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こんな子を魔法少女に選ぶんじゃなかった

辺りがシンと静まり返った深夜の住宅街、その片隅にある小高い丘に一人の少女の姿あった。

吐く息は白く、寒さに震える体をさすりながらまだ幼さの残る少女は寒さに堪えている。

夜の暗闇の中、少女は雲一つない満天の星空を見上げながら、その時を待っていた。

住宅街の明かりの一切が無くなり、双子座流星群が極大を迎えてより活発にその輝きを見せつけるその時を。

毎年見られる双子座流星群ではあるが、今年は数十年に一度と言われるほどに観察条件が整っており、少女はこの機会を逃してはならないと、ニット帽やマフラーはもとより、厚着に厚着を重ね、毛布や暖かい飲み物など、考えられる防寒対策をこれでもかと講じていた。

それでも真冬の深夜の寒さは少女の体温を確実に奪っていく。

少女がもっと防寒対策をしておけばよかった、と考えていると夜空に幾筋もの光が流れ始めた。

待ちに待った極大を迎えた双子座流星群が空一面に降りそそぐ。

寒さなど忘れてしまいそうな程に少女はその光景に目を奪われ、白い息と共に感嘆の吐息が漏れる。

小一時間程流星群を眺めていた少女は満足したのか、荷物をバッグにまとめ、近くに留めていた自転車のカゴにいれて、もう一度、空を見上げた。

その時、一際大きな光が流れ落ちていったのが見えた。


「珍しい」


少女はそうポツリと呟くと、自転車に乗り家路についた。

そして少女は、家路の途中で不思議な存在と出会った。

夜の闇が支配する時間、自転車のライトしか光源がないはずの道の真ん中でそれは突然現れた。

それはサッカーボールから短い手足とウサギに似た長い耳を付けた様な真っ白な生き物だった。

ふわふわと宙に浮く、真っ白な生き物の金色の瞳がまっすぐに少女を見ていた。

真っ白な生き物はゆっくりと少女に向けて小さな手を伸ばし、愛くるしい笑顔を浮かべ少女に話しかけた。


「ボクの名前はポルックス。この星を守る為に魔法少女になってボクに協力してほしいポル」


少女の答えは簡潔だった。


「めんどい」


そう言い放つと同時に少女はポルックスと名乗った真っ白な生き物を勢いそのままに、自転車で撥ね飛ばした。

ブレーキなどかけた様子は微塵もなく、情け容赦ない轢きっぷりだった。


「ギャアアアアアアアアアア!!」


ポルックスは高速錐揉み回転をしながら宙を舞い、放物線を描きながら凄まじい勢いで地面に激突した。

少女は地面にへばりついているポルックスに一瞥もくれずに去っていく。

すぐさま起き上がり軽く体を振った後、ポルックスは少女の隣まで飛んでいき全身に青筋をたてて怒鳴りつけた。


「おうおうおう!! ちょっと待てやお嬢ちゃん!! ワシを撥ねといてガン無視かい!! こんな愛くるしい生き物撥ねて心は痛まんのかい!! 」


先程までの愛くるしい顔とは打って変わって、全身に青筋をたてた醜悪な顔となったポルックスにちらりと目をやったあと、少女はすぐに視線を前に戻し、何食わぬ顔で口を開いた。


「あたし、ぬいぐるみとかのあの媚びた笑顔が気に喰わないの」


「どんだけ歪んでるの、お嬢ちゃん!? まぁ、とりあえず止まりぃな。ワシと話しよ、な、な? 悪い話や無いって。最近の女の子の憧れやろ? ワシみたいな愛くるしいマスコットをパートナーにして、魔法少女として恐ろしい敵を相手に切った張ったの丁々発止、勧善懲悪のワンマンショーって」


