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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第二章 潮の香

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出会い

 着慣れないブレザーの裾のところに白い糸がバッテンの形に縫い付けられていることに気づいたのは、一年四組の教室に入った後だった。


 高校一年生の春、あわじ南高校に進学した私は、高校生活初日からあたふたと動揺を隠せない。クラスの何人かは同じ中学校出身の人だったけれど、いざという時に助けを求められるほど仲が良い人はいなかった。


 どうしよう、ハサミ持ってきてないし……。

 これから入学式だ。この縫い糸が付いたまま、入場するのは恥ずかしい。迷っているうちに、やってきた担任の先生が胸につける花のコサージュを配り始める。ピンク色の華やかな花は本物だった。甘い香りが鼻をかすめて、焦っていた気持ちは少しだけ和らぐ。けれど、やっぱり縫い糸のことが気になって、冷や汗が止まらなかった。


「ねえ」


 気分が焦っていたので、後ろから声をかけてもらったことにも気づけない。


城島(きじま)さん、ねえってば」


 肩をトントンと叩かれたことで、身体が勝手にぴくりと揺れる。咄嗟に振り返ると、「城島さん、で合ってるよね?」と聞く、男の子がいた。


 目も鼻も口も、すべてが均一の取れた整った顔立ちをしていてはっと息をのむ。さらさらの黒髪が少しだけ目にかかっていて、隙間から覗く大きな瞳が特徴的だ。瞳の中の光が、淡路島の星空を思わせるほど、鮮やかに煌めいている。教室の中で場違いに雄大な夜空の景色を思い浮かべてしまうほど、彼の目は美しかった。


 それに、なんだかどこかで見たことがあるような気がしたのは、気のせいだろうか。


「な、なに……?」


 知らないクラスメイトから突然名前を呼ばれたことにびっくりしつつ、乾いていた口をなんとか動かす。


「なんか、困ってる感じだったけど、これ良かったら使う?」


 彼が差し出してきたのは紛れもなくハサミだった。刃の方を自分で持ち、持ち手を私の方に向けている。心臓が止まりそうだった。どうしてハサミなんか。いや、そもそもどうして私が今ハサミを必要としていることが分かったんだろう。


「ごめん、気になったからつい。城島さん、いい匂いがしたから」


「……」


 予想外の反応が降ってきて、私は面食らう。

 いい匂いがした……その言葉をどう解釈したらいいのだろうか。あっ、と思いついた私は、「もしかしてこれ?」と自分の胸に刺さっているコサージュを指差した。


「すごく甘い香りがするから、このお花の匂いじゃない?」


「うーん。いや、ちょっと違うかな。花だったらみんな付けてるじゃん」


「そ、そうだよね。変なこと言ってごめん」


「いや、謝らなくていいよ。もっと特別な——なんつーかな、城島さんしか持ってない、懐かしくてやさしい匂い」


「あーそれ、もしかしたらお香かも」


「お香?」


 大きな瞳が純粋な好奇心を向けた。その目に吸い込まれそうになりながら、気がつけば家業のことをぽろりと漏らしていた。


「うち、線香とかお香とかを作って売ってるの。だからその匂いが染み付いてるのかも」


「へえ、そうなんだ! そりゃ納得だわ」


 合点が言って嬉しそうに目を細める。


「それよりハサミ……借りてもいいかな?」


「あ、ああどうぞ。はい」


 差し出されたハサミをゆっくりと受け取る。裾に縫い付けられた一本の糸を切って、ようやくふう、と安堵のため息を吐いた。


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