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男前の結城さんと乙女な成瀬君  作者: 佳岡花音
6話浜内君と結城さん
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ep1 浜内の春

体育祭が無事に終わり、成瀬の足の捻挫も短期間で回復した。

回復と同時に、夏休みに行われるインターハイの予選の為に部活に専念しないといけない。

今年こそは全国に行きたいところだが、全国の壁は思った以上に高かった。

成瀬たちの学校のように勉学にも励みながら、部活にも力を入れる学校ばかりではなく、本気でスポーツで生きて行こうとする若者もたくさんいるのだ。

そんな彼らを相手に勝ち進むことは、どんなに要領のいい成瀬でも難しかった。

また、最近テニス部のコート周りのネットの前に女子学生が集まることが多くなった。

体育祭のおかげでまた、成瀬が目立ってしまったらしい。

学年問わず、更にファンが増えてしまったようだ。

練習中に甲高い成瀬の名前を呼ぶ声援が飛び交っている。


そして、夏休みに入る前には期末試験が待っていた。

今度こそは平均以上の成績を出さなければ、スパルタ塾に通わされる浜内も必死になって勉強していた。

結城は相変わらずで、期末だろうが何だろうが、授業は寝て参加するスタイルは変わらなかった。

そして、期末こそは学年1位を取ると、福井が息巻いていた。

こんな寝てばかりの結城に負けっぱなしなのが気に入らないのだろう。

それは、おそらく雨宮も同じだが、あの体育祭が終わってから雨宮はほとんど結城にも成瀬にも関わろうとはしてこなかった。

むしろ、避けているようにも見える。

体育祭でお互いに力を合わせれば、もう少し仲良くなれるかと思っていたが、余計に二人の間に深い溝が出来てしまった気がしていた。

そんな時、ひどく緩んだ顔で浜内が成瀬に話しかけてきた。


「成瀬ぇ、聞いてくれよ。ついに俺にも、春がやって来たぜ!!」


浜内は両腕を天井に上げて叫んでいた。

成瀬と福井が、ついに期末試験の所為で頭がいかれたのかと唖然と見ていた。


「なんだよ、春って?」


福井が疑うような顔で訪ねるが、それでも浜内はへらへらと笑った顔で答えた。


「俺、一年の女子にアプローチされちゃった」

「はぁ、浜内が!?」


教室中に響くような声で福井が叫んだ。

声には出さなかったが、成瀬も同じぐらい驚いていた。

浜内が女の子から声をかけられることなんて、高校に入ってから初めてのことだったからだ。


「誰かと間違えられたんじゃねぇの?」


福井は信じ切れずに聞き返す。

しかし、浜内は自信満々に首を横に振った。


「間違えてねぇよ。ちゃんとサッカー部2年の浜内先輩かって聞かれたし」


確かに浜内はサッカー部だ。

2年にも浜内という同姓同名の人物はいない。


「お前って、今サッカー部でポジションなんだっけ?」


福井は必死にどういうことなのか考えながら浜内に尋ねる。

浜内のサッカー部も夏休みのインターハイに向けて頑張っている時期だ。

もしかしたら、部活で活躍している浜内を見て、少しはいいと思った女子がいるのかもしれない。


「ディフェンダーのサイドバック」

「ってか、俺、お前が練習試合とか出ているところ、見たことねぇぞ」


福井は再び浜内を疑いの目で見つめる。

それに対し、浜内は顔を背けた。

かなり言いにくいことがあるようだ。


「まあ、試合に出ることは少ないかも……」


つまり、万年ベンチ。

補欠選手ということだ。

やっぱりそんなところかと福井は納得した。

そもそも、サッカーでモテるポジションはミッドフィルダーやフォワードの事が多い。

ゴールが決められる、目立つポジションでもあるからだ。

しかも、浜内は司令塔のような立場でもない。

補欠選手を見て、素敵だと思う女子がいるだろうか。

それとも、あまりに女子にモテなさそうな浜内に目を付けた、痛々しい女子なのかもしれない。


「理由はよくわからねぇんだけどぉ、その子がまた、超可愛いんだよぉ。なんたって1年4組の百崎萌咲ももざきもえちゃんだからな!」

「はぁ!? 1年の百崎!?」


福井は更に大きな声で叫んだ。

おかげでクラスメイトの半分が福井の方を何事かと見ている。