少女の言葉に多少驚きつつ、ポルックスは少女の乗る自転車のカゴを押して、なんとか自転車を止めようとした。

それを見て、少女は懐から軍用モデルの懐中電灯を取り出してポルックスの目を狙い何の迷いもなくスイッチを押し、恐ろしく強力な光を照射した。


「ほんぎゃああああああ!! 目がぁ、目がぁ、って何すんじゃい!! ――って痛い痛いっ!! 突き刺すな、抉るな!! どんだけ残忍な所業だよ!! 」


ぎゃあぎゃあと喚き散らすポルックスの目を強力な光で執拗に狙いつつ、それだけでは飽き足らずに直接懐中電灯をポルックスの目にグリグリと抉り込む少女の表情には一切の変化は見られない。


「あたし、もうすぐ冬休みで忙しいの。だからとっとと失せろ量産型愛玩マスコット」


「な、なんて事を!! 唯一無二の愛くるしさを持つボクとしてはその言葉は断固否定するポルよ!? だいたいこの時期の小さい子供が冬休みに忙しいと言ったら、お年玉をどうせしめるかの算段を立てる事くらいしか無いでしょポル!? お願いだから話を聞いてポル!! って熱っ!! 」


少女は自転車のハンドルから両手を離し、自転車のカゴに入れているバッグの中から水筒を取り出して、まだ熱々の中身をポルックスにぶちまけていた。


「思っていた事を言い当てられて驚きのあまり手が滑った。めんご」


「謝る気が皆無ポル!! 」


手が滑ったと言うには、あまりにもわざとらしく、しかも、水筒が空になるまで中身をかけ続けた少女の行動に愕然とするポルックス。

ポルックスは兎の様な耳からハンカチを取り出すと、ぐっしょりと濡れた自分の体を器用に拭き取り、大きなため息をついた。


「うわぁ、匂いが甘い飲み物だったせいかなんかべとべとするし、体が茶色に染まっちゃったポルよ……落ちるかなこれ……。はぁ……、なぁお嬢ちゃん。ワシな事情があってここにおんねん、急がんとワシだけやのぉて、世界、もといこの町が大変な事になるんや。だから、話聞いてぇな」


疲れた様な声で本音を吐露するポルックスを少女はじっと見つめた。

そして少女はふぅ、と息をはいて自転車を止めた。

自転車から降りる少女を見て、ポルックスの顔が一気に明るくなっていく。


「あぁ、お嬢ちゃん、やっとワシの話聞く気になったんやな。うんうん、ワシには分かっとった、お嬢ちゃんはホンマはええ娘やって」


うっすらと目に浮かぶ涙を拭い、ポルックスはうんうんと頷いた後、コホンと咳払いをした。

自転車のカゴから離れ、くるりと一回転しながらポルックスは再び宙にふわふわと浮いて、少女に向かって言葉を投げかける。


「じゃあ、改めて自己紹介をするポル。ボクはポルックス。『輝きの園』と言う機関に所属している銀河妖精ポル。銀河妖精とは流星と共に宇宙を旅する妖精の事なんだポル。ボクはさっきの双子座流星群と一緒にこの星にやって来たんだポル」


