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手玉にとられるフランツ

 フランツへのお目通りがやっと叶い、メラニーは久しぶりに王宮に参上した。


 フランツは、メラニーと二人で会う時はいつも、庭園が見えるティールームを使用してくれる。

 久しぶりに通された部屋で、メラニーはすっかりお手の物となった気落ちした表情を作って、フランツが来るのを待った。





 フランツは部屋に入るなりメラニーに駆け寄ると、膝をついて彼女の手を取った。


「屋敷のことは聞いた。残念だったな。だが、そなたらが別荘にいたのは幸いだ。怪我もなくて何よりだ」


 メラニーはフランツの手を握り返して、ためていた大粒の涙を流した。


「クラウディアお義姉様の件で、こんなことになるなんて。きっと帳簿を揃えようと使用人たちが夜遅くまで働いたせいですわ。あのグラーツ公爵が急かしたせいです。まさかお義姉様が、あの溶けない氷像と噂される公爵様をたらしこんだとは思えないのですが」

「ユリウスか。私も一度挨拶をした程度の記憶しかないが、確かに冷徹そうな男だった」

「冷徹……。リンツ商会と取引をしている方たちを脅して回っているとお聞きしたのですが。グラーツ公爵の言う通りに証言しないと、交易品を載せた船を出航させないと脅していらっしゃるとか」


 フランツは見る見るうちに顔を真っ赤にして興奮した。


「何だと! 王宮の調査隊は何をしておるのだ。妨害工作をされているのに気がついておらぬのか! ええい! すぐに止めさせるのだ! その方ら、いますぐユリウスの元へ行ってまいれ!」


 メラニーは両手で顔を覆った。危うく笑ってしまうところだった。

 ヒューゴーの言った通りだ。

 彼から言われた通りに話すと、フランツはいとも簡単に、こちらの書いた筋書き通りに動いた。


(私にかかれば男はこうなるはずなのよ。なのに、どうしてグラーツ公爵は私になびかないのかしら)


 言いなりのフランツを見ては、余計にユリウスのことが気になるメラニーだった。






 フランツの従者が近衛兵を従えてシュテファン邸にやってきて、フランツの指示書を読み上げた。


「商人たちに証言を無理強いしていると訴えがあった。港を楯に取り強要するとは言語道断である。即刻やめよ」


 不在のユリウスに代わり、マリントがゆるりと対応した。


「私どもは陛下のご命令のもと、来る再審に備えて準備をしているだけです。それを止めよと言われましても、陛下のご命令でなければ聞けませんな。陛下の命令書を携えて来られたならば、すぐにでもご指示に従いましょう。今一度王宮へ戻られよ」


 



 すごすごと王宮に引き返してきた従者らを、フランツが叱りつけた。


「いくら相手があの老公爵だろうと、言われるがまま戻ってどうする! もうよいっ。そんなに欲しいのなら父上にいただくまでだ」


 公爵令嬢に請われるがままに無茶な申し入れをして、恥をかかされたフランツの噂話は、王宮内に瞬く間に広がった。





 フランツがハイマンへの面会を求めていると知らせにやって来た侍従長が、ことのあらましを報告した。


「陛下。殿下がまたもや()()に動かれているご様子です」


 インスブルック家が不審火で焼け落ち、帳簿を含む書類等一切が焼失し、証拠がなくなったと報告を受けたばかりだというのに。

 ハイマンを悩ませる頭痛の種は、次から次へと出てくる。


「……はあ。なぜ面会人を制限されたのか。その真意を理解しておらぬな」


 フランツは、自分が暴走しているという自覚がない。それどころか、正義を為そうと邁進していると思い込んでいる。

 ハイマンはため息を漏らした。


「日程を早めるしかないようだな」






 ハイマンが執務室を出た途端、フランツが歩み寄った。


「父上! なぜ会ってくださらないのです!」


 部屋の外で国王を待ち伏せするなど、いくら王太子でも許される行為ではない。

 それを諌める従者がいないのも問題だ。


「このような真似をするなど、どうかしているぞ。フランツ。定められた規則や制度には意味があるのだ。何事も手続きを軽んじてはならぬ。それと、判決を下す立場の者は、絶対に予断を持ってはならぬ。そなたはまずそこから始めねばならぬな」

「父上。それはどういう――」

「インスブルック家の交易事業の再審は私が担当する。そなたは関わるでない」

「そ、そんな。父上――」


 ハイマンはフランツを無視して、侍従長に命じた。


「皆に至急、知らせるのだ。これ以上の妨害をされぬうちに再審を行う。明日だ。明日、皆を王宮に集めよ」

「はっ」


 フランツは唇を噛み締めて、遠ざかるハイマンの背中を睨みつけていた。

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