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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第二章 潮の香

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青春が始まる

 高校一年生の一学期はあっという間に過ぎていった。

 クラスでの友人関係は、可もなく不可もなく。出席番号が前後の友達と仲良くはなったけれど、常に一緒に行動するほど仲が良い子はいない。一番の仲良しといえば、二組にいる菜々だったから、クラスで親しい友人関係を築こうという心意気も薄かった。


 その代わりと言ってはなんだが、入学式の一件から、翔とはよく話をするようになった。

 それもこれも、ゴールデンウィークが明けて最初の席替えの際に、彼と隣同士の席になったからだ。それも、窓際の二列、一番後ろの席だ。先生の目が一番届かないところで、私たちは休み時間や授業中、よく他愛もない話をした。時々授業中に先生から注意されることもあったけれど、どうってことない。今まで優等生らしい学生生活をしてきた私にとっては、ちょっぴりスリルのあることだった。でも翔は慣れているのか、「すみません、楽しくてつい!」と明るい言い訳をしてみせた。その言葉に、クラスメイトたちがくすくす笑う。翔の少年らしい純粋な笑顔を見ると先生も気持ちが解れるのか、「次は気をつけてね」とすぐに許してもらえたから、翔は人生得をしている。翔はその明るさと外見の格好良さも相まって、クラスですぐ人気者になった。


 私も翔も、部活動には所属しなかった。私の方は学校から帰った後に家の手伝いで忙しかったからだ。翔はスポーツが得意だと言っていたけれど、どうなんだろう。なぜか運動部にも入らないので、気になって聞いてみた。


「翔は部活はしないの?」


「うーん、そうだな。興味があるもんがあったら、入りたいとは思ってたけど……」


「興味があるの、なかったんだ」


「いや、サッカーとかバスケとか球技は好きなんだけどさ。見学に行ってもいまいち、気分が乗らないというか」


「へえ。そんなもんか。うちの高校、運動部は強いって聞いたよ」


「そうらしいね。まあ、その分練習も厳しそうだし、やっぱりいいかなって!」


「そんなもん? 大会で活躍できたら大学だって推薦で行けちゃうかもよ」


「大学かあ。うん、まだ先のことすぎてよく分かんねえな。朝香はそんなことまで考えてて、さすが優等生って感じ」


「そんなんじゃないけど……」


「俺は高校では部活より青春! って感じのことしたいかなーなんて」


 翔は終始掴みどころのない返事をしていたけれど、要は部活で汗水垂らしてきつい思いをするより、華の高校生活を楽しみたいようだ。


「青春か。なんだか、自分とは全然関係のない話みたい」


 漫画や小説なんかで読むきらきらした男女交際や、真剣に取り組む部活動での青春を思い浮かべて、私はため息をつく。

 私の人生には、そんな素敵な青春時代なんてきっとやってこない。

 世間からはそう呼ばれる年齢ではあるが、ああいう眩しい青春は、一部のごく限られた人間だけが味わえるものだ。その他大勢は、青春らしい青春など経験することなく、大人になる。現実的なことばかり考えて、気持ちが萎えてしまいそうだった。

 達観した私の物言いが気になったのか、翔はぷっと吹き出した。


「なーに辛気くさいこと言ってんだ。青春はこれからじゃないか」


「だって……そんな想い描いた通りの青春を送れるのなんて、アニメのヒロインぐらいだよ」


「そうか? 俺はそうは思わないけどな」


「そりゃ、天ヶ瀬くんはさ……」


 絶対主人公になれるタイプじゃない。

 そう口にしかけた私に、彼はいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「“翔”って呼んで。そう言っただろ、入学式の日」


「言ったけど、やっぱり慣れないよ。男の子のこと名前で呼ぶの」


「じゃあ、今日から呼んで。大丈夫、朝香だってできるって、青春! とりあえず俺のこと名前で呼んでくれたら青春が始まるっ!」


「……何それ」 


 翔の言うことは破茶滅茶だ。でも、彼から“朝香”と名前で呼ばれると、不思議と胸がドキドキしていた。


「俺と一緒に楽しもうぜ、青春」


「……うん」


 とんでもなく恥ずかしい台詞を、照れた様子もなく明るく言い放つ。そんな翔のテンションに引っ張られて、恥ずかしいはずなのに頷いてしまう。

 これからどんなことが始まるんだろう。

 予想もつかない男の子との毎日に、今まさに青春が始まろうとしている予感がした。

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