使用人たちの総意
翌日、クラウディアは洗濯を任された。
洗濯所に山積みされたリネン類に腕がなる。
三人が並んで洗える細長い洗濯桶に、クラウディアは率先して水を溜めた。
昨日とは違う使用人の女性たちは、挨拶をした後、どうしたものかと固まっていたので、気遣いは無用だと態度で示したのだ。
すると、彼女たちは口々に手際がいいと褒め、あっという間に日常的な洗濯風景になった。
洗濯所は並んで作業するため、どこの屋敷でも女性たちのおしゃべりの場となる。
クラウディアが水に手をつけたまま、その感触を確かめていると不思議そうな顔をされた。
「まだ四月の半ばなのに、ここの水は暖かいんですね」
クラウディアがそうつぶやくと、逆に驚かれた。
「えー? 四月で水が冷たいなんてこと、あるんですか?」
「グラーツ領は南の端っこって聞いていましたけど、他領はそんなに寒いところなんですか?」
「ええと。なんていうか。寒さが長引く時があるんです。そういう年は四月の終わりくらいまでは冷たいことがあるんです」
「へえー」
「じゃあ、真冬は大変でしょう?」
「もう痛いくらいです」
そんな会話をしながらも、皆、手を休めることはない。みるみるうちに、洗い上がった洗濯物でカゴがいっぱいになった。
「私、干してきますね」
クラウディアがカゴを持ち上げると、想像以上に重くてヨタヨタとよろめいた。
「あ! 危ない!」
「下ろして!」
このまま落としてしまうと、ここまでの皆の働きを台無しにしてしまう。そう思って踏ん張ろうとしたところだった。
クラウディアは背後に人の気配を感じた。
「きゃっ」
「あ、悪い。重そうだったんで、つい」
急にカゴを奪われたため、クラウディアはバランスを崩してしまった。
「大丈夫?」
「もう。声くらいかけなさいよねっ!」
女性二人に詰め寄られている長身の男性は、カゴを持ったまま恐縮している。
その様子を冷やかしながら、男性の連れがやってきた。
「なんだよ。抜け駆けしやがって」
「なっ。咄嗟に手が出ただけだよ」
「お前、この前まで、『きっちり上下関係をわからせてやる』とか言ってなかったか?」
カゴを持った男性は、発言を暴露されて、「わーっ! 馬鹿っ! このヤロー」と慌てている。
(……やっぱり。歓迎されていなかったのね。それでもこうして手伝ってくださるなんて。このお屋敷の皆さんは、根が優しい方ばかりなんだわ)
「もう。この馬鹿どもは私が連れて行きますから、クラウディア様はここにいらしてください」
クラウディアの隣で洗っていた女性が、「ほらっ!」と、声をかけて二人を連れていった。
「あっはっはっ。いいように使われていますね」
「うふふ」
クラウディアも思わず笑みがこぼれた。
(なんでかしら。これまでと同じように働いているのに、ちっとも辛くないわ)
洗濯を終え、ベッドメイクを済ませると昼になった。
クラウディアも誘われて、初めて他の使用人たちと一緒に昼食をとることになった。
クラウディアがスプーンを口に運ぶと、部屋の中が静まりかえった。
「あ、あの? 何か? 私――」
不安がるクラウディアに、向かいに座っていた女性が、「な、なんでもないです。それより、えっと」と会話を探してあたふたし始めた。
使用人たちは、クラウディアの所作の美しさに見惚れていたのだ。
そうとは知らず、気まずい空気を察したクラウディアは、
「あ、あの。私、お水を持ってきます」
と、席を外した。
クラウディアが厨房に向かうと、彼女に釘付けになっていた者たちが、「はあー」とか、「ふうー」と、息を吐いたり吸ったりし始めた。
「驚いたな。やっぱり公爵令嬢っていうのは、俺たちとは全然違う生きものなんだな」
「そりゃあそうでしょ! 小さい頃から厳しく教育されてんだから」
「うんうん」と次々に同意する者たちが、それぞれの思いを口にする。
「だよなあ。やっぱ品があるよな」
「そうなのよ。本当に私たちと一緒に働いてもらっていいのかしら。ふっと我に返ると恐ろしくなるのよ」
「噂の白豚令嬢とは大違いだしな。だとすると、あの判決はなんなんだ?」
「そうそう。王太子の方が間違ってるとしか思えねえよなー」
「絶対に間違ってるだろう。豪華な食事をしていたんなら、もっと太ってるはずだろ」
皆、我も我もと言葉が飛び交う。
「ねえ、それより、クラウディア様の手を見た? あかぎれだらけでしょ。私の手より荒れていたわ」
「いや、それよりも何よりも、なんであそこまで痩せてるんだ? 飯をろくすっぽ食わせてもらってなかったんだってな。ひでーことしやがるぜ」
「あれだろ。結局、義理の母親に公爵家を乗っ取られたんだろ」
「あんな上品なお嬢さんが、父親が亡くなっただけで没落していく姿は見るに堪えないな」
「本当よ。いくら王太子の命令だからって、貴族のお嬢さんに私たちと同じ格好をさせるなんて、ひどすぎるわ」
誰かの意見に言葉をかぶせていくうちに、どんどんと熱を帯びていき、最後には、領主への疑念まで生まれてしまった。
「でもさ。クラウディア様を酷い目に合わせているってことはさ。ユリウス様は判決内容を鵜呑みにされたってことか?」
「うーん。どうなんだろう。何かお考えあってのことなのかな?」
「先代の領主様は、そういう間違いを許さない方だったのにな」
これ以上は見過ごせないと、それまで黙っていたネリーが大きな声で一喝した。
「はいはい。そこまで。みんなの言いたいことはわかりました。その辺にしておかないと、反逆罪に問われますよ」
夜が更けた頃、ネリーの姿はユリウスの執務室にあった。もちろんアントンも控えている。
「――というわけですので。公爵令嬢とまではいかなくても、使用人のお仕着せではなく、普通のお嬢さんが身につけるようなドレスを着させてあげたいのですが。判決文には、働かせろとはありましたが、無様な格好をさせろとはありませんでしたよね」
ユリウスは怪訝に思う感情を抑えて、疑問に思ったことだけを口にした。
「使用人たちは、なぜクラウディアの身なりなどを気にするのだ」
「好きだからですよ。みんなクラウディア様のことを気に入ったんですよ」
そう言うネリーも同じ気持ちだからこそ進言しているのだ。それはユリウスに伝わった。
いつもなら不粋なことを言って周囲を辟易させるアントンが、珍しく執事兼秘書らしく殊勝な申し出をした。
「ユリウス様。是非、私にお任せを。仕事に差し支えのない範囲で、使用人の皆さんが納得するドレスを仕立てさせますので」
「ああ、頼む」
燭台に照らされたユリウスの横顔には、自分の言動に怯えるクラウディアに腹を立ててしまい、その人となりを見ようともしなかった後悔が浮かんでいた。