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新しい生活

 一度体を休めてしまうと、「ああ悲鳴を上げてもいいのだ」と理解したかのように、体のあちこちが訴え始めた。

 蓄積していた疲労のせいで、クラウディアは熱を出して三日間寝込んでしまった。



 四日目から起き出したものの、「体力が回復するまでは働かせない」というネリーの一言で、クラウディアは食事の量を徐々に増やしながら、屋敷の部屋を覚えるためだけに歩き回る日々を過ごした。

 公爵邸には使われていない寝室や子ども部屋などもたくさんあり、最初に案内してもらっただけでは覚えきれなかったので、仕事の取り掛かりだと思えば気が楽だった。


 南の果ての領地などと揶揄されているが、さすがに序列トップの公爵家だけあって、インスブルック家にはなかったチャペルや図書室まであり、クラウディアを驚かせた。


 屋敷は、前庭を三方から臨むE字形のつくりになっている。

 とても美しい外観で、外壁には天使たちの彫像が、すべての窓にはバルコニーが付いていた。

 エントランスポーチの屋根にある王冠を模したような塔は、王都でも見たことのないデザインだった。


 クラウディアは、目にするものすべてが美しく、誰にも咎められることなく屋敷の中を自由に歩いていることが信じられなかった。


(こんな風に初めて訪れた屋敷を探検したのはいつ以来かしら。幼い頃は、あちこち見て回るのが楽しくて――)


 楽しくて? そうだった。昔はそんな風に楽しんだこともあった。でも、楽しかった日々は終わったのだ。もうそんな日は来ない。

 そう思うと、クラウディアは胸に痛みを感じた。


(でも今だけなら……? この、誰の目にも留まらない自由な時間をあと少しだけ味わえたら……。いいえ。馬鹿なことは考えちゃだめよ)


 ホールから前庭を見ていたクラウディアは、逡巡した結果、踵を返し裏庭へ直行した。




 裏庭は、基本的に使用人しか使わない。どこの屋敷でも、洗濯物を干したり、使用人が休憩したりする場所だ。

 案内してくれたヨハンによれば、変わり者のアントンはたまに顔を出すらしいが。




 裏庭には誰もいなかった。

 使用人部屋や厨房へも通じているので、ここに来た時はいつも誰かしらいるものだが、今日は皆、忙しくしているようだ。

 そう思うと、ぶらぶらしていることが申し訳なくて仕方がない。


(それにしても、こんなにも自由に過ごせるなんて……)


 皆、クラウディアの存在など忘れてしまったとか? まさかそれはない。それなら食事の用意だって忘れるに決まっている。三食とも誰かしらが部屋に届けてくれるのだ。

 そもそも、冷酷な領主が罪人を遊ばせておくなど考えられない。

 今は、この先しっかり働けるようになるための、束の間の療養時間なのだ。

 

 それならば。体力は回復したと思う。正直に言わなければ。そして真面目に働くのだ。失敗などしようものなら、どんな仕打ちが待っているかわからないのだから。





 五日目の朝。朝食を下げに厨房に行き、ネリーの居場所を尋ねた。



 ネリーはパントリーで食料の在庫を確認していた。


「あのネリーさん。長々と休ませていただき、ありがとうございました。私も今日から働きます」

「え?」


「もうすっかり元気になりました。私の仕事を教えてください」

「ふう……。確かに食事も全部残さず食べているとは聞いていますよ。でもねえ」


 言いながらネリーはクラウディアの顔色を見て、大丈夫だと踏んだ。


「じゃあ私と一緒に一通りやってみましょう」




 クラウディアの予想に反して、ネリーが割り振った仕事は、インスブルック家にいた時とほとんど変わらない屋敷の掃除や洗濯などだった。


(もっと体を酷使するようなキツい仕事を言いつけられると思っていたのに。まだ様子見なのかしら?)




 ネリーは仕事の手順を説明し、クラウディアが申し分なく出来ることを確認すると、一緒に作業する使用人に引き継ぎ、いったんネリー自身の本来の仕事へと戻っていく。

 そして、作業が一段落する頃合いに戻ってきては、クラウディアの手を止めさせて、次の仕事へと移る。

 そうしてネリーは、一日で、ほとんどの仕事と一緒に働く使用人たちの紹介を済ませた。



 初めて顔を合わせた使用人たちは皆、クラウディアとの接し方に戸惑い、最初はモゴモゴと口ごもって、遠巻きにしていた。

 クラウディアもどちらかと言えば人見知りする方なので、互いに名乗りもせず黙りこくってしまう。


 そんな気まずい雰囲気も、ネリーはメイド長というだけあって、難なくほぐしていく。


「ここでは、新参者から先に挨拶をする決まりなんですよ」

「あ。あの。クラウディアと申します。一生懸命がんばりますので、よ、よろしくお願いします」

「は、はい。こ、こちらこそ。あ、あの、クラウディア様――」

「呼び捨てで大丈夫ですので」

「い、いいえ。そんな――」


 父親が亡くなってしばらくは、インスブルック家の使用人たちも同じような反応をしていた。だが、徐々に使用人としてのクラウディアを受け入れていった。


(……いけない。自分から呼び捨てにしろって言っておいて、今、不機嫌な顔になっていなかったかしら?)


 知らない土地で、一日中一緒にいる使用人仲間に嫌われてしまっては、針のむしろで生活することになる。

 クラウディアは口角を上げて微笑むと言う慣れない努力をしてみた。


 そんなクラウディアを痛々しい目で見たネリーは、


「まあ確かに。一緒に働くのに、()っていうのはね……」


 と、少し思案し、クラウディアと使用人たちの顔を見ながら決めた。


「ですが、公爵令嬢をいきなり呼び捨てにするのは勇気がいることです。いちいち気を使いながら働くのは大変なので、しばらくは、「クラウディア様」と呼びましょう。クラウディア様もそれでよろしいですね?」


 そう言われては断れない。


「はい。構いません」


 使用人たちは、「はあ」と胸を撫で下ろした。


「じゃあ、クラウディア様。今日はここの仕事を最後までやってください。何かあれば、この赤毛のリーシュにお聞きください」


「あ。はい。では、リーシュさん。よろしくお願いします」

「わ、私のほうこそ、よろしくお願いします」


 クラウディアとリーシュがぎこちなく挨拶をしたところで、ネリーは去った。




 変なところで負担をかけてしまっている。これではただの厄介者だ。そう思ったクラウディアは働きぶりで仲間だと認めてもらうしかないと、雑巾を絞るにも渾身の力を込めた。


「……あ。本当に初めてじゃないんですね。ご実家にいらっしゃった時も働かれていたというのは本当だったんですね」

「まさか水仕事もされていたなんて」


 リーシュや他の子たちは、クラウディアの手つきに感心した。


「そこまでかたく絞れる子はそうそういませんよ。この子なんて、最初は全然力が入らなくて、びしょびしょにしていたんですよ」

「えへへへ」



 クラウディアと使用人たちは、探り探りながらも、互いの距離を縮めてその日の仕事を終えた。



(今日一緒に働いた人たちは、とっても優しかった。私のことをまだ貴族として見ているせいだろうけれど。嫌われてはいないみたい。そういう感情って、どうしても態度に出るもの)

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