ep2 ダブルデートの誘い
期末試験は無事に終わり、夏休みは目の前だった。
夏休みに入れば、インターハイまで部活一色になる。
今年こそはと部員たちも息巻いている中、成瀬も精一杯の力を振り絞って試合に臨まなくてはいけない。
ひとまず、成瀬の頭の中は部活の事でいっぱいだった。
それもあってか期末の結果などは二の次になっていて、そこに大きな変化があったことに気が付かなかった。
廊下を通り過ぎ、部活に向かおうとした頃、廊下の壁に期末の結果発表が張り出されていた。
成瀬はいつものように自分の順位を確認した。
学年7位。
いつも通りの結果だ。
そして、その成瀬の斜め前には福井が立っていた。
福井は驚いた顔をしていたが、すぐに口元は緩みガッツポーズを見せた。
何事かと成瀬も最上位の名簿に目をやる。
そこには1位福井、2位野木、3位結城となっていた。
いつもならば断トツ1位の結城が二つも順位を下げている。
しかも、もう一つ気になったのは、いつもなら上位に入っている雨宮の名前がなかったことだ。
名簿をずっと降ろして見てみると15位に雨宮の名前が並んでいる。
雨宮は結城以上に順位を落としているのだ。
成瀬はこの二人に何があったのか気になったが、直接聞くわけにもいかなかった。
そして、珍しい事はもう一つ。
浜内の期末の結果だ。
全ての教科において平均以上の成績が取れているのだ。
これでひとまずスパルタ塾に行かなくてもよくなった。
ただし、夏期講習で予備校に通うことは決まっていたらしい。
「いやぁ、これも愛の力かなぁ」
浜内は緩み切った顔で答えた。
いつもなら睨んでくるのはクラスメイトの女子なのだが、今日に限っては男子からの目線が痛い。
しかし、浜内は全く気にしていない様子だった。
「萌咲ちゃん、超可愛いんだよぉ。わからないところとかさぁ、『せんぱぁい、これどう解くんですかぁ?』とか猫なで声で聞いて来て、身体をね、こう、ぴったりくっつけて聞いて来るんだよぉ。マジ、ヤバくない?」
確かにヤバいと思いながら、何も言えない。
浜内が幸せであるなら、悪い事は何もないのだけれど、どうも彼女の行動にはひっかかるところが多かった。
「それはいいけど、サッカー部は今年インターハイに行けそうなの?」
成瀬はだらけ切った浜内に聞く。
去年は浜内もインターハイには力を入れていたようで、補欠要員であっても全国に行くのだと騒いでいた。
しかし、今年の浜内からはそんな雰囲気など漂っていない。
「インターハイ? ああ、どうだろね。今年は皆あんましやる気ないし、去年みたいに強い選手も少ないから微妙……」
成瀬に言われて、やっと思い出したという態度だった。
もし、去年より強い選手が少ないなら、浜内にもレギュラーになるチャンスがあるはずだ。
しかし、浜内にベンチ以外のポジションに着く気力は感じられなかった。
それよりも今は目の前の可愛い後輩の事でいっぱいのようだ。
「そうだ。成瀬は今年の花火大会どうするの?」
浜内は話を変えて聞いて来る。
なぜ、突然花火大会の話が出てきたのかわからなかったが、とりあえず考えてみた。
確か、去年は妹の葵と二人で行った。
その頃の杏子はホストクラブで入り浸りだったし、父親も家に帰って来なかったからだ。
しかし、今年はどうするのかまだ考えていない。
それに年頃になった葵は、もう兄と出かけたいと言ってくれないかもしれない。
「まだ、決めてないけど……」
「ならさ、ダブルデートしない?」
浜内の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、驚いた。
「萌咲ちゃんに花火大会誘ったんだけどさ、二人きりは恥ずかしいから誰か誘おうって話になってさぁ。こんなこと頼めるの成瀬しかいないじゃん」
「え、でも……」
突然ダブルデートと言われても困る。
誰と行くかも決めていないのだ。
「なんだよ。成瀬ぐらいのモテ男なら、誘える女の子なんて五万といるだろう? 誰か適当に誘ってさ、ダブルデートしようぜ?」
