噂とは大違い
ネリーをはじめ使用人たちは皆、今回の判決を聞いて憤慨していた。このグラーツ領がまるで流刑地のような扱われ方だったからだ。
おそらく、領主のユリウス・グラーツ公爵が、「冷酷な溶けない氷像」と噂されているせいで、王に代わり情け容赦なく懲らしめてくれることを期待されたのだ。
自分たちの敬愛する領主が、そんな目で見られているのが気に入らなかった。
ネリーは、その令嬢が同じ使用人という身分になったからには、領主の手を煩わせなくとも、使用人としての礼儀作法を叩き込むつもりだった。それはもう情け容赦なく。
だが目の前の少女ときたら!
公爵という身分を笠に着て使用人たちをいじめ抜いていた、不遜で浪費家で食い意地の張った白豚女が来るという話と、まるで違っていた。
白豚どころか、ひどく痩せこけていて不健康なのは一目瞭然。食事がままならない子どもたちなら、これまで大勢見てきた。この少女は、まるでその中の一人のようだ。
ネリーは、明日のユリウスの面談が心配になってきた。女性嫌いのユリウスと、おそらく虐待されていたであろうこの少女とは、会話すらままならないだろう。
「……はあ」
ため息をついたところで、ネリーに出来ることはない。今、出来ることといえば、目の前の哀れな少女をゆっくり休ませてやることくらいだ。
そう考えたネリーは、クラウディアに、用意していた北の端の部屋ではなく、南側の窓のある部屋をあてがってやることにした。
クラウディアを新しい部屋に案内した後で、執事兼秘書のアントンに報告しておかなければならない。
ネリーは、クラウディアの部屋を変えたその足で、アントンの部屋を訪ねた。
「アントン様。遅い時間に失礼します。どうしてもお耳に入れておきたいことがございます」
「えー? なんか嫌だなあ。絶対に面倒な話だよね?」
「例の件で、アントン様が知っておかれるべきことですので」
「そんなもの、ないと思うんだけどな」
なぜドア越しで会話をしているのか。まったく。
なかなか入っていいと言わないアントンに痺れを切らし、ネリーは思い切ってドアを開けた。
「うわっ。あー済まない。その顔は――はいはい。そこまで重大っていうことだね。うーん。困ったなあ」
「何を困ることがあるのです! ここグラーツ領では、正義を尊び公正であることが重んじられているはずです。先代の領主様からユリウス様にも、それは受け継がれており――」
「わ、かっ、た! わかりました。聞きますよ。さ、そこにかけて」
アントンの部屋には、従者見習いのヨハンからの報告を聞くためのテーブルと椅子しかない。
丸テーブルを挟んでネリーが座ると、アントンが、
「どうして私が叱られてるのかな。まだ会ってもない令嬢のことで」
などと、ぶつぶつこぼしながら座った。
令嬢という言葉にネリーはピクッと反応し、おさえていたものが溢れ出た。
「令嬢ですって?! はっ! あの子のどこが令嬢なんです? 何を着ているか、是非、見てください。あんなボロ着、ここの使用人で着ている子はいませんよ。それに持ってきた荷物といったら! 雑巾にもならないようなタオルだけ。ここに来た理由は聞いていますけれど、それにしたって、最低限の支度というものがあるでしょうに。何が嘆願ですか! どこが温情ですか! 食事も満足に取れない体になっているんですよっ!」
「ちょ、ちょっと。落ち着いてくれないかな。とりあえず、必要な物は揃えてあげて。ふう。聞いた限りだと、そのまま放置すれば、ユリウス様のお名前に傷がつきそうだね」
「ええ。その通りです。私はメイド長なので、メイドたちに気を配るのが仕事です。私は私の責任を全うさせていただきますから」
「じゃ、じゃあ。まあ。明日ユリウス様の前に出る時には、ましな格好になっているっていうことだよね? あとのことはユリウス様を信じるしかないね」
「それは。まあ。ユリウス様のことは信用していますけど。いつもの女性嫌いが悪い方へ出なければよいのですが……」
「うーん。そればっかりは……。まあでも。結局はあなたが預かることになるんだから、大丈夫だよ」
アントンの安請け合いほど信用できないものはないが、それでも悪い結果になったことはないため、ネリーは、「それでは頼みましたよ」と、自室に引き上げた。