計画の立案
ユリウスの執務室にあるソファーに、ユリウスとアントン、その向かいにクラウディアが座っていた。
クラウディアは、朝食後すぐに執務室に来るようにと指示されたのだ。
テーブルにお茶とお菓子は置かれているが、向かい合って座っている三人は、一様に厳しい表情をしていた。
「では改めて聞こうか。そなたの望みはなんだ?」
ユリウスからそう問われ、クラウディアはスッと息を吸うと、「家を取り戻したいです」と一気に吐き出した。
「今となっては、父との思い出だけが私の財産です。私の帰る場所は、あの家だけなのです。家を取り戻したいです」
クラウディアの初めて見せた熱い一面に、ユリウスは感心しながらも、「そうか」と、少し寂しそうに表情を曇らせた。
だがそれは一瞬のことで、すぐに表情を整えた。
「そなた。交易事業に関しては、どこまで把握しているのだ?」
「父の死後は本館の部屋を追い出されて別館に移されたので、帳簿も見ることができなくなりました」
「使用人として働かされていた」と訴えるのではなく、「部屋を移った」としか言わないクラウディアが、ユリウスの目には余計に痛ましく映った。
「ですが、三年前までの数字は全て覚えています」
「そうだったな。そなたは見たものを全て記憶できるのだったな」
「はい。取引先、仕入れた品々、買い付け価格、売価。利益、人件費や物流費等の経費。収益と納税額も全て覚えています」
うんうんとアントンがうなずく。
「ではクラウディア様。まずは全部書き出していただきましょうか。ユリウス様と私も把握する必要がありますからね」
「ええと。全部というのは――」
「ああそうでした。全部というと本当に全部になっちゃいますね。では、直近の三年間分をお願いします。それだけあれば傾向が掴めるでしょう」
「はい」
ユリウスは、右手の人差し指で、組んだ左手の甲をトントンと叩きながら思案していた。
「問題は、そなたが知らぬこの直近二年間についてだな。インスブルック家の帳簿が手に入れば簡単なのだがそうはいかない。だいたいインスブルック家にあるのか、リンツ商会にあるのかもわからない……」
ユリウスはなおも考えを整理するため、口に出しながらまとめていく。
「商売というのは相手がいる。売買は売った方も買った方も帳簿に残すものだ。リンツ商会と取引のある商人たちの控えをもとに作成すれば、大雑把な帳簿を再作成することも可能か……」
「いかにも」と、アントンが賛同する。
「国庫の納税額の記録を手に入れる必要があるな。再作成した帳簿の数字と照合すれば何かわかるはずだ。国への過少申告とかがな」
ユリウスは、利益の過少申告はあるとふんでいた。
「流れた先は調べるまでもなさそうだが」
リンツ商会が旨みを吸わずして手を貸すなど考えられない。
ユリウスの表情がどんどん険しくなっていくので、アントンが割って入った。
「まあ国庫の方はユリウス様にお任せしましょうか。何せ、ここグラーツ領では、王命によりクラウディア様に下された罰を執行しているんですからね。横領額がどの程度だったのか知りたいと言っても不審には思われないでしょう。ことによっては更なる厳罰化を検討する必要があるとかないとか言って……。『さすがは冷徹な溶けない氷像だ。グラーツ領に追放して良かった』と、王太子は泣いて喜ばれることでしょう」
「……お前。私のことをなんだと思っているのだ。お前がそんなだから、妙な噂が流れるのではないか?」
「まあまあ。ただの役割分担ですよ。クラウディア様は帳簿の復活。ユリウス様は国庫の資料の収集。あとは――そうですね。帰ってきているヨハンをもう一度王都へ、リンツ商会にやりますかね。『親に尻を叩かれて追い出されたから、もうここで働かせてもらわないと死ぬ』とかなんとか言わせて。思いっきり泣いてもらうとしましょう」
一方その頃。
厨房では、アントンが悪魔のような提案をしているとも知らず、ヨハンはネリーと、朝食の残り物のチーズをかじりながら噂話に興じていた。
「オレの失態のせいもあるとは思うんですけど。クラウディア様が海に落とされて以来、ユリウス様が変わりすぎて怖いんです」
「あれは少しまともになったというのよ」
「あれがですか? そりゃあ、感情がたまにお顔に出るようになったのは、氷像じゃなくて人間らしいとは思いますけど」
「そうじゃなくて。クラウディア様に対する態度の方」
ネリーは、「男っていうのは、どいつもこいつも鈍いんだから」と呆れた。
「令嬢どころか使用人すら、女性の姿はユリウス様の目には映っていないんじゃないかと本気で心配していたんだから。お小さい頃から、『女と喋るなど時間の無駄だ』とはっきりおっしゃっていたからね。まあ、ご身分がご身分だし、ユリウス様に群がるご令嬢がたの方も、ユリウス様の人柄なんて目に映っていなかっただろうけど。それにしても十八歳になってもまだご婚約されないなんて――」
「おい。ヨハン。アントン様がお呼びだぞ」
顔馴染みの男性が伝えに来た。
「お? なんだろ。何か楽しい仕事だったらいいなあ」
アントンから指示される内容が、従者見習いの仕事とはかけ離れていることに気づきもしないヨハンは、足取りも軽くユリウスの執務室へと向かった。