ガコンッ。

不意に鳴った音に驚き、ポルックスは音のした方を向いた。

そこには自動販売機があり、少女が何かを買っていた。

その姿にポルックスは激怒して、再び体中に青筋をたてて叫んだ。


「聞いてねぇーのかよっ!! って、また熱い!! 」


少女は買ったばかりで、まだ熱いホットココアの缶をポルックスに押し当てていた。

熱すぎる、とまではいかないがそれなりの熱さに悶えるポルックスを尻目に少女は熱さに気をつけながらプルタブを開け、コクコクとホットココアを飲み始めた。


「美味しい」


「おう、良く味わえや!! ワレが飲む最後の飲み物じゃけぇのぉッ!! 」


骨格すら変化するレベルで恫喝するポルックスには目もくれず少女はホットココアを飲み干し、空き缶をごみ箱に捨てた。

そして、少女は怒り狂うポルックスを鷲掴みにして自転車のカゴに無理矢理押し込んだ。


「痛い痛い痛いポルっ!! 無理矢理押し込まないでポル!! もっと優しくしてポル、ボクのプリティーボディが傷物になっちゃうポル!! 」


「話だけなら聞く、それを聞き入れるかは別」


そう言うと、少女は自転車に乗り、ペダルをこぎ出した。

少女の言葉をにわかに飲み込めなかったポルックスは冷たい風に数秒さらされた所でハッと我に返った。


「ほ、本当ポル!? ありがとうポル!! えっと、どこまで話たっけポル? 」


「アンタの名前がポルックスで『輝きの園』所属の銀河妖精、双子座流星群と一緒にこの星にやって来たってところまでは、聞いた気がしなくも無い」


「あ、意外とちゃんと聞いてたんだポルね。じゃあその続きから言うポル。コホン、ボクは双子座流星群と一緒に来たポルけど、本当はこの星を通り過ぎて『輝きの園』の本部に帰る途中だったんだポル。ちなみに『輝きの園』は簡単に言えば、この星でいう所の警察の宇宙版ってところポル。 そこに『罪星』と呼ばれる宇宙犯罪者を連行するはずだったんだポルけど、隙をつかれてボクの星船から逃げられちゃったんだポル。君には『罪星』を捕まえる手伝いをして欲しいんだポル」


自転車のカゴの中でポルックスは可愛らしく振る舞いながら、少女に潤んだ金色の眼差しを向ける。

しかし、ポルックスの言葉に少女は沈黙し、なんの反応も返ってこない。

その様子に、その手応えのなさにポルックスは、じんわりと嫌な汗が体を伝うのを感じた。

1分か2分程度の沈黙、ポルックスにはその何倍にも感じる長さの沈黙の後に少女はゆっくりと口を開く。


「……つまり、自分の不手際の尻拭いを他人に、十歳の女の子にやらせようと。なるほど、たいした宇宙人だ」


「うぐっ!? ま、まぁ、要約して言えばそういう風に取れなくも無いかなポル……。あ、そ、そうだ、今更ポルけど、君はボクに驚かないポルね。地球人は宇宙人懐疑派が多いと思ってたポルけど……」


少女の指摘にギクリとしたポルックスだったが、今更ながらの疑問を呈する事で少女の言葉をやんわりと受け流した。


「広義の意味では、あたしも地球に住んでる宇宙人。宇宙には数十億の星がある。いないと考える方が難しい」


ポルックスの問いかけに少女は当たり前、とでも言いたげにそう答える。

その表情に変化は見られず、心からそう思っているのだとポルックスには感じられた。


「ふぅん、なるほど、そういう考え方もあるポルか。でも、初めて宇宙人を見た割にまったく動じないポルよね。君は随分と胆が座ってるポルね」


「ココア」


「へ? 」


唐突に『ココア』と口走った少女にポルックスは間抜けな声を出す。

何の事だろう? 『ココア』とはこの星に存在している飲料の一種、という事は自動翻訳の際に情報をダウンロードしたから理解はしたし、先程少女が自動販売機で買っていた物の事でもある。

