天才の子
僕の父は、天才紙芝居師「山本二郎」。日本にたった五人しかいない、紙芝居師のうちの一人だ。その息子の僕は地元を出て、専門学校の講師をしている。公務員を目指す生徒を全力でサポートするのが、僕の仕事だ。
僕には、付き合い始めてから10年、同棲を始めてから今年で7年目になる、彼女がいる。子供が出来たら結婚しよう、なんて彼女は言うけど、たぶん子供は出来ないと僕は思っている。なぜならもう僕たちは5年ほど、一緒に寝てない。
兄の「周」は陶芸家で、その妻は女性向けファッション雑誌のモデルをしている。2人の間には3人の子供がいて、一番上の甥は高校生になった。赤ちゃんの頃の甥はよく泣く子で、僕が抱っこするとなぜか泣き止んだ。
やんちゃな真ん中の姪は元気にしてるかな。彼女が小学校1年生の頃、兄の作品を壊した事があった。泣いている姪を見て可哀そうになり、僕がやった事にした。そしたら家じゅう大騒ぎになった。誰がどう考えても、僕の仕業なはずが無いって。兄の奥さんは、推理が得意だったね。
一番小さい姪が産まれてから2年経ったけど、ここしばらく仕事が忙しくて、地元にいる両親や兄たちに会いに行けていない。寂しい。
父と母は今も仲が良い。週末になると二人で、泊りがけの旅行に出かけているようだ。両親が元気なのは結構な事で、僕たち兄弟に心配をかけないように生きがいを持って生活している、と言って笑った父の事を僕は、誇らしく思っている。
今日も僕は夜中まで仕事をして、コンビニに寄り、夜食を買って帰る。
彼女は妻では無いのだから、いや、妻だったとしても、僕の帰りを、ご飯を作って待っている必要は無い。お互い自由に、気楽に生きればいいさ。それに彼女は家事が得意ではない。
帰宅すると、彼女が神妙な顔つきで待っていた。珍しい事だ。いつもはもう寝ている時間なのに。彼女は僕の顔を見るなり話し始めた。
「ここ数か月悩まされた部屋の臭いの正体が分かったよ。リビングのカーペットの下に、ネズミがぺしゃんこになってた」
僕たちは、一緒にネズミの干物をまじまじと眺め、それから一緒に干物を片付けて、そのあと一緒に大笑いして、遅い晩御飯を一緒に食べた。僕は、チゲ鍋豆腐とおにぎり。彼女は、卵サンドとコーラ。
今日も平和な、1日だった。