再審の行くえ
王宮の大広間には、前日の召集にも関わらず大勢の貴族が駆けつけていた。
玉座の前で、左右に分かれてクラウディアとゾフィーが向き合っている。
クラウディアの背中に、ユリウスがそっと手を添えていた。
クラウディアには、その手が燃えているように感じられ力が湧いてくる。
お陰で、うつむくことなくゾフィーの顔を真っ直ぐに見ることができた。
鳴り物が一際大きく大広間に響くと、ドアが開いた。
「国王陛下のお出ましです」
威風堂々とハイマンが入室し、玉座に座った。
「皆の者。急な召集にも関わらずよく来てくれた。先のクラウディア・インスブルックの裁判について、本日、新たな証拠を元に裁判を行う」
皆、無言で頭を下げて同意の意思を表す。
「まず初めに。インスブルック家の屋敷が全焼したことは皆も知っておるだろう。不幸な事件だ。だが、これについては不審火の疑いがあり、別途調査をしている」
貴族たちがざわついた。
「静粛に。火事により、本件の最も重要な証拠となり得た帳簿が焼失したと、ゾフィー・インスブルックより報告があった。誠に遺憾である」
ゾフィーと、その真後ろに立っているヒューゴーは、目を伏せて恐縮している。
「よって、交易事業に関する大本の帳簿が無い中で、事の真相を探らねばならなくなった。王宮の要請に応じて、インスブルック家が委託しているリンツ商会と交易品を取引していた商人たちより、帳簿の提出があった。また、クラウディア・インスブルックより、当人が書き起こした三年前から五年前のインスブルック家の帳簿の提出もなされておる。まずはこれらの帳簿の正確性に関して吟味する」
「ではクラウディア・インスブルック。前へ」
「はい」
「そなたはモーリッツが亡くなるまで帳簿を作成していたとのことだが、膨大な量の取引を全て覚えていたと申すのか」
ユリウスは無言のまま、「大丈夫だ」と気持ちを込めてクラウディアに視線を送った。クラウディアはその視線に対して小さくうなずくと、ハイマンにキッパリと言った。
「はい。私は一度見たものは全て記憶することができます。お疑いのようでしたら、皆さんの前で披露することもできます」
堂々と発言したクラウディアに、よくやったと目配せをしてユリウスが捕捉した。
「クラウディア嬢が作成した三年前までのインスブルック家の帳簿と、商人たちの帳簿を突き合わせて確認いただければわかるかと存じます。また、その帳簿を元に税額を計算すれば、当時の納税額と合致することもわかるかと」
そう言ってユリウスは、ハイマンを静かに見上げた。
「いかにも。役人たちも同様の考えで検証をしたようだ。商人たちの帳簿には、物品ごとの売買明細も添えられておった。これは一朝一夕に改ざんできるものではない。各商人たちの年毎の税申告の書類とも合致しておった。クラウディアの書き起こした帳簿も同様に、三年前までのインスブルック家の税申告と完全に一致しておる。そして、商人たちの帳簿の総計とクラウディアの帳簿の額とはほぼ一致していることから、クラウディアの作成した帳簿は、三年前までの交易品の取引が正確に記載されたものだと言えよう」
ハイマンは貴族たちが話についてこられているか、その顔を見て確かめた。
大丈夫そうだと判断し、続ける。
「一方、不思議なことに、直近二年分に関しては、商人たちの帳簿を集計した結果とインスブルック家の税申告の内容が、あまりにかけ離れておるのだ。此度の検証で初めて明らかになった事実である」
再びざわつく貴族たちを尻目に、「恐れながら」と、ヒューゴーが口を挟んだ。
「インスブルック家が保管する帳簿の原本が焼失したため、写しとして我がリンツ商会が書き残しておりました帳簿を提出してございますが、そちらを吟味いただけておりますでしょうか」
ハイマンは、チラリとヒューゴーに視線をやってから答えた。
「もちろんだとも。両者の証拠は偏りなく吟味しておる。リンツ商会の写しと称する帳簿は、直近二年分のインスブルック家の税申告の数字と合致しておった。つまり――」
ハイマンは水を一口飲んでから締めくくった。
「つまり、王都でも名だたる商人たちの帳簿がことごとく間違っているか、あるいはリンツ商会が写しと称する帳簿が間違っているのか。そのどちらかなのだ」
傍聴していた貴族たちに緊張が走る中、またもやヒューゴーが口を開いた。
「このようなことを陛下のお耳に入れるのは大変心苦しいのですが。王都では、グラーツ公爵様がくだんの商人たちに圧力をかけ、都合の良い証拠を出させて、あまつさえ証言まで強要していると噂になっております」
「ふむ。ユリウスよ。噂を鵜呑みにはせぬが、疑念を払拭せねばなるまい」
ユリウスは、「はい。陛下」と、一礼をすると、玉座の前に進み出た。
「ちょうどようございました。私どもも、商人たち本人から、その真意を述べていただこうと、証人としての出廷を依頼してございます。証言をする者につきましては、リストにして提出しております。私どもの話が嘘偽りのないものだと、商人たちが証言してくれるものと存じます」
「ふむ」
従者がそのリストをハイマンへ渡した時だった。
突然、大広間のドアが開き、血相を変えた近衛兵らしき男性が駆け込んできた。
「何事だ。裁判の最中であるぞ」
その男はハイマンに対して深々と頭を下げてから、彼の側に控えていた侍従長に耳打ちをした。
「……陛下」
「何事だ」
「実は――。どうやら――。いかがいたしましょうか……」
ハイマンが、「はあ」とため息ともつかぬ息を吐くと、静かに告げた。
「ユリウスの言った証言予定の者たちだが、本日、一人も出廷しておらぬ」
さすがのユリウスも驚愕の表情を浮かべて、「なんと。今 なんと?」と、聞き返した。
ヒューゴーは一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐに神妙な顔つきで、ハイマンや並いる貴族たちにも聞こえるように、大きな独り言を言った。
「やはりですか。さすがに偽証は大罪ですからね。脅されても、そこまではできなかったのですね。やはり噂は真実だったようですね」
ユリウスはヒューゴーを睨みつけると、「おのれ。よくも」と、彼に向かって大股で歩み寄った。
アントンが必死にユリウスの体を押さえる中、ハイマンは愁眉を寄せて言うほかなかった。
「ユリウス。証人がおらぬのでは、話にならぬな」
ゾフィーとヒューゴーは、その様子を見て密かに笑みを浮かべていた。