そう言えばさっきボクにかけた水筒の中身もココアではなかっただろうか、とポルックスは考え、何と答えたものかと思案した。


「あたしの名前。亜麻杉あますぎ ココア」


あぁ、名前だったのかと思い、ポルックスはホッと胸を撫でおろした。


「あますぎココア。かなり甘ったるい名前ポルね。ココアちゃん」


「以前、あたしに同じ事を唐柄とうがら しんという男子が言ったけれど、そいつが今どうなっているか知りたい? 」


ココアの冷ややかな視線を受け、恐らく初めてココアの感情らしい感情に触れた事でポルックスは少女らしからぬ圧を放つココアにゾクリとした。

その唐柄某とかいう男子に何をしたのかは気になるが、正直知りたくないという気持ちの方が強かった。

冷や汗が額ににじみ、ツーっと垂れていくのを感じながら、ポルックスはハハっと乾いた声で笑う。


「ハハハ……え、遠慮しておくポルよ。ココア……うんうん、とっても、か、可愛らしい名前ポル。ボクは心からそう思うポルよココアちゃん」


引きつった笑顔でポルックスはココアに賛辞の言葉を贈る。

正直、心にもない、ただのよいしょにしか過ぎないが、顔も知らぬ唐柄某という男子と同じ目には会いたくないと、ポルックスは心から思った。


「ありがとう。名前を褒めてくれたから、ポルックスの手伝いしてあげる」


そう言ったココアはほんの少し口角をあげ、嬉しそうに笑っているように見えた。

この子も笑顔になんてなるのかと、ポルックスは大変失礼な事を思いつつ、ココアの気が変わらない内に行動を起こすことにした。


「ほ、本当ポル!? 嬉しいポル。じゃあ、早速これに――」


ポルックスはウサギに似た耳から一枚の紙を取り出し、ココアの前に差し出した。

その紙は薄く金色に光っており、普通の紙では無い事はすぐに分かった。

すぅっと紙に文字が浮かび上がってきたが、それは日本語でも無ければ英語でもない、恐らく地球上の言語ではないのだろう。


「ボクとの魔法少女契約の締結にあたって、この契約書にサインしてほしいポル、ココアちゃん。これは、その、ちょっとした手続き上のものポルだから、内容とか気にしないでいいポル。ささっと名前を書いてくれるだけでいいポルよ、あ、拇印でもOKポルよ、朱肉はあるから問題ないポル。さ、早くポル」


ポルックスは契約書の上部を隠すように折り畳み、名前を書くスペースだけしかココアに見せていない。

何故かサインや拇印をせかすポルックスの様子をココアは怪訝な面持ちで見つめる。

ニコニコと笑顔を見せるポルックスだが、その顔はわずかばかり引きつっており、その目は笑ってはいない。


「…………」


「あ、ちょ、ちょっと!?」


自転車を止めたココアは無言でポルックスの差し出す紙をひったくった。

自転車のカゴの中で契約書を返して、とか違うんだ、と叫ぶポルックスを尻目にココアは黙々と紙に書かれている内容に目を通す。


「……ふぅーん。つまり、手伝う過程であたしが死んでもあんた達は責任を一切負わないって事なんだ」


「えぇ!? ココアちゃん、宇宙公用語が読めるポル!? 銀河連盟に未加盟どころか惑星外開拓にすらいまだに至ってない未開惑星の原住民どもには読めないはずポルなのに!? 」


驚くポルックスに紙を返しながら、ココアは汚物を見るかの様な冷めきった目でポルックスを見下ろしていた。

その子供らしからぬ温度を感じぬ目にポルックスはごくりと唾を飲み込んだ。


「……うん、読める訳無い。ホントにそんな事が書いてあるんだ。手伝うのやめようかな」


ココアの言葉にポルックスは愕然とした。

たかだか十歳程度の小娘に完璧にしてやられたという事実、銀河妖精として今まで多くの罪星を捕らえてきた実績と経験、その積み重ねから生まれる自身の力への自負、それらをほんのわずかなやり取りの中でズタズタにされた思いだった。


「なんてこった……、ワシに鎌をかけやがったな、お嬢ちゃん!! クゥ、渋い事しやがるぜ!! 」


ポルックスは冷や汗をダラダラと流しながら、不敵に笑ってみせた。

自分にはまだ余裕がある、という虚勢を張らなければ心が折れかねなかったからだ。

恐らく、最低にまで落ちたであろう自分への評価と印象、どうすれば挽回できるのか、どうすればこの場を切り抜けられるのか、いっその事別の騙しやすそうな現地人を探そうか、そんな事をポルックスが思案している間にココアは再び自転車をこぎ出した。