そんな光景が恥ずかしくなったのか、福井は1回咳払いをして気持ちを落ち着かす。


「福井は百崎さんの事、知っているの?」


状況に全くついて来られない成瀬が質問する。

こういうことには本当に成瀬は鈍感なのである。

仕方がないと、なぜか福井が説明を始めた。


「1年の百崎萌咲っつたら、入学早々話題になった美少女だよ。華奢で頭小っちゃくて、ツインテールが良く似合う女子。百崎に興味ないなんて、成瀬ぐらいだよ」


そうかなと成瀬は頭を撫でた。

別に興味がないわけではないが、最近は目の前のことでいっぱいいっぱいで正直他学年の事まで目が行き届かなかったのだ。


「そんな百崎さんが、お前なんて相手するわけがないだろう? 人、間違えてんじゃね?」


福井が浜内の顔を見ながらありえないと言っている。

しかし、これに関しては浜内も引き下がる様子はない。


「間違えてねぇよ。あんな可愛い女子、間違えようがないだろう!!」


浜内は強気で言った。

確かに、よくも知らない女子なら名前を間違えることもあるだろうが、あの百崎をいくら浜内でも間違えるとは思えない。

ここはもう、浜内の妄想としか片付けられなかった。


「もう信じてくれなくてもいいよ! 期末試験期間になったら、一緒に勉強会しようって話もしてるし、そん時に証明してやらぁ!!」


全く信じる気がない福井に浜内は敵意を見せつける。

福井も応じて睨み返した。

それを成瀬は呆れながら見ているしかない。

期末試験週間は数日後だ。

その時には何かしらが証明されるのだろうと、これ以上話をこじらせるのは辞めた。

しかし、これが浜内の勘違いではないと言うことの証明になることになる。



期末試験週間の初日の放課後、教室に騒めきが起きた。

それは、教室の入り口にあの百崎萌咲が立っていたからだ。

しかも、近くにいた生徒に浜内先輩を呼んで欲しいと頼んでいた。

ほとんどのクラスメイトが絶句する中、浜内がドアの前にいる百崎の名前を呼んだ。


「萌咲ちゃん! こっちこっち」


浜内はそう言って席を立ち、百崎を手招きする。

百崎もそれに気が付いて、浜内の前まで小走りでやってきた。


「成瀬、紹介するわ。こちら百崎萌咲ちゃん」


浜内は隣に立たせた百崎を成瀬に紹介した。

成瀬は百崎を見て、小さく頭を下げた。

確かに福井が言っていたように、人目を引く美少女だった。

白い肌と小さな頭、華奢な体、誰をも魅了しそうな大きな瞳だった。

その瞳で見つめられたら、ほとんどの男子が勘違いをしてしまいそうだった。


「それとこいつが成瀬蓮。俺の大親友!」


今度は百崎を見て、成瀬を紹介した。

百崎は手を一度叩いて、何かを思い出したように可愛らしい声で言った。


「成瀬先輩! 1年女子の中でも人気なんですよ。会えるなんて光栄です」


彼女はそう言って、握手を求める。

成瀬もその手を取ろうとしたが、その瞬間、クラスメイトからの鋭い目線が気になった。

百崎はそれに気が付かないのか、そのまま成瀬の手を取って握手をした。

彼女の指は細く、柔らかかった。


「そうだ。成瀬先輩も一緒に勉強会しませんか? 私じゃ、2年の浜内先輩のサポート、出来ないですし」


彼女は自然と成瀬を自分たちの勉強会に誘ってきた。

しかし、成瀬は首を横に振る。


「ごめん。今日はバイトがあるんだ」


別に浜内に気を利かせたわけではなく、バイトがあるのは本当だ。

それになんとなく、この雰囲気についていけなかった。


「そっか、それは残念だな。なら、俺ら行くわ」


浜内はそう言って鞄を持って教室を出て行った。

浜内も特に成瀬が勉強会に参加することを嫌がった様子はなかった。

百崎が成瀬に一礼して、浜内の後を追いかけていく。

それを成瀬と並んで福井が見つめていた。

彼の表情は真っ青である。


「嘘だろう。あの百崎だぜ」


未だに目の前にしたことが信じられない福井。

それは他のクラスメイト達も同様だった。

成瀬は周りが思うほど驚きはしない。

浜内は成績も悪いし、要領もいい方ではないが、誰よりも優しい男だと知っているからだ。

百崎がその事に気が付いていて、浜内に惹かれていたとしたらいいなと心から思っていた。

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