第7話 剣技対戦 Ⅱ
木刀を構えるアマガの顔つきが変わっている。
自分から決闘を申し込んでおきながら、1ポイントを取られたことが悔しいのは事実だろう。
だが、その眼はそういった類のものではないと、ディッセンドルフにはわかっていた。
当然のようにディッセンドルフを完膚なきまで叩きのめせると踏んでいたのだろう。
自分を飛び越え首位を取った者を衆人環視のもと、誰が強者か分からせたくて始めた決闘だったはずだ。
だが今、その目論見は脆くも崩れ去った。
そこには本気を出さねばならない強者がいたという訳だ。
だが、こちらを気に喰わないと思い、手下を使って嘲ろうとしたやり口は、腐った貴族根性そのものである。
ディッセンドルフの気に入らないもののひとつであった。
さらに、自分が何でも一番でなければならないという思いも気に入らないし、今回のように、自分の土俵にあげて相手を叩こうとするやり方も気に入らない。
全てにおいて、ディッセンドルフには気に入らないことのオンパレードである。
もう、奴に胸を張るような試合はさせないつもりであった。
それを前提に、アマガの態度次第で、軽傷から、惨殺迄のランクを自分の中で整理している自分に気付き、やけに自分も人間ぽくなってきたものだと、心の中で苦笑する。
自分もまたアマガを甘く見ていることを感じて、ディッセンドルフは気を引き締めた。
「始め‼」
プロミネンス教官の3度目の開始の合図がかかる。
先の2回はすぐさま仕掛けてきたアマガが、今度は動かずに、両手で木刀を握りしめている。
かなりの力の入れようだ。
呼吸の仕方もさっきとは明らかに違っている。
これは、プロテクタをつけていないディッセンドルフを一撃で倒し、戦闘不能にでもしようというところか。
ディッセンドルフは、自分の魔導力を体内に巡らせ始めた。
万が一、渾身の一撃を体に浴びても、傷や致命傷を受けないための肉体強化の一種である。
プロミネンス教官はこの空間に放出される魔法は無効化される空間という意味の説明をしていたことを、しっかりとディッセンドルフは覚えていた。
つまり攻撃用や、自分の周りに展開するような障壁は無効化されるという事だ。
逆に言えば、体内の魔導力には影響しない。
ディッセンドルフはアマガの剣を、受ける気は全くなかったが、だからと言って不測の事態を軽んじる気もなかった。
この身に太刀を浴びなければ、この魔法を展開してることを知る人間は極僅かであろう。
保険代わりのようなものだ。
なかなか攻めてこないので、審判であるプロミネンス教官から、警告が出されるギリギリのタイミングで、アマガが動いた。
しかし、ディッセンドルフに向かうのではなく、バックステップで距離を置いたのだ。
一瞬虚を突かれ、ディッセンドルフの思考が恐ろしい速さで回転した。
アマガの動きを予測する。
次の瞬間、アマガは突進するようにディッセンドルフに迫った。
防御の姿勢にディッセンドルフの構えが変わった時、目の前から消えた。
ディッセンドルフが頭上を見たとき、そこにアマガの剣が頭上に叩き落とされるとこであった。
伸身で空中に跳びあがり、そのまま縦に回転、その遠心力を利用した木刀のスピードは通常の速さを軽々と超えていた。
同じことを考えていたか!
明らかに魔導を体に使い、筋力を強化させた動きだ。
頭部に直撃すれば良くて頭蓋骨骨折、当然悪ければ死が待っている。
アマガの刀のコースを瞬時に予想、頭部を僅かに右に振り左肩を少し上げる。
遠心力を利用した剣戟はそのコースを急激に変えることはできない。
頭部を掠めた木刀はそのままディッセンドルフの背中から肩に直撃、ゴンっと鈍い音とガンという音が重なる。
ディッセンドルフの木刀がアマガの左のフルフェイスプロテクタに突き刺さっていた。
ディッセンドルフはその木刀を前に振りぬく。
ブチッブチッ。
ドサッ!
