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再審の申し立て

 クラウディアは八日かけて残りの二年分の帳簿を復元させた。

 その内容は、商人たちの帳簿とも国庫の納税記録とも完全に合致していた。

 そして、クラウディアが作成した過去分の帳簿から、明らかに直近二年間の数値が異常な伸びを示していることが判明した。





 再審の申し立てに十分な証拠が揃ったのは、ユリウスたちが王都にやってきて十日目の午後のことだった。


 証拠資料を添えた再審の申し立てと、詳細な調査を求める上申書が作成された。そしてそれらは、シュテファン老公爵を介して国王陛下に内々に届けられた。






 国王陛下の名の下に、先の裁判の関係者が王宮に呼び出されたのは、ユリウスが申し立てを行った二日後だった。

 これは異例の早さで、特例中の特例だった。


 マリントがクラウディアの後見役を申し出たが、ユリウスが頑として譲らなかった。

 ユリウスは、王命によりクラウディアを預かっている立場なのだから、自分が後見人を命じられたに等しいと主張したのだ。  

 マリントは苦笑しながらも、喜んでユリウスに後見人の座を譲った。






 王宮に参上する日の朝。

 クラウディアは鏡の中の自分に話しかけていた。


「私は幸せになる。そうよ。私は幸せになりたい……」


 部屋まで迎えに来たユリウスは、開いているドアから鏡に向かってつぶやいているクラウディアを見て、思い詰めているのかと心配になった。


「大丈夫か?」

「えっ?」


 思いっきり振り向いたクラウディアは、ユリウスとアントンの姿を見てカーッと顔を真っ赤にした。


「大丈夫もなにも。私にはおまじないを唱えているように聞こえましたけど?」


 そう言って、アントンはクラウディアとユリウスの顔を交互に見た。


「おまじないだと?」

「こ、これはそのっ。えっと」


 ユリウスに真顔で尋ねられて、クラウディアがあたふたと慌てる。

 さすがにからかい過ぎたとアントンがネタバラシをした。


「そう言えば。いつぞや、ユリウス様がおっしゃっていましたっけ。『幸せになりたいと願わなければならない』と。なんだか同じセリフが聞こえた気がするのですが」


 ユリウスがハッとして、


「……まさか。それでは毎日そんな風に私の言葉を唱えていたのか」


 などと馬鹿正直に言うものだから、クラウディアは恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなった。


「と、唱えるなんて。そんな」

「べ、別にそこまで顔を赤くするほどのことではないだろ」


 そう言うユリウスの顔もすっかり赤くなっていて、アントンは笑いを堪えられなかった。






 王宮の正門で馬車を降りたクラウディアたち一行は、あの日と同じ、判決が下された大広間へ通された。


 クラウディアたちが一番乗りだったようで、大広間には他に近衛兵しかいなかった。


(あの日の記憶は曖昧だけど、こんなに大きな部屋だとは思わなかったわ。大勢いたのね)





 しばらくするとドアの向こうから、足音と共に話し声が聞こえてきた。


 現れたのはゾフィーだった。下僕のようにヒューゴーを従えている。

 当事者であるインスブルック家の当主として呼び出されたのだ。


 ゾフィーはクラウディアに気がつくと、不機嫌な顔で全身を舐め回すように見た。


「いったい何のまねかしら。よくも私たちに迷惑をかけてくれたわね。憎たらしい子!」

「……!」


 クラウディアはゾフィーの顔を見ただけで、過去の自分に引き戻されてしまいそうになった。


「それにしてもそんなドレスをどこで……」


 真っ青な顔のクラウディアを背中に隠すようにして、ユリウスが前に出ると冷たく言い放った。


「お互い陛下の要請により参上したわけですから、静かにお待ちするべきでは?」


 つい見知った顔に目がいってしまったが、ゾフィーは自分に声をかけた青年の美貌に驚愕した。

 男性でここまで美しい人間をゾフィーは知らなかった。


(そう言えば、メラニーがグラーツ領の領主のことを、しつこく言っていたような)


「あなたが噂の……」

「ゾフィー様。ここはやはりお控えになられた方が」


 公爵家当主となったゾフィーにとって、王宮で、ヒューゴーから作法について耳打ちされるなど、到底我慢できることではなかった。


「ヒューゴー! あなたは事務的なことを聞かれた時のためにいるに過ぎないのよ! 私に助言なんて何様のつもり!」


 ヒューゴーはすぐさまひざまずいて頭を垂れた。


「申し訳ございません。私のような卑しい者が口にしてよい言葉ではありませんでした。どうかどうかお許しくださいませ」

「ふん。わかればいいのよ」



 ――申し訳ございません。



 クラウディアは、反射的に口先だけで謝罪するヒューゴーを見て、スーっと感情が冷めていった。


(私もあんな風だったのね)


 ゾフィーの機嫌がこれ以上悪化するのを防ぐため。

 決して逆らわないと忠誠を示すため。

 ヒューゴーもきっと同じなのだ。「申し訳ございません」と自分のために唱えているのだ。


(ユリウス様のお気持ちがわかった気がする。これっぽっちも心がこもっていないことが丸見えだもの。お義母様は気づかないどころか、満足げなご様子だけど……)





 沈黙の中、無駄話はさせないと鋭い眼差しで牽制するユリウスと、ツンと顎を上げて傲慢な態度のゾフィー。

 両者は睨み合ったまま互いに一歩も引かなかった。

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