全ては思うがまま
メラニーは、贔屓にしている仕立て屋から、一番腕のいい職人を屋敷に呼びつけていた。
鏡の前で華やかな生地を体に当ててもらいながら、どのようなドレスに仕立てるのか相談するのは、この上なく楽しい時間だ。
先日、視察の報告に王宮に上がった際に、フランツから直々にハイマン国王の快癒パーティに招待されたのだ。
すぐに正式な招待状も届き、気持ちが一気に舞い上がった。
クラウディアのことがあったため、裁判から三ヶ月間は自らも謹慎すると周囲に漏らす形で屋敷に引きこもり、パーティーはおろか買い物にすら行けなかったのだ。
「世間の目は意外に厳しいから注意が必要」というヒューゴーのアドバイスのせいだ。それに従ったゾフィーにも腹が立った。
まだ三ヶ月経過していないが、王太子から直々に招待された、それも国王陛下の快癒を祝うパーティーともなれば話は別だ。
こうして堂々とドレスを新調して出席することができる。
「ねえ。ここにもリボンをつけてほしいんだけど」
「かしこまりました。では対になるように、こちらとこちらにお付けしましょう」
「そうね! それがいいわ」
メラニーが自室で布地を取っ替え引っ替えしていた頃、応接室ではゾフィーとヒューゴーが世間話をしていた。
「そろそろ王太子との婚約話が出てもいい頃だと思うのに、いっこうにそれらしい誘いがないのはどうしてかしら」
「まあ。まだ自主的に謹慎なさっている最中ではありませんか。さすがに王太子も行動には移せないでしょう。ご心配はいりません。メラニー様の美貌は王都でも一番です。ご両親の良いところを全て受け継がれているではありませんか」
そう言われると、ゾフィーも心配し過ぎなだけという気がしてきた。
「確かに。伯爵は顔だけは良かったわ。まさか財産があれっぽっちだったなんて。後から知った時には驚いたけれど。とんだ誤算をしたものだと自分を呪ったものよ。前夫を顔で選んだことをずっと後悔していたけれど、今のメラニーを見れば、まあ利点もあったということね。それにモーリッツよりはマシだったし」
「インスブルック公爵は女性にとっては面白味のない人物でしたからね。とはいえ資産は国内随一。家柄も王家に連なる公爵家。その名を受け継がれたメラニー様ほど、王太子の婚約者に相応しい方はいらっしゃいません」
「そうね。モーリッツを口説き落とすまでは大変だったわ。哀れな未亡人も優雅な貴婦人もダメで、情け深い慈愛に満ちた女性に辿り着くまで、随分と時間がかかったわ。結婚してからも財産はモーリッツが管理していて、ちっとも自由にお金を使えやしない。本当にストレスが溜まったわ。でもやっと報われた」
「ええ。ええ。わかります。事業に夢中といえば聞こえがいいですが、お金のことばかり考えている人間というものは、他人に分け前を与えるのが嫌いなんですよ。それでもこの二年間で存分に鬱憤を晴らすことができましたでしょう?」
ゾフィーは、「存分にですって?」と、心底驚いた顔をした。
「何を言っているの! まだまだ足りないわ! もっとよ! もっと! 古くなった屋敷も改築したいし、宝石だってもっと大粒のものが欲しいわ。それに――。コホン。事業の方は順調なんでしょうね?」
入ってくるものが無ければ、思うように散財することもできない。ゾフィーは、「わかっているわよね?」と、ヒューゴーに視線をやった。
「ええ。それはもちろんでございます。何の心配もいりません。全てこのヒューゴーにお任せください。私どもは、交易事業を任されているという信用だけ頂ければよいのです。利益は全てゾフィー様のものでございます」
「それならいいのよ。これからもよろしく頼むわ。あら? お茶が冷めたみたいね。替えてちょうだい」
満足したゾフィーは、あれこれと買いたい物を思い浮かべて、ニヤニヤと頬を緩めた。
そんなゾフィーを見て、ヒューゴーはほくそえんでいた。