成瀬にはそんなにひょいひょい女子を誘えるほど、自分がモテているという自覚はない。
しかし、誘いたい相手がいないわけでもなかった。
成瀬の頭の中に結城の顔が浮かんで、自分でも驚いた。
と同時に、顔を真っ赤にする。
「なになに? もしかして、成瀬君も誘いたい女の子がいるのかなぁ? あれなら俺からも頼んでやるぞぉ?」
余裕があるのか、浜内はにたにた笑いながら成瀬の肩に手を置いた。
それを成瀬は払い落す。
今の浜内に協力して欲しいことなどなかった。
「わかった。俺も誰か誘うよ。それで、いいんだろう?」
それを聞いた浜内が大喜びして、跳ね上がっていた。
これ以上浜内に自分の考えていることを悟られたくなかった。
それに、誘うと言っても、成瀬が声をかけられるのは他には雨宮ぐらいである。
しかし、最近の雨宮は話しかけられる雰囲気はないし、あちらも部活で忙しいだろう。
後は妹の葵ぐらいだが、これはダブルデートと言えるのか。
それに、断られるとわかってはいるものの、結城を誘うという選択をパスしてもいいものか悩んだ。
成瀬が一緒に行きたい相手は、結城なのだから。
ただ、女友達の中で一番信頼がある相手として見ているのか、はたまた本気で好いているのか成瀬にも今はわからない。
けれど、結城と行く花火大会はどの年とも違う充実感があると思った。
無事に1学期も終了して、成瀬は部活とバイトで忙しくしていた。
午前中は学校で夏期講習があり、それは自由参加だったが、予備校など特別な理由がなければ基本参加となっていた。
だから、予備校通いの福井や雨宮は夏期講習には来ていない。
家の仕事を理由に結城も夏休み中は休んでいた。
そして、浜内の夏期講習は夜のみなので、学校の夏期講習にも部活にも参加している。
いつもの浜内なら、この勉強三昧の夏休みに文句を言っていそうなところだが、恋愛に充実しているのか特に文句は言ってこなかった。
こんな前向きな浜内と一緒にいるのは、なんだか調子が狂う。
バイト先に行けば、当然、結城とも会える。
結城は朝から晩まで店の仕事をしていた。
この夏休みのタイミングで客寄せの販促などを考えたいらしい。
それともう一つ、夏には行事があって忙しいようなのだ。
勝は店内に真新しいポスターを貼る。
それは例の花火大会のポスターだった。
「うちも町内会に頼まれて、花火大会で露店を出すことになったんだよ。成瀬君、花火大会の日は空いてる?」
「すいません。友達と遊ぶ約束をしてしまって」
この店が花火大会に露店で参加することをこの時、初めて知った。
ということは結城も露店に手伝うのだろう。
「そりゃぁ、残念だな。なぁ、馨」
勝は勘定を計算している結城に話しかける。
結城は勘定を計算している時が、一番機嫌が悪い。
金額が合わないと露骨に舌打ちした。
「ああ?」
すごい顔で結城は顔を上げた。
「花火大会? あんなのボランティアみたいなもんだろ?」
正直、結城も出店には快く思っていなかった。
出店は準備も多く、忙しい割に儲からないかららしい。
「成瀬君は誰と行くの? 彼女?」
彼女?と聞かれて、成瀬はびくっとする。
いるはずもないが、つい結城の反応を窺ってしまう。
しかし、結城は相変わらず勘定に気を取られていて聞いてはいなかった。
ほっとするような、残念なような気持ちだ。
「いや、彼女いないですから。友達の浜内と彼の友達と、たぶん葵ぐらいを誘っていきますかね」
「そうなんだ。成瀬君、イイ男だから彼女の一人や二人いるのかと思ったよ」
勝はそう言いながら笑った。
いや、さすがに二人もいたらヤバいだろうと成瀬は思っていた。
そして、とりあえず確認しておこうと勝に尋ねておいた。
「あの、出店はどこで何を出すんですか?」
もしかしたら、花火大会で結城に会えるかもしれないと思ったからだ。
「割と社殿寄りかなぁ。焼きそばを販売するよ。500円。友達も誘って遊びに来てヨ」
勝はにこにこ笑いながら答えた。
ひとまず、成瀬も笑って頷いた。