冬の寒風が冷や汗まみれのポルックスの体温を奪っていく。

わなわなと震えているポルックスを見て、ココアはぽつりと呟いた。


「……どこかの研究所に売り払おうかな」


その言葉にビクリとポルックスの体が跳ねる。

ココアの表情からは何の感情も見て取れない。

ポルックスは引きつった笑みを浮かべつつ、揉み手をしながらココアに話しかけた。


「あ、あはは……じょ、冗談ポルよねココアちゃん? さっき出会ったばかりだけれど、ボクはココアちゃんは優しい子だって分かってるポルよ? ココアちゃんはそんな非道な事はしない……しないポルよね? ねぇ、ちょっと何か言ってポル、ココアちゃん!? 表情読めないからホント怖いポルなんだけど!? 」 


「詐欺師みたいな事してあたしを騙そうとしたし、罰は必要なのでは? 」


「いやいやいや、さっきのは軽い宇宙ジョークポルよ、宇宙ジョーク!! 売り払うとか止めてポル!! 分かったポルから、怪我とかしてもちゃんと保証するポルから!! 銀河妖精割引も付けるし、宇宙病院入院一日目から入院一時金が降りるようにするポルから!! 円がいいポル!? ドルでも払えるポルよ!? 」


慌てふためくポルックスを完全に無視したまま自転車をこぎ進めていたココアはとある建物の前で自転車を止めた。

その建物は一見普通のビルのようだったが、その屋上には階下からも確認できるほどに大きなパラボラアンテナが設置されていた。

時間帯が深夜である事と相まって、静まり返ったビルと巨大なパラボラアンテナは何とも言えない不気味さをかもしだしており、その異様さにぞわりとポルックスの背筋に悪寒が走る。

そんなポルックスの気持ちを知ってか知らずか、ココアは自転車のカゴに入れてあるバッグとポルックスを掴みビルの裏手に向かって歩き始めた。

駐輪スペースに自転車を留め、ビルの裏口ドアの鍵穴にポケットから取り出した鍵を差し込んで回す。

ガチャリとドアを開け、ココアは薄暗いビルの中に入っていく。


「ちょ、何ポル!? ここは何処ポル!? ホントに売り払う気ポル!? 落ち着いて話し合おうポル!! 話せば分かるポル!! 」


パニックを起こし、ジタバタと暴れるポルックスを意に介さず、ココアは薄暗い廊下をズンズンと進む。

廊下の突き当りにエレベーターがあり、ココアはRのボタンを押してエレベーターに乗り込んだ。


「ちくしょーポル!! ジャリガキなら簡単に信じて、手伝ってくれると思ったポルのに!! 魔力が高いからって適当に選んだのが間違いだったポルー!! 」


目的の階に到着したのか、エレベーターの扉が開いていくのを見て、ポルックスはもうダメだと悟った。

きっと生きたまま解剖されて、細胞からクローンを培養して地球の原生生物と掛け合わせたグロいキメラが作られるんだ、そして未開惑星の現地人に捕まったと同僚にプークスクスされるんだと、絶望した。