「一本‼」
プロミネンス教官が白い旗を揚げる。
フルフェイスプロテクタが外れたアマガが背中から床に落ち、うめき声を出していた。
ディッセンドルフの木刀には左側頭部を守る筈の透明な硬質プロテクタに突き刺さっていた。
後頭部に留められている紐が強力な力に負けてブチ切れていた。
倒れているアマガが、苦痛に満ちた顔をして、木刀を杖代わりにして立ち上がった。
「ルードヴィッヒ学生、バーミリオン学生、大丈夫か!」
プロミネンス教官が声を掛けた。
既にアマガのもとには3人組が駆け寄ってる。
「私は問題ありません、教官。」
ディッセンドルフが少し左肩をまわしながら、プロミネンス教官の声の答えた。
「あれだけの剣戟でか…。そうか、かすかに魔法の感じを受けたが、体内強化に使ったわけか。」
「規則違反はしていないと思いますが?」
「問題ない。それを問題にするなら、バーミリオン学生は筋肉強化をしたんだろう?でなければ、いくらどんなに鍛えてもあんな動きを出来る人間はいない。」
その言葉に一礼して、一旦アンドリューの待つ自陣に戻る。
「ディッセンドルフ様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ、聖女様。だが、申し訳ない。約束を破ってしまった。大したことはないとはいえ、剣を受けてしまったよ。」
「そんなこと、約束なんて…、でも、無事でよかった。無理をなさいませんようにしてください。それと、わたくしのことは、その、聖女などとは呼ばないで、アンドリューと…。」
「分かりました、アンドリュー様。では、これで終わりにしてきます。少しお待ちください。」
「はい、ディッセンドルフ様。無事にお帰りください。」
軽く頷き、中央に戻る。
会場は静まり返っていた。
先の戦いに度肝を抜かれたようだ。
とても新入生、12歳同士の戦いとは思えない。
「なんなんだ、こいつら…。」
呟きが聞こえてくる。
アマガも中央に来た。
かなり体にダメージがあるようだが、フェイクかもしれない。
「大丈夫かね、バーミリオン学生。先の落ち方だと、まともに受け身を取れていないだろう?」
「問題ありません。そいつに俺以上のダメージを与えれば済むでしょう?」
「頭部の防具は新しく受け取った様だな。木刀も新しくなっているね。では試合を再開してもいいかな?」
そうか、俺の左肩を当てた木刀にはひびが入っていたか。
かなりの力だったという訳だな。
ディッセンドルフは今の二人の会話で、その剣戟の威力を再認識した。
「よし、剣を合わせて、始め‼」
アマガが合わせたディッセンドルフの剣を軽く弾き、そのまま剣先を首元に伸ばす。
その剣をディッセンドルフは木刀の柄で弾く。
胴が開いたとみて、アマガが必死の形相で剣を胴に入れようとする。
だが、それと同時にアマガの足が、ディッセンドルフの足を踏むかのように動く。
かなり、ダメージがあるか。
ディッセンドルフは足を軽くずらし、アマガの足を交わすと同時に胴に入れようとした剣を剣で躱す。
アマガの態勢が少し崩れる。
と見せかけて、アマガの剣が掬い上げるようにして、ディッセンドルフの顔面に迫った。
周りの観客は既に絶望しているように見えたが、そのアマガの動きに皆、身体を前のめりに剣技場を見つめた。
だが、ディッセンドルフは軽くバックステップでその剣を簡単に避ける。
この剣技場に大きなため息が流れた。
ディッセンドルフはそのまま跳躍し、アマガの頭上を飛び越える。
アマガは自分の技を仕掛けられると思ったか、頭上に剣をかざした。
そのままアマガの頭上を通過したディッセンドルフは身体を横に反転して着地。
がら空きになっているアマガの顔面に軽く突きを入れた。
アマガがものの見事にひっくり返った。
「一本、そこまで‼」
フェイクでなく、かなりのダメージがあったようだ。
転がったまま、アマガが動かない。
静寂が拡がった、と思った瞬間、大きな歓声がこの剣技場を包んだ。
「畜生、負けちまいやがって。でもよくやったぞ!」
「二人とも凄い!感動したぞ!」
「これからも、頑張れよ!」
様々な賛辞の声が飛び交う。
中には、アマガに賭けて呪詛めいた声も聞こえたが、あらかたは二人の戦いに対する礼賛であった。
