証人による証言
「陛下。出廷しなかったということは、グラーツ公爵様に依頼された証言を拒否したということではないでしょうか。これで、どちらの言い分が正しいかおわかりいただけたものと存じます」
しんと静まり返る中、何の前触れもなく大広間のドアが開いた。
「全くどうなっておる! 裁判の最中であるぞ!」
苛立つハイマンに恐れをなした近衛兵は、ひるみながらも報告した。
「お、恐れながら申し上げます。証言予定の証人たちが出廷しました」
「は?」とヒューゴーが、間抜けな顔で近衛兵を見た。
たくさんの足音が聞こえてきたため、貴族たちもドアの方を注視した。
大広間に入ってきたその集団は、クラウディアに味方すると約束した商人たちだった。
「国王陛下。参上が遅れてしまい申し訳ございません。我ら一同、謹んで証言させていただきます」
先頭に立ち、そう挨拶をしたのはアイズリーだった。
ヨハンが素知らぬ顔で最後に入ってきた。
ゾフィーは真っ青な顔で、「どうして?」と体を震わせ始めた。
ハイマンは落ち着き払い、すぐ側に控えていた近衛兵に指示を出した。
「そこの者。この者らが予定していた証人たちか、ひとまずリストと照合せよ」
「はっ」
近衛兵は人数を数えると、順に名前を確認していく。
ハイマンはアイズリーに尋ねた。
「――して。なぜ時間通りに参上せなんだ?」
「それにつきましては、私からご説明させていただきます」
ヨハンがユリウスの方を見ずに、まっすぐハイマンに向かって声を上げた。
「私はリンツ商会で働いておりますが、今朝、我が社の倉庫の扉を開けたところ、なぜかここにいる商人の皆さんが閉じ込められているのを発見したのです」
ヒューゴーは混乱していた。訳がわからない。
見たこともない男が自分の部下だと言い、部下が行くはずのない倉庫の扉を開けたと言っている。
「私の聞き間違いではないな? 出廷予定の証人たちが、リンツ商会の倉庫に監禁されていたと申すか?」
ハイマンが重ねてヨハンに尋ねた。
「……な。いったいなぜ。あんなところに会社の人間が行くわけがない。そんな馬鹿な」
ヒューゴーの大きな独り言を無視して、ヨハンは、はっきりと言い切った。
「はい。状況からそうなるかと。皆さんが『王宮へ出廷するよう要請されている』とおっしゃるので、取り急ぎ馬車をお貸ししました」
ハイマンは静かにヒューゴーに問うた。
「ヒューゴー。その方の会社の倉庫に証人たちが閉じ込められていたとは。いったいどう説明するのだ?」
ヒューゴーは震えて何も言えない。
「あ、それと。皆さんを拉致した犯人は、こちらで捕まえておきました」
そう言ってヨハンがドアの方に手をやると、近衛兵が一人の男性を連れて部屋に入ってきた。
両腕を後ろに回した状態で胴体をぐるぐる巻きに縛られている男は、クラウディアを海に突き落とし、インスブルック邸に火をつけた男だった。
ユリウスとアントンの表情が強張る。
二人の代わりに、「陛下」と、穏やかな調子で話し始めたのはマリントだった。
「我が屋敷の使用人が、インスブルック家の屋敷に火をつけたと思われる男の顔を見ております。そちらの犯人は、使用人の目撃した男と人相が酷似しておりますので、後ほど面通しをさせていただけないでしょうか」
「ふむ。別件になるが、その使用人とやらに面通しをさせてみるとしよう。火付けは大罪だ。慎重に吟味せねばな」
犯人と言われた男は、「ちっ」と舌打ちをすると、ヒューゴーを顎で差して言った。
「あいつだ。俺はヒューゴーの旦那に言われて仕方なくやったんだ。仕組んだのは全部ヒューゴーの旦那なんだ。だから悪いのは俺じゃない! あいつだ! 他にもあいつが仕組んだことを知っている。全部しゃべるから助けてくれ!」
ヒューゴーは男と目を合わせようとしない。
「ヒューゴー。その方がいくつも犯罪を犯していると聞こえたが。犯罪の教唆が事実ならば、別途調査の上、全てを明らかにする。だが、まずは本件について、証人たちの証言を聞こうか」
アイズリーが深く一礼をして話し始めた。
「はい。私はアイズリー商事の代表をしております。インスブルック家のご当主様とのお付き合いは、かれこれ三十年ほどになります。その間のすべての帳簿類を提出することができます。既に提出しております直近五年分の帳簿の明細をご覧いただき、大口の取引先である名家の方にお確かめいただければ、記載の取引が事実であると判明するものと存じます。再審の申し立てにあたり、グラーツ公爵様に帳簿をお貸しいたしましたが、その数字に嘘偽りがないことを、ここに証言いたします」
アイズリーは一息で朗々と進言した。それから他の商人たちの顔を見回すと、最後に肝心なことを付け加えた。
「なお、本日、ここに参りましたのは、陛下に事実をお伝えする、ただその一点のみにございます。決して誰かに強要されたからではございません。それだけは断言いたしとうございます」
「ふむ。ここに参列している者たちにも顧客がおるであろう。確認は容易に取れそうだな」
アイズリーに続き証言した全員が、彼と同じ主張をし、皆、一様に帳簿を提出した。
「では、その方らは、リンツ商会の写しの帳簿は偽物だと言うのだな。また、クラウディア・インスブルックが提出した帳簿の数字は全て正しいと?」
「はい」
証人たちが全員、力強く返事をした。
「お、恐れながら申し上げます」
ヒューゴーが両手の拳を握って、喚くように言った。
「陛下もおっしゃいました。大本の帳簿はないのだと。物証のない中、脅されて証言をしているかもしれない者たちの証言で、国王陛下は判決を下されるのでしょうか。ここにいる商人たちは信用できません!」
ハイマンは、「はて?」と、怪訝な表情でヒューゴーに言った。
「おかしなことを言うものだ。この証人らは全員、その方と取引をしておったのだぞ。国の事業である交易事業の一端を任されておりながら、信用のできない者たちと取引をしておったなどと言うつもりではあるまいな?」
「うっ。そ、それは――」
「そんなの詭弁だ!」
部屋の隅で控えていたフランツが、突然、口を挟んだ。
ハイマンはフランツの傍聴を許可していない。それなのに王命に逆らい部屋に忍び込んでいる。
ハイマンは、並み居る貴族たちの前で醜態を晒していることにすら気づかぬフランツに落胆した。
「……フランツ。そなたに発言を許してはおらぬ。そもそも、そなたに傍聴を許してはおらぬ」
「ですが父上。あんまりです」
「……」
沈黙するハイマンに誰も声をかけられない。そんな中、ユリウスが口を開いた。
「陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」
「許す」
「確か先の裁判では、フランツ王太子が、『信用できる証人は、百の証拠に勝る』とおっしゃって判決を下されたとお聞いております。殿下はよもや、ご自分の発言をお忘れになったのでしょうか?」
「いや、そ、それは」
困ったフランツはゾフィーを見る。ゾフィーはブルっと震えただけで目を逸らした。
「ここにいる商人たちは、陛下の忠実な臣下である故モーリッツ・インスブルック公爵が厳選した商人たちです。たかだか二年間の実績しかないリンツ商会とは違い、長年に亘り我が国の交易に携わり、国の財政の一翼を担ってきた者たちでございます。信用できないはずがございません」
「ふん。そんなこと――」
「黙れ!」
フランツはハイマンに一喝され、言葉を失い縮こまった。
いよいよ決着の時が近づいてきました。




