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自分の居場所

「お花の方がかわいそうだよ」


 それは悪意のない、透明な棘だ。

 グサリと胸に深く突き刺さったことはわかるのに、それが何に対する痛みなのか明確にしたくないから色がない。


 どちらにもなれない自分になど、花も愛でられたくなかったのだろうか。


 手折られた花に対する謝罪の痛みなのか。

 それとも、花を髪に飾って喜ぶ自分を拒絶された痛みなのか。

 あるいは、自分自身を偽って「そうだよね」と同意してしまったことへの、やるせない痛みなのか。


 ごめんねと謝れば、自分で自分を否定してしまったような気になる。けれど、そうしなければならない空気がここにあることも、嫌と言うほど感じている。


 母は困った顔をして、「大人になれば自然と元に戻る」と言った。

 騎士団を率いる父は当然それを許さず、顔を合わせるたびに醜いものを見るような目で睨んできた。


 自分は普通ではないのだと思うようになり、ならば自分は何者なのだろうと、答えの出ない迷路に迷い込んだ気分だった。

「これ」は表に出してはいけないものだ。自分が我慢をすれば、皆が安心して笑ってくれる。両親の愛情を存分に注がれて、友達も奇異の目を向けることがない。


 花なんて、そこら中に咲いている。

 別に髪に飾らなくたって、見ているだけで満足できるはずだ。




「騎士見習いのイーゴンって、お前だろ?」


 そう声をかけてきたのは、斜陽に照らされた空のように赤い髪を持つ少年だった。咄嗟に右手を背中に隠す。けれども彼のマリンブルーは、それを見逃してはくれなかった。


「なに隠してんだよ?」

「べ、別に……何でもないよ!」

「何でもないなら見せろよ。気になるだろ」


 余計なことを考えないですむように体だけは鍛えていたから、少年の手など容易に躱せるはずだった。けれども彼はとても俊敏で、まるで野生の獣みたいにしなやかに動くから、あっけなく背後を取られてしまった。


「花?」


 見られてしまったことに動揺して、何も言葉が出てこない。大の男が人気のない場所で小さな花を見て笑っている、そんな光景など気持ち悪いだけだ。

 かわいくて綺麗な花は、女性が持ってこそ美しいのだと教えられたのだから。


「何? お前、花好きなの?」

「……別に」

「何で隠すんだよ。別に花くらい、誰でも好きだろ」

「え……?」

「確かにお前が持ってると花の方が潰されそうだけど。……でもお前、潰れないように大事に持ってんじゃん。見かけによらず、優しいんだな」


 そう言って、彼が花をぽんっとこちらに放り投げた。慌てて両手を揃えて受け止めると、「ほら」と言って彼が笑う。


「やっぱりお前、花好きだろ」

「そ、そんなことは……」

「ソイツも俺より大事に扱ってるお前の方がいいだろ」



 ――お花の方がかわいそうだよ。



 あの日、胸に刺さったままの棘が疼いた気がした。


「……き、気持ち悪く……ない、の?」

「別に? 誰が何を好きだろうと関係ないんじゃねーの?」

「でも……僕は、一応男で……騎士を目指しているわけだし」

「騎士を目指してるならちょうどいいじゃん。お前、将来俺の騎士になれよ。いい体してるし、絶対お前強いだろ!」

「俺の騎士にって……えっ!?」

「俺はラギウス。そしてお前は俺の騎士予定だ!」

「え? えっ、待って待って。なんでそういう話になってるの!? なんで僕!?」

「だって、お前強そうだし」

「それだけ!?」

「他になんか理由ある?」


 清々しいほどの答えに、開いた口が塞がらなかった。同時にこれほどまでに取り繕わない彼の言葉が嬉しくて、まぶしくて――あの日刺さったままの棘が、ようやく輪郭がわかるほどに色を持つ。


