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「神の子」  作者: 新竹芳
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第8話 エキジビジョンマッチ

「ルードヴィッヒ学生!」


 プロミネンスがディッセンドルフを呼び止めた。


 ディッセンドルフは足を止め、プロミネンスに振り向く。


「教官、何でしょうか?」


 プロミネンスがディッセンドルフに近づいてきた。


「もし、君に余力があるのなら、ここでひとつエキジビジョンマッチをお願いできないだろうか?」


「エキジビジョンマッチ?どなたとですか?」


「私と一戦やってみないか?」


 プロミネンスの言葉にディッセンドルフは驚きの表情を隠さなかった。


「教官、本気でおっしゃっているのですか?私はまだここに今日入学したばかりの新入生ですよ?」


「本気だよ。どうも先ほどの一線を見て、武人としての血が騒いでしまってね。」


「いや、そうは言っても…。」


「うむ。そうか、ルードヴィッヒ学生。君は恐れているのだね。」


「それは当然でしょう。現騎士団の騎士でいらっしゃる剣の教官と剣技を競うなどとは、恐れおののいて、当然だと思いますが…。」


「違うよ、嘘はつかなくていいよ、ルードヴィッヒ学生。君が本気になってしまった時に、私を殺してしまうかもしれない。そう思っているんだろう?」


 いまだ、この純粋剣技場に残って、事の成り行きを見ていた観客たちの驚きの声が聞こえてくる。


「おそらくだが、君はバーミリオン学生の態度にかなり腹を立てていたはずだ。だからこそ彼の決闘を受け入れた。最悪、バーミリオン学生を殺しても仕方がないと思ってだ。だが、私に対してはそうは思っていない。それよりも、先の試合の審判をしっかりと務めたことで、私に対する信頼も芽生えてきている。そうだね。」


 プロミネンスの言葉は正確にディッセンドルフの考えを当てていた。


 殺すという行為に全くの罪悪感はなかったが、この教官を失う事は惜しいと感じていた。


「私もまだ死ぬ気はない。君に勝てるかどうかは五分五分だが、死を感じたら素早く逃げるよ。魔法に関しては、君の力は圧倒的だ。だが、純粋な剣技に関しては一日の長がある。こう見えてもアルテミス・ダナウェイは私の教え子の一人だよ。そうだよな、ダナウェイ‼」


 声を掛けられ、学生達よりも一回り大きい女性がアンドリューの背後から顔を出した。

 その体付きは女性としてはかなり逞しい体をしている。ただ、今回は入学式があるという事で、フォーマルなパンツルックで現れた。普段、ルードヴィヒ家においては、甲冑姿でいることが多い。ブラウンの長い髪を無造作に後ろで束ねたその顔は、端正ではあるものの、眉の間のしわが物語るように、いつもしかめっ面であることが多い。