「ここはあたしの家。外は寒いから中で話を聞く。詳しく話して」


ココアの声で我に返ったポルックスは自分がベッドの上に居る事に気づいた。

暖房のスイッチを入れ、ジャンパーやマフラーを脱ぎ、椅子に腰掛けたココアはポルックスに目をやった。

まだ現状をきちんと把握できていないのか、ポルックスは部屋の中をキョロキョロと見回していた。


「――た、助かったのかワシは!? あぁ一瞬、走馬灯が見えた」


「で、あたしは何をすればいいの? 」


「お、おお、手伝ってくれるんか、お嬢ちゃん!? やっぱりホンマはええ娘なんやな、ワシちびりそうやったわ!! よっしゃ、気を取り直して説明するで!! 」


命の危機を脱した安堵からか、ポルックスのキャラが大いにブレていた。


「ねぇ、キャラはいいの? 素が出てるけど」


ココアに言われ、ポルックスは慌てて咳払いをして誤魔化す。


「ン―――げふん、じゃあ説明するポルよココアちゃん。えーっと、『罪星』が逃げ出したっていうのはさっき言ったポルよね。その『罪星』は今この町のどこかに潜んでいるポル。ボクは銀河法っていう法律の為に銀河連盟未加入の未開惑星内での能力使用が制限されてて、能力使用の為にはかなり面倒な手続きをしなくちゃいけないポル。手続きを無視して魔法を使用すると体内に埋め込まれている宇宙チップがボクの魔力を暴走させて爆発するポル。けど、正直そんな手続きをしている時間が無いポル。だから『罪星』を捕らえる為に現地人であるココアちゃんに力を貸してほしいポルよ」


ポルックスはウサギに似た耳の中に手を突っ込んで、いかにも魔法少女が持ってそうなキラキラと光る星が先端についたピンクの杖を取り出し、ココアに差し出した。


「これは宇宙魔法省がこんな時の為に開発した汎用型魔法杖ポル。あ、これ説明書と保証書ポル。まぁ、マジカルステッキなりマジックワンドなり好きな様に呼んでいいポル。基本的には未開惑星内で『罪星』を捕らえる際には、現地人にこれを渡して現地人に捕まえてもらう規則になってるポル」


ポルックスの差し出すピンクの杖、汎用型魔法杖を受け取ったココア。

しげしげとピンクの杖を眺めながら、ココアはポルックスに顔を向ける。


「で、逃げた『罪星』ってどんなヤツなの? 」


「えっとね、逃げた『罪星』はこの惑星でいう所の犬みたいな姿をしているポル。ただ、その大きさは通常個体の比ではないポル。少なくとも数メートルはあるポルよ。あとボクが急いでる理由ポルけど、そいつはこの惑星の大気中で太陽光を浴びたら大爆発するポル。半径数百メートルが焦土と化して、そいつの肉片が大地を汚染して向こう百年は草も生えない死の大地になるポル。だから、今夜の内に捕まえて宇宙空間に留めているボクの星船に収容したいポル」


そう言うと、真剣な表情でポルックスはココアを見つめた。

ココアは気を引き締め、立ち上がる。


「じゃあ、急ぐ。何処にいるか調べられる? 」


「その汎用型魔法杖の魔法リストに登録されている標準サポート魔法に簡易探索魔法のサーチがあるポル、それを使えば分かるけど連続使用は控えてポル。急激な魔力消費は倦怠感と疲労感、節々の痛みが伴うポル。あと安いとは言えボクの財布にも優しくないポル」


ココアはポルックスの最後の言葉が気になったが、とりあえず今は急を要するのだと思い、汎用型魔法杖の説明書をザっと読んでさらっと魔法少女に変身した。


「えっ!? 変身シーンはカットなのポル!? 衣服が消えてあどけない少女の裸体があらわになる最大のサービスシーンがカットなんてどうかしてるポル!? さては変身シーンのスキップ機能を使ったポルね。まぁ、ぺったんこの胸見て喜ぶのは大きなお友達くらいだろうポルけど、って痛い痛い痛いポル!! み、耳がねじ切れちゃうから止めてポル!! 」


ポルックスの耳をねじ切ろうと、思い切り引っ張ったココアだったが無理だったので諦めた。


「うわぁ、ボクの耳が通常の三倍の長さになったポル……、これ戻るポルかな……」


ココアの手により伸び伸びになった自分の耳を悲しげに見つめるポルックスを無視して、ココアは汎用型魔法杖に手をかざして、説明書に書いてあった通りにリストアップと唱えた。

すると、ココアの前方に半透明のパネルが表示され、そのパネルには日本語で書かれた魔法名がずらっと並んでいた。


「あぁ、サポート機能の一つで変身による強制ユーザー認証後は自動翻訳の魔法が常時作動するポルから、宇宙公用語が分からない未開惑星の現地人程度でもリストを読めるようになってるポルよ」