 何が悲しかったのか、今なら素直に認めることができる。

 花が似合わないと言われたことも。気持ち悪いと蔑まれたことも。それを隠した自分自身も。ぜんぶぜんぶ、つらかったのだ。


 男なのに、泣いてしまう。彼の飾らない言葉が嬉しくて、とまらない。

 きっと彼は泣いている姿を見て、怪訝そうに眉を顰めるだろう。けれど彼のマリンブルーが困惑に揺れるのは「気持ち悪い男」を目にしたからではなく、「何で泣いているのかわからない」からなのだろうと、そう思えて仕方がない。


 だって、泣いている僕に――困った顔をして花を摘んでくれるのだから。




「そして、これがその時の花よン」


 思い出話の最後に黄色い花を摘んで見せると、ヴィオラがふわりとやわらかく微笑んだ。本当にもう、なんてかわいい子なのかしらン。


「そこでイーゴンはラギウスに惚れちゃったのね」

「そういうこと。でも安心して。別にあなたたちのこと引き裂いてやろうとか思ってないわよン」


 昔から鍛え続けた筋肉で、文字通り引き裂くこともできるかもしれないけれど、そんなことするはずないでしょ。だって二人ともアタシの大事な友人なんだから。

 アタシをアタシでいさせてくれたラギウスと、そんな彼が心から愛した聖女メルヴィオラ。大事に思わないはずがない。

 思い出の黄色い花をヴィオラの青い髪にさしてやると、思った通りよく似合う。


「でもラギウスもいきなり『俺の騎士になれ』って……まるでプロポーズみたい」

「アラ、ヴィオラもそう思う? 実はアタシもあの時そう思ったのよ~! 『いい体してる』って言われたら、体目当てだって思うじゃない? だからアタシ、ラギウスのために強くなろうと思ったの! アレコレ全部、強くねン」


 アレコレの部分は少々省いておこうかしらン。まだヴィオラには刺激が強すぎるかもしれないから。でもそのうちにアタシが覚えた秘技も教える日がくるかもしれないわねン。

 アラヤダ、でもどうやって教えたらいいのかしら。さすがにアタシからそういう繊細な話題は教えられないわよねン。ラギウスが好みそうなアレコレ話も入手はしてるんだけど……困ったわン。あとでセラスにいい案がないか聞いておきましょ。


「イーゴン。ねぇ、ちょっと屈んで」


 絶妙なタイミングで声をかけられたから、思わず頭の中を読まれたのかと思って焦ったわ。聖女の力って、さすがに心までは読めない……はずよね?


「なぁに? どうかした?」


 少し焦りつつも、ヴィオラの視線に合わせて腰を落としてやる。すると後ろ手に隠していた右手をすっと伸ばしてきて――。

 アタシの耳に、黄色い花を飾ってくれた。


「ヴィオラ……」

「ふふ、かわいい。お揃いね、イーゴン」


 赤い目を細めて、ヴィオラが笑う。

 あの日見た斜陽の赤に似て、不本意にも胸がズキュンとときめいてしまった。


「あぁん、もう! ほんっとうにかわいいんだから!」


 腕の力を手加減してぎゅっと抱きしめる。そのまま体を抱え上げて肩に乗せると、さすがに驚いたのか小さな悲鳴が降ってきた。その声すら木漏れ日のようで心地良い。


「わっ!? イーゴン、怖い!」

「大丈夫よン。絶対に落とさないから安心してン」

「でも……」

「アナタもラギウスも、アタシがしっかり守ってあげるわ。これからも、ずっとねン!」

「……ふふ。イーゴンがいれば百人力ね!」


 アタシを認めて、受け入れてくれたラギウス。世間体なんかじゃなく、アタシ自身を見て、その力を欲してくれた。

 ならばアタシは彼のために、強くあろう。体も、そして心も鍛えて、彼と彼の大事なものを守れるような盾となろう。


 自分が自分らしくいられるこの場所を、アタシ自身の手で守れるように。





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