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男前の結城さんと乙女な成瀬君  作者: 佳岡花音
6話浜内君と結城さん
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ep5 絆創膏と花火

すっかり成瀬に振られてしまった百崎は、茫然とベンチに座っていた。

こんなに苦労して着てきた浴衣も、時間をかけたヘアスタイルも台無しだ。

それなりのシチュエーションがあれば、成瀬の心も動かしてくれると思っていた。

もう少し時間をかけて落としたかったが、なぜだか結城という異質な存在が出て来てしまい、百崎には焦る気持ちが出てきてしまったのだ。

だから、こんな安直な手で成瀬に接近しようと考えてしまった。

それがそもそもの間違いだった。

成瀬の親友と豪語している浜内の気を引いて、その中で仲良くなれば、成瀬も自分に靡いてくれると思った。

百崎には成瀬を取り巻く女子より、自分の方がよっぽどいい女だと自負していた。

今まで男にアプローチをして失敗したことはなく、大半の男はすぐに百崎を好きになってくれたのだ。

浜内をちょろい男と侮らないで、恋を成就するために他人を使おうとしなければ、こんな結末になるなんてことはなかったはずだ。

そんなことを考えている間に、人ごみの中から走って百崎の前に浜内が現れた。

手にはコンビニの小さな袋がぶら下がっている。


「ごめん、遅くなった……」


彼は息を切らし、額には大量の汗がにじんでいた。

この人ゴミだ。

ここまで来るだけでも苦労をしただろう。

浜内は箱から絆創膏を取り出して、百崎の靴ずれした部分に丁寧に貼っていった。

百崎はただ、されるがまま見つめている。


「たぶん、これで大丈夫」


彼はそう言って履きやすい場所に草履をおいてくれた。

百崎が草履を履き、立ち上がった瞬間、頭上に花火が上がった。

浜内も百崎もその花火へ目をやる。

花火は大きく花開いていた。


「花火、上がっちゃったね。成瀬も葵ちゃんもいないみたいだし、俺たちもここで解散しようか」


浜内はそう言って笑った。

ここで解散なんて、花火は今始まったばかりだ。

百崎に一人で花火を鑑賞しろというのか。

それはここで花火を二人で見る以上に滑稽だ。


「ちょっと、待って。浜内先輩!」


百崎は浜内を呼び止めたが、もう足を止めてくれることはなかった。

惨めだ。

今から盛り上がる花火大会で、好きな人に振られ、それを慰めてくれる人にも見捨てられ、ここで花火を一人で見るなんて。

百崎はそのまま力が抜けたようにベンチに座った。

彼女の耳にはただ、花火の上がる大きな音だけが響いていた。

そんな時、誰かが百崎の名前を呼んだ。

それは、先ほど出くわしたクラスメイトの3人だった。


「萌咲、大丈夫? 成瀬先輩は?」


百崎は首を横に振った。

すると、隣に一人座ってきて、優しく彼女の背中を撫でる。


「そっかぁ、うまくいかなかったのか……」


皆、百崎が成瀬と上手くいかなかったことを理解した。

そして、今度は口々に浜内の悪口を言い出した。


「けど、あの男、誰だっけ? 浜内? あいつ最低だよね」

「そうだよ。自分で花火大会誘っておきながら、最後には私たちに投げるんだもん」

「そうそう。大体、あんたがいるんだから、もっと成瀬先輩との仲取り持てよって感じだよね」


口々に出る彼女たちの言葉。

百崎は慌てて、三人の言葉を止める。


「私がここにいるって、誰に聞いたの?」


するとクラスメイトの一人が首をかしげて答えた。


「あの浜内って人だよ。なんか、萌咲が一人になっちゃうから、一緒に花火見てやれって。ほんと、自分勝手だよね」


浜内は百崎を一人にして帰ったわけではなかった。

人ごみの奥に彼女たちがいることを知ったうえで、百崎から離れたのだ。

そして、帰り際に彼女たちに百崎が一人でいることを伝えた。

そうすれば、彼女たちが同情して百崎に会いに来るとわかっていたからだ。

浜内は百崎を孤独に、そして惨めにしないために最後まで考えてくれていた。

そして、初めて理解したのだ。

自分は浜内にまでフラれてしまったことを。

そう思うと涙が止まらなかった。

周りの女子たちが必死で百崎を慰めようとしていたが、彼女の悲しみは止まらなかった。

百崎の目の前には浜内の貼ってくれた絆創膏だけが残されていた。




成瀬は結城に手を引かれながら、小さな丘に登っていた。

夜空にはいくつもの花火が上がっている。

大きな音が響いて、その度に遠くで花火が輝いていた。

丘に登りきると、そこは花火が良く見渡せる場所だった。

丘の下を見てみると、たくさんの花火鑑賞者たちが集まっているのが見えた。


「ここはとっておきの場所なんだ」


結城は何度か来たことがあるのか、そう言った。

丘に登ってきている人はほんの数組だけだ。

ここなら人ごみを気にせずに見ることが出来た。


成瀬と結城の手はまだ繋がれたままだった。

結城の手も百崎と変わらないぐらい小さくて柔らかい。

けど、あの時よりもずっとドキドキした。

この大きな鼓動は花火の鳴り響く音のせいなのか、それとも結城と繋がれた手のせいなのかわからない。

ただ、成瀬は目の前に輝く花火より、その光に照らされる結城の横顔から目が離せなかった。

花火なんて興味のなさそうな結城だが、実際は楽しんでいるようだ。

大きく開く花火に目を輝かせていた。


「成瀬、今、すごい大きなの上がったぞ!」


結城が珍しく浮かれた様子で成瀬に話しかけた。

その時、初めて成瀬が花火ではなく、自分の事を見ていることに気が付いた。

そして、繋ぎっぱなしの手にも気が付いて、慌てて手を離す。

結城はつい、夢中でいろんなことを忘れていたのだ。

さすがにこれには恥ずかしくなったのか、結城の顔は赤くなっている。

それが成瀬には愛らしく見えた。


「結城さん」


成瀬はそんな結城の名前を呼ぶ。

結城はゆっくり顔を上げた。


「これが恋愛感情なのかまだわからないけど、これだけはわかる……」


彼はそう言って、真っすぐ結城の顔を見た。

真横では何発も花火が上がっていた。


「俺は君にどうしようもなく惹かれているみたいだ……」


結城の耳には同時に花火の音が響いていた。

どんとつきあがる音とバーンと弾ける音。

そして、最後散っていくパラパラという音。

その音と一緒に、結城の耳には何度も成瀬の言葉が響いた。

その言葉に、結城はどう反応していいものなのかわからなかった。

ただ、花火の輝く夜空の下で、成瀬と見つめ合っていた。

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