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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第二章 潮の香

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天ヶ瀬翔

「ありがとう。あの、名前は……」


「俺? 天ヶ瀬翔。気軽に翔って呼んで」


「天ヶ瀬、翔くん。よろしくお願いします」


 整った顔立ちの彼にふさわしい、芸能人みたいなキラキラした名前だなと思う。「気軽に翔って呼んで」というところは、正直難しいのでスルーしちゃうかも。

 それにしても彼はどうして私の名前を知っていたんだろう? 気になって聞いてみた。


「あー教室の前に貼ってる紙見て、覚えてた」


 彼は黒板に貼られたB4サイズの紙の方に視線をやった。クラスメイト全員の名前と、座席の位置が書かれているものだ。


「え、全員の名前をもう覚えたの?」


「いやいや、まさか! 俺そんなに記憶力良くないって。さっきも言ったけど、城島さんからいい匂いがして、気になったというか。……って、こんなふうに言うと変態みたいじゃん」


「そ、そうなんだっ」


 確かに、今の彼の言い分だけ聞くと変態チックに聞こえるけれど、「いい匂いがする」と言われるのはちょっぴり嬉しかった。


 昔から線香の匂いが身体にまとわりついているせいか、小学生の頃から揶揄われることが多かった。女の子の友達の中には「いい匂いがするね」と言ってくれる子もいたが、特に男子からは数々の心無い言葉を頂戴した。


「城島ってくっせーよな!」

「お墓の匂い、お墓お墓!」

「幽霊でも憑いてるんじゃないの?」

「こっわ〜。城島に近づいたら取り憑かれるっ!」


 小学生男子のそれは、どこの学校でもよくあるような、好奇心から他人を揶揄おうとするちょっとしたいたずら心だ。私だって分かってはいた。でも、同じ小学生だった私は家業のことで揶揄われて、純粋に深く傷ついてしまった。


「ちょっと男子、やめなよ。城島さんが可哀想じゃん」


「だってこいつ、本当にいつもくさいじゃん。こういうの“スメハラ”っていう

んだぜ! かーちゃんが言ってた」


 覚えたばかりのスメルハラスメントなんて言葉を使ってそれらしい言い訳をしてくる。注意をしてくれた女子は、「これだから男子は」と呆れ顔だ。


「気にしなくていいよ、朝香ちゃん。私はお線香の匂い、好きだよ」


「う、うん。ありがとう……」


 優しく声をかけてくれた女子だったが、やっぱり自分からは線香の匂いが漂っているのだと思い知って、余計虚しくなった。


 学年が上がると、さすがに表立って匂いのことで揶揄ってくる人はいなくなったけれど、あの時の記憶が今でも頭にこびりついている。特に、クラスが変わったり、こうして新しく知り合う人が増える場面では、特に緊張していた。


 また臭いって思われたらどうしよう。

 匂いのせいで友達ができなかったら。


 そんな不安に駆られていたせいで、正直高校に入学したばかりの今日も、内心びくびくしていた。ゆえに、これまで天ヶ瀬翔以外の人間と言葉を交わしてはいない。幼馴染で同じくあわじ南高校に進学した菜々は、一年二組で別のクラスだった。


 だからこそ、翔からいい匂いだと断言されたことは、縮こまっていた私の心を溶かしてくれた。他のみんなからどう思われているかは分からないけれど、少なくともクラスで一人は私を受け入れてくれている。そんなふうに安心することができた。


「そろそろ体育館みたいだぞ。ひえー緊張するな。行こうぜ」


 全然緊張なんてしてなさそうな顔で、翔はニッと笑みをこぼす。


「うん」


 他のみんなと同じように、先生に指示されるがまま廊下に整列を始めた。

 私と翔が、初めて言葉を交わした日の出来事だった。


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