「お久しぶりです、先生。」


「いつもルードヴィッヒ学生の警護をしているのかね?」


「いえ、ディッセンドルフ様には基本的には警護は必要ないと言われております。ただ、さすがに帰りが遅いので、お迎えに来た次第です。」


「皆、寮に入ることが原則のはずだが。」


「この週末に入寮いたします。それまでは自宅からの通学となりますので。」


 プロミネンスの疑問にディッセンドルフが答えた。


「さすがにアルテミスは目立つからな、観客の中いればすぐに見分けられるよ。そのスーツ姿は新鮮だがな。」


「畏れ多いです、先生。」


「ルードヴィッヒ学生がこのエキジビジョンマッチを受け入れてくれるのなら、君に審判をやっていただきたい。」


 プロミネンスはその才能溢れる女性に優しい目を向ける。

 その視線を真正面から受け止めるアルテミス。


「ディッセンドルフ様がお受けになるのでしたら、喜んで審判をお受けします。ですが、先生。ディッセンドルフ様はお強いですよ。」


 アルテミスがはっきりと告げた。

 その言葉にプロミネンスは驚いた。


 アルテミスはこの学校の学生時代に、剣技で負けることはなかった。

 その腕が認められて王国騎士団に登用された。

 だが気性の荒さに加え、実力の劣る横暴な男性騎士に暴言を吐いたことで、騎士団を追放された。


 そう、アルテミスは自分の立場を考えず、その時に正しいと思えることを貫くことが出来る女性だ。

 その女性が既にディッセンドルフの力を認めている。


「ルードヴィッヒ学生、君は剣を習ったことはないよ言っていたと思うが…。」


「ええ、習ったことはありません。アルテミスと遊びで剣を交えただけです。」


「あれが遊びなんですね、ディッセンドルフ様にとっては…。」


 呆れたような声で、アルテミスがディッセンドルフの言葉に呟く。


「アルテミスより強いのかね、彼は?」


「私がディッセンドルフ様に仕えた最初の1年間で147勝15敗でした。」


「ほおー、君から10歳程度の彼が勝ち星を取るかね。確かに強いな。」


「先生、勘違いされているみたいですね。この剣の遊びは1年で終わってます。その最後の1か月の戦績は2勝11敗です。」


「な、それは…。」


「最後に負けたときにディッセンドルフ様に言われました。「アルテミス、これで終わりにしよう。でないと、君が本気できたときに殺してしまうかもしれない」と。」


「そこまでの…。「神の子」か。」


「はい。」


 ディッセンドルフは二人の会話を横で聞いていた。

 この話について何も言わなかった。

 つまり事実を述べているという事をプロミネンスは理解した。


 純粋剣技場の隅で話をしているディッセンドルフ達に好奇の目を向けている観客は、結構残っていた。

 何かを期待する目で見ていることがディッセンドルフには憂鬱だった。


 だが、自分の強さを語るアルテミスの言葉に、武人としての心を刺激してしまった、ということをディッセンドルフはプロミネンスの瞳に見ていた。


 やらない、という選択肢はどうやら無いようだな。

 ディッセンドルフは諦めにも似た気持ちで自分を見つめる教官に微かに頷いた。


 プロミネンスの口元がニヤッと笑う。


 アルテミスも久方ぶりの主の真剣な戦いを見られる期待に、瞳が輝いていた。


 ディッセンドルフは大きなため息をついた。


 会話の邪魔にならないようにしていた聖女が、ディッセンドルフに心配そうな視線を投げてきた。


「大丈夫ですよ。アンドリュー様は何かあった時のために、力を蓄えておいて下さい。治癒の魔導力が必要になるかもしれません。」


「そんなにも激しい戦いとなるのですか?」


 相手側ではプロミネンスが軽く体を動かしている。

 やはり防具は使わないようだ。


「私が防具の類を付けないことは教官は知っています。であれば教官が防具を付けるわけにはいきませんから。であれば、どちらかの剣戟が当たれば、どのような怪我をするか想像できませんので。さらに、この空間は魔法を無力化します。ですので、強打された場所への接触治癒のみとなるでしょう。よろしくお願いします。」


 アンドリュー・ビューテリウムはディッセンドルフの説明に困惑を隠しきれない。


「教官は騎士団でも数%しかいない上級騎士です。勝つ気で行くなら、生半可な力では返り討ちに遭うだけでしょう。自分の魔導力で肉体は強化できますが、それすらも超えてくるはずです。無傷で勝てるとはさすがに思いません。」


 聖女アンドリューの瞳が不安げに彷徨う。


「ディッセンドルフ様はまだこの学校に入学したての新入生です。貴方様が百戦錬磨のプロミネンス教官に勝とうとすること自体が、素晴らしい心持ちだと思います。ですが「神の子」たるディッセンドルフ様に何かあったらと考えると…。」


 そう言うと不安げな瞳に涙がたまり始めてくる。


「私もアンドリュー様に不安を与えてしまっていることに、申し訳なく思います。ただ、私の力がどれ程のものか、私自身が知りたい。私の騎士であるアルテミス・ダナウェイも強い騎士です。性格も戦いを好む者で、自分より弱い者に従う気がない女騎士です。既に彼女の力で私を抑えることは出ませんが、彼女の師である教官を超えるところを、私の力を見せることは必要な事でもあるのですよ。」