アマガの取り巻きが心配そうにやってきた。
が、手を貸そうとする彼らの手を振り切り、木刀を杖代わりにしてディッセンドルフに近寄ってくる。
フルフェイスプロテクタを外す。
泣いていた。
「お前は、お前は、何なんだよ!その強さはおかしいだろう。剣技は俺の、俺の、生きる、糧なんだよ!あの家で何もない俺が、唯一褒められたことなんだよ!それを、それを…、ううう、うわあ~。」
そのまま倒れ込むようにして泣き崩れた。
いかに貴族社会が生きづらいか、ディッセンドルフは改めて認識した。
「私の強さは別格だ。目的のために与えられた「神の子」なのだから。もう私に構うな。それが君たちにとっては、生きやすいはずだ。」
ディッセンドルフはそう言うと、自分を待っているアンドリューのもとへ歩き出した。
「ルードヴィッヒ学生。」
プロミネンスが静かにディッセンドルフを呼び止めた。
「はい、教官。」
ディッセンドルフが振り向く。
穏やかにほほ笑む教官に不審気な顔を返してしまう。
「私はどうも君を誤解していたようだ。」
「「触れ得ざる者」、ですか?」
「そう、だな。君はもっと冷淡だと思っていた。基本的には人に接しない。降りかかる火の粉は徹底的に振り払う。だからこの決闘を彼が申し出たときに、私は止めるべきだと思った。」
「でも教官は止めず、さらにはこんな舞台まで用意された。」
「たとえあそこで止めても、バーミリオン学生は君に因縁をつけて絡むことは解っていた。こういう形で終わらせないと、彼が命を失うことになると思った。凡庸な私が出来る精一杯の判断だった。だが、3本目の君の剣、木刀にもかかわらず、あの頑丈な頭部の防具を貫通する力。正直恐怖したよ。」
「普通ならアマガの回転での剣戟の方が危険ですよ。確かにプロテクタを外したのは自分ですが、頭部を直撃すれば脳をぶちまける結果になった。」
「彼は自信があるだけあって、剣技では一流の力を持っている。魔動力はそれに比べると小さいとはいえ、一般人よりは大きい力だ。それがあんな大技を使わせたのは君だよ、ルードヴィッヒ学生。」
「そうですね。それは確かに自分に責任があると思います。」
「だから、最後の試合の時、私は止めるべきだったのだろう。それでもバーミリオン学生の根性に、止めることが出来なかった。彼の身体は、3本目の時の背中から落ちた衝撃が全身に痛みを受けていた。にもかかわらず君に対する闘志は衰えていなかった。あのような気持ちを見てしまうと、教官としては止めるべきと分かっていても、武人としての自分がそれを許してしまった。だが、君の本気の剣戟が彼にぶつけられれば、バーミリオン学生の命は亡くなる。」
ディッセンドルフは何も言わずにプロミネンスの言葉を聞き、担がれてこの剣技場を後にする少年、いや、男の姿を見ていた。
「何故、最後に力のない突きをした、ルードヴィッヒ学生?」
「必要がなかったからです、教官。自分も、教官同様、最後の試合に彼の意地を見ました。まあ、ヒトの足を踏んづけても勝とうとする根性を、どう判断するかは微妙でしたが…。」
「ああ、あのときか。」
やはり教官は解っていたか。
ディッセンドルフは教官が見逃すとは思わなかったが、判断は解らない。
足をずらしそういう事が起きなかったのだから、プロミネンスには何も言うことはなかっただろう。
「ああ言う負け方をすれば、当分自分に絡んでくることはないだろうと思いました。それでも、かげに隠れて絡む時や、自分の身内に何かするようなら、彼の身に何が起こるかは保証しかねますが。」
「うむ、分かった、ルードヴィッヒ学生。君の完全勝利だ。」
「ありがとうございます、教官。」
ディッセンドルフがプロミネンスに深く礼をした。
プロミネンスは軽く手を振り、この試合の見届け人であるイザナギ・バーニングに合図をした。
「以上の様にディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒが3ポイントを先取した。よってルードヴィッヒ学生の勝利とする。」
一際、大きな歓声が沸き起こった。
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