そんなふうにネガティブに考えてしまう自分がいて、こめかみがちりりと痛かった。


「そういうことって、あるよな」


「え?」


 彼の反応は、とても予想外だった。

 共感、してくれているのだろうか。

 翔に、今の私の話で共感してもらえるようなところなんてあっただろうか。

 容姿も、性格も、神様に選ばれたみたいに完璧な彼に、臆病な私のどこを同じだと感じてくれたのだろう。


「朝香の気持ち、分かるよ。いや、なんていうか……完全に理解できるって言ったら烏滸がましいかもしれないけど、そういう家族からのプレッシャーを感じる気持ちは分かる。たぶんみんな、何かしら抱えてるもんだと思うし、そういうの。俺は母親だけだけど、時々、鬱陶しくなることもあるし」


 心なしか、「鬱陶しい」と言うところで、彼の表情がすっと硬くなったような気がした。


「だから気持ちが落ち込んだ時はさ、俺を呼んでよ。家庭のことは何も解決してやれないけど、話聞くことぐらいはできるから。んで、朝香が少しでも家のことから解放されるように、リフレッシュさせてやる」


「リフレッシュ……」


 トクン、トクン、トクン——。

 なんだろう、この気持ちは。

 翔の言葉が、私にだけ伝えてくれる一つ一つの想いが、びっくりするぐらい胸にすっと溶けていく。私が求めていたものはこれだと言わんばかりに、私の身体の一つになって、身体中を巡っていく。甘くて痛い、何かが弾ける。


「……って、俺何くさいこと言ってんだ。かっこわる——……」


 頭の後ろの方をぽりぽりと掻きながら頬を赤く染める翔。反射的に彼を抱きしめたい衝動に駆られて、思わず彼の顔を見つめた。


「格好悪くなんかないよ。ありがとう。すごく……嬉しかった」


 高鳴っている心臓の音に気づかれませんようにと祈りながら、素直な気持ちを翔に伝えた。


「どういたしまして。まだまだ時間あるし、もうちょっと海眺めとく?」


「それなら私、カフェでクリームソーダ買ってきてもいい?」


「何それ、いいな。“青春”っぽい」


「クリームソーダが? そんなものが青春になるの?」


「もっちろん。海見ながら飲むクリームソーダは絶対青春だって」


「ふふ、まあ、そういうことにしておこう」


 私たちは互いに顔を見合わせて笑う。“青春”か。クリームソーダなんて飲まなくても、翔の隣にいるだけでもう、味わえてるんだけどな——そんな恥ずかしいこと、絶対本人には言えないけど。

 先に立ち上がった翔が私に手を伸ばす。少し迷った後、その手を取って、私も腰を浮かした。お尻についた砂を払いながら、近くのカフェまで歩く。翔の手はやっぱり大きかった。

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