ネリーからの申し送り
ユリウスは不機嫌極まりない表情で、執務室のデスクの上の書状を見ていた。
デスクの上には、クラウディアの処遇に関する二種類の書状が並べられている。
左右に分けて、それぞれを扇形に並べたのはアントンに違いない。相当面白がっているようだ。
そのアントンはデスクの前に立ち、ユリウスから不機嫌以外の表情を引き出せないものかと思案していた。
「なんだこれは」
ユリウスが無表情のままアントンに尋ねれば、
「なんだとはまたどういう意味でしょうか。既にお読みになったのでしょう?」
と、とぼける始末。
一方は判決を言い渡したフランツとその取り巻きらからの書状で、要約すれば「非情に徹し、とにかく罰せよ」という念押しだ。
「重労働だろうと構わず使役せよ」
「休ませるな。甘やかすな」
何が重労働だか知りもしないで馬鹿げた指示をしている。ユリウスは、読めば読むほど不快感が込み上げてきて、途中で放り出したくなった。
(フランツ王太子はよほど暇とみえる。それほどまでに罰したいのならば、自分の手でやればよいものを。手は汚さず口だけは出すのか)
ユリウスは、思い出したくもないフランツの高慢な態度を思い出し、苦々しくなった。
「……はあ」
もう一方の書状は、今は亡きモーリッツ・インスブルック公爵の盟友たちから届いたものだ。
よくよく審議されぬまま拙速な判決が下されたと主張し、たとえ過失があったとしても情状酌量を求めるという内容だ。
「まったく面倒なことだ。我が領地をなんだと思っているのだ」
ユリウスは不貞腐れた言葉を吐いているが、その顔は無表情のままだ。
「それは多分――。グラーツ領は雪さえ降らぬ一年中温暖な南の領地であるにも関わらず、冷酷な領主は常に無表情で氷のように冷たく、その姿は溶けない氷像のようだという噂が王都にまで伝わっているせいでしょう。ユリウス様の面白おかしな噂を、世間知らずの王太子が真に受けられた結果ですね」
楽しくて仕方がない様子で微笑むアントン。
噂を語りながら揶揄するアントンに、ユリウスは明らかにムッとしているはずなのだが、やはり顔には出さない。
領主としてよく訓練されているといえばそれまでだが、アントンにしてみれば可愛くない。
「それで。昨夜到着したと言ったな。ネリーが面倒をみたのか?」
「はい。まあこれが。なかなかなようで」
「わかるように言え」
アントンは、急かすユリウスが珍しくて、「ククッ」と笑ってから続けた。
「王宮からの早馬が到着してからというもの、使用人たちの間では、『王都から追放された我が儘な白豚女が送られてくる』という噂で持ちきりでしたからね。ネリーは、『好き勝手になどさせるものか』と息巻いていましたし、他の者たちも、『同じ使用人という身分なら、先に働いている分、自分たちの方が上だ』と、上下関係をわからせてから働かせようなどと言っていましたが」
「いい加減にしろ。お前はどうしてそう、余計な情報を長々と。私が聞きたかったのは――」
「ええ。わかっておりますとも。クラウディア公爵令嬢のことですよね。ああ、ええと。元ですが。どうしましょう? クラウディア嬢と呼びましょうか。それとも、やはりクラウディアと呼び捨てに?」
「今はどっちでもいい。早くその女性の――」
「はいはい。では元公爵令嬢ということでクラウディア様と呼ぶことにします。コホン。まあ一言で言えば、彼女はネリーを味方につけましたよ」
ユリウスがわずかに眉尻を上げたのを見て、アントンは嬉しくなった。
「ネリーは元々、孤児院で働いていましたからね。虐待を受けた子を嫌でもたくさん見てきています。どうやらクラウディア様は食事を満足に与えられていなかったようです。すっかり胃が縮んでしまい、人並みの食事をとることができない状態らしくて。気力まで削がれていて、ネリーによれば、庇護すべき対象であって、罰を与える対象ではないそうですよ」
アントンは喋りながら、昨夜のネリーの剣幕を思い出していた。
「ネリーは幼い者に弱いからな。十五歳になったばかりだったか。ネリーにとっては幼く映ったのかもしれんな。告発された内容の詳細も証拠も見ておらぬから、現状では判断のしようがない。まずは本人を正そう」
「では?」
「うむ」
アントンが、「入りなさい」とドアの方に声をかけると、一人の少女がおずおずと入室した。
ネリーが庇護対象だと思うのも無理はない。
頬はこけ、体は「細い」を通り越して、もはや「薄い」。
背も低く、とても十五歳には見えない。
(これが元公爵令嬢だと? なんの冗談だ。十二、三歳の貧しい平民の娘にしか見えんぞ。余命いくばくもない病人と言われた方がまだしっくりくる。このような女性を罰として酷使しろと?)
ユリウスは頭に浮かんだ様々な感情を伏せて、静かに尋ねた。
「そなたがクラウディア・インスブルックか?」




