8話 人々が謳歌する街シュッダ 目的はただ一つ、衣服!
「ユウ様!アクイ様!見えて来ましたよ。あれがシュッダの街です!」
馬車の中から少し顔を出す。
森を抜けた広い草原の中、石造りの大きな壁が横一面に立ち並んで聳えてた。
あの中には人間が沢山いる。それもかなり多い……召喚されたところの人間の数よりは少ないけれど……
草原には草の生えない地面の道。それが石造りの壁にある門に続く。門の前には何人かの人間がいた。何をしているのだろう……?
「あぁ、あれは冒険者ですね。魔物の死骸を持っているので、依頼帰りかと……」
私の視線に気付いたリンが補足。魔物の死骸……食べるのだろうか?
「そうだ。街に入る時は、身分証が必要なのですが……」
首を横に振る。悪意の化身は両手を開いてリンに見せた。
「……ですよね。身分証無しに街に入るのには、少々お高い金を払うことになりますが……致し方ありません。私が払います」
門に到着すると、馬車からリンが降りてそこにいた鎧を着た人間達と会話を始めた。その人間が馬車の中とその中にいる私と悪意の化身を確認すると、すぐに戻って行った。
街から聞こえる声は大量。楽しそうな子供の声。仕事に勤しむ若人の声。愛を囁き合う人間と人間の声。独り言を呟く老人の声。その他色々。
馬車の外。リンと人間達との会話が終わり、馬車に戻って来た。
「これを持っていて下さい。これがシュッダでの一時的な仮身分証になります」
私と悪意の化身に木製の……小さな板が渡された。何か書いてある。
「絶対に無くさないで下さいよ。それが無ければ捕まってしまいますから」
「……なぁ、身分証はどうやったら作れる?」
悪意の化身がリンに聞いた。私も耳を傾ける。
「身分証ですか?シュッダの住人の身分証なら役所での手続きが必要ですが……そういう訳ではありませんよね?」
悪意の化身が頷いた。私も頷いてみる。
「それなら……手っ取り早い方法だと、冒険者ギルドで冒険者になることですね。手続きを終えて冒険者カードを手に入れれば、街に入る時に面倒な手続きは必要無くなり無償で街に入れます」
「無償はかなりありがたいな。これからを考えると冒険者になることも視野か……」
「その方が良いかもしれませんね。ある程度の力や技量が必要ですが、依頼を受けて完遂すれば、それに見合った報酬を受け取ることができます。それに、面倒事がかなり多いと聞きます」
「おお!それは良い。衣服を見繕った後にでも寄ろうか」
「……分かった」
「丁度良いですね。まずこの馬車を戻して、その後にでも寄りましょうか。私も冒険者ギルドに用ができたので」
馬車が進んで、門を抜けた。
石の地面に立ち並ぶ建築物。稀に見える奇怪な建物。何処かに行く子供とそれを追いかける母親。声が沸き上がる市場。裏路地と思われる場所と聞こえる悲鳴、狂気に染まった人間の引き笑いの声。生まれ死す生命。
街を感じ見ていると、ガタゴトと揺れる馬車が止まった。
「私です!ただいま戻りました!」
リンの声と共にまた馬車が動き出した。
そしてすぐにまた止まった。近くに馬がいる……馬車の馬をここに入れて休める為の場所だろうか……?
「……降りるか」
悪意の化身がそう言った。先に降りた。私もそれに続く。
そこは庭に近い空間。大きな建物の背後にある少し広い空間。建物の先にはさっきまで移動してた道。
「あ!ユウ様、アクイ様!そこで少々お待ち下さい!」
馬を置いて来たリンが馬車の中に入って中の木箱や……色々と外に出し始めた。
「……〈影怨病〉」
怨念を媒介に、陰から伸びる人型を創って中の色々を外に取り出す。リンは唖然としていた。それと大きな建物から出て来た中年の人間も啞然としていた。
「あ、え……エルグさん……ただいま戻りました」
気まずそうな表情と声のリンがそう言った。中年の人間は誰だろう……?あと黒い……
リンが中年の人間に事情を説明すると言って、私と悪意の化身は大きな建物の中の一つの部屋に案内された。多分……客間。ここには私と悪意の化身だけ。リンと中年の人間は客間の外の廊下にいる。2人の話す声が聞こえる。
あの人達は私の命の恩人であり、あの山賊ヤガザを討ち倒してくれた。そして恩人の1人は目的が見つからず困っているから、山賊ヤガザを私の代わりに討ってくれたお礼として目的探しに同行したい……と、まとめると大体そんなことをリンは中年の人間に話して話した。
大体地球時間17分53.309秒の廊下の会話が終わって、リンと中年の人間が客間に入って来た。その間、私と悪意の化身はずっと長椅子に座った。
中年の人間が私達の反対側の長椅子に座った。リンは別の小さな椅子を引っ張り出してそこに座る。
「初めまして。私はこのグレイ商会の長をしておりますエルグ・グレイと申します。あなた方には、リンが世話になったようで……」
中年の人間はそう名乗った。
「そればかりか、まさか山賊ヤガザとその一味を倒すとは……リンから貴族と繋がっていると言われ知った時、半ば諦めが勝っていました」
少し目を伏せ……黒がちょっと増えた。
「私も、山賊ヤガザに恨み等は持っていました。今はかなり大きくなりましたが、商会を立ち上げたばかりの頃は小さく誰も取り合ってくれず、リンの生まれ故郷である村には、良い取引をさせてくれました……だからこそ、恩返しを込めてリンを引き取り、この商会で働かせていましたが……」
中年の人間エルグ・グレイが目を伏せるのを辞めて、私と悪意の化身を見た。ずっと内にあった黒が……復讐心と焦燥感と……あと色んな感情が薄く成った。
「だからこそ……山賊ヤガザを討った君達に、私から感謝を伝えたい。ありがとう」
「私からも、改めてありがとうございます」
2人が頭を深く下げた。そして上げた。悪意の化身は必要無いのに考える素振り……
「話は変わるが、この街には2人分の衣服を求めて来たんだ。ずっと、この服を着るわけにはいかないからな」
目的……
「どうぞどうぞ。気に入った物があれば幾らでも……は商売上がったりですので1人1着程度。無償で差し上げます」