「……その言い方、なんか含みがあるよね」


「き、気のせいポルよ? ボクの言葉が気に障るのはきっと翻訳魔法の調子が悪いからじゃないポルかな? ほら、日本語ってそのニュアンスがあやふやっていうか、わかりづらい所あるポルから、多少はねポル? 」


「ふぅん……」


ポルックスの言葉に微妙な引っかかりを感じつつも、ココアは魔法リストに表示されている簡易探索魔法サーチの文字をタッチした。

すると、ココアを中心に光の波紋が広がっていった。

広がっていく波紋が魔力のある物に触れる度に、ココアはそれを感覚的に把握していく。

魔力の大小はあれど、『罪星』と思われる様な魔力は感知できない。

ココアはサーチの魔法を更に重ねがけして、探索範囲を拡大させる。

少しすると、明らかに他の魔力とは違う魔力をココアは感知した。

汎用型魔法杖に登録されている『罪星』の魔力と一致したのを確認した後、その魔力を感知した場所を改めて確認すると、それはさっきまでココアが流星群を眺めていた丘の様だった。


「サーチ二回……二回ならまだ許容範囲内ポル。よし、おおよその位置が分かったポル、早く行って『罪星』を捕まえるポル、ココアちゃん!! 素早い移動を可能にする標準サポート魔法、移動補助魔法フライムーブを使うと良いポル、初期状態から登録されてるから無料ポルだし」


「……分かった」


再度ポルックスの言動に妙なひっかかりを感じつつ、ココアはフライムーブの魔法を使用して、背中に半透明な羽根を生やして、ビルの屋上から『罪星』の居る丘へと星空の中を駆ける。

その途上で、ココアの肩にくっついているポルックスが汎用型魔法杖の説明をし始めた。


「ココアちゃん、今から改めてココアちゃんに汎用型魔法杖の説明をするポルね。ある程度は説明書を見て分かったと思うポルけど、汎用型魔法杖に限らず、宇宙魔法省が開発した魔法杖は魔法をダウンロードしないと魔法が使用できないポル。簡単な物は初めから入ってるポルけど、特殊な魔法や強力な魔法をダウンロードする為にはお金がかかるポル。つまり課金制なんだポル。回数制限ある上で都度課金だから拝金主義のクソ……じゃない、魔法を乱用しない仕様になってるポル。ちなみに魔法をダウンロードしたい時は杖に向かって系統とか、どんな効果かを言うと勝手に検索してリストアップしてくれるポルよ。今はボクの貯金から引き落とす設定になってるポルから無駄に魔法をダウンロードしないでポル」


「…………」


「ちょ、ちょっとココアちゃん、なんで無言ポル? 不安になるポルだけど!! 絶対高い魔法はダウンロードしないでポル!! 」


「善処します」


「何そのワード!? 善処するって言ってホントに善処してる人見たいことないポルよ!? 」


「あたしも見たことない、そしてこれからもきっとない」


「いや、もうこれ絶対善処する気ないポルよね!? ホントにやめてポル!? フリじゃないポルからね!? 」


ポルックスの言葉を華麗に聞き流しながら、ココアは丘に辿りついた。

先程まで自分の居た場所に『罪星』と呼ばれる存在が潜んでいるとは思えなかったが、探索魔法ではここに異質な魔力反応が出ていた。

ココアは空中から丘の周辺を見回したが、深夜で辺りが真っ暗な事もあり隠れている『罪星』を見つける事は出来なかった。


「何かに偽装しているのか、どこかに潜んでいるのかもしれないポルね。このまま魔法を追加せずに目視でじっくりとそして素早く探しだそうポル!! 」


「対象指定探索魔法ディープサーチ展開、対象『罪星』」


ポルックスの言葉を完全に無視して、すぐさま対象を指定して探索できる魔法を使い周囲を探り始めたココアにポルックスは驚愕した。


「ココアちゃん!? ディープサーチはより細かな探索が可能だけど、探索範囲が狭