 アンドリュー・ビューテリウムは、とても12歳が発する言葉ではないディッセンドルフの態度に、深く感銘を受けた。

 やはり自分の考えは正しかったのだ。


 ディッセンドルフに向けた不安の瞳を、一度瞼を閉じ、心を入れ替え、大きく見開いた。

 その眼に不安はなかった。


「承知いたしました。何が起こってもディッセンドルフ様も、プロミネンス教官殿も、死なせはしません。」


「安心しました。では、全力で向かってきます。」


 ディッセンドルフの強い言葉にアンドリュー・ビューテリウムは笑顔で答えた。


「では、これより剣技担当教官バスター・プロミネンス国家騎士団上級騎士と新入生首席学生ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒによるエキジビジョンマッチを執り行う。1ポイント先取制。審判はアルテミス・ダナウェイが務める。では両者とも中央へ。」


 その言葉に観客たちからざわめきが起こった。


「暴れ馬ダナウェイか?」

「上司殺しのアルテミスだと。」

「暴殺の女神が、まだ生きていたのか?」


 その言葉は、全てアルテミス・ダナウェイが騎士団で行ったことが過剰に伝わった結果である。


 プロミネンスはすでにトレーニングウェアに着替え、やはり防具はつけなかった。


「ルードヴィッヒ学生、本気で戦って欲しい。頼むぞ。」


「期待に応えられるよう、頑張らせてもらいます。」


 プロミネンスの視線が鋭くディッセンドルフの瞳を貫く。

 が、ディッセンドルフの瞳は全く揺るがない。


「では、剣を合わせて、始め‼」


 アルテミスの掛け声とほぼ同時にプロミネンスの木刀がディッセンドルフの顔面に繰り出される。

 かと思うと胸、胴と矢継ぎ早に突きが繰り出された。


 プロミネンスの剣技を時には避け、時には木刀で弾く。

 ディッセンドルフは両手で木刀を握り剣や柄で辛うじて防いでいるが、プロミネンスは右手でのみ木刀を持ち、リーチを長く活用し、さらに体を横に構えているため、正面からの攻撃されえる面積を最小の形にしていた。

 片手にも拘らずその突き出される木刀の剣圧は恐ろしく重い。


 ディッセンドルフは基本的な体力の差を痛感させられた。


 突きの速度はさらに早くなる。


 既に自らの身体を魔導力によって強化している。

 これにさらに筋肉を増強させ、プロミネンスのように片手持ちに変えることも考えたが、このプロミネンスの剣圧には耐えられない。


 後方に引けば、さらなる手数で攻めてくることは目に見えている。

 片手で木刀を持つことは距離が長くなればそれだけ有利になる。

 ディッセンドルフはこの突きをかいくぐり、懐に飛び込まなければ勝機はないと判断した。


 頭部、胸部、胴部に剣が当たらなければポイントにはならない。

 数発腕に突きを受け、強硬に前進をしようとした瞬間だった。


 不意に突きが止まる。


 体重移動が始まっていたため、プロミネンスの動きを捉えきれない。


 左側を駆け抜ける気配に、体勢を崩しながら木刀を強引に左側に動かす。


 左足を急激に止め、右足をそのまま一歩だし、90度左に回転。

 そこをプロミネンスの剣が胴目掛けて薙ぎ払われた。


 ディッセンドルフが体が悲鳴を上げながら動かした木刀が、薙いでくるプロミネンスの剣を受けた。


 バキッ。


 異音が響き、剣を受けたディッセンドルフはそのまま倒れた。


 木刀の横面で受けたため、あっさり折れた。


 ディッセンドルフ受け身を取り、すぐに起き上がる。


 しかし、倒れ込んだディッセンドルフにプロミネンスが襲い掛かる。


 上段から木刀がディッセンドルフに振り下ろされた。


 ディッセンドルフが折れた木刀を投げ捨て、振り降ろされる木刀のさらに懐に飛び込む。


 その行動に、プロミネンスの身体が硬直した。


 ディッセンドルフは木刀を持つプロミネンスの腕をつかみ、背中越しに投げ飛ばした。


 剣技場が静まる。


 アルテミスがプロミネンスの勝ちを示す赤い旗を高々と上げた。


「ディッセンドルフ学生の反則により、プロミネンス教官の勝ちとする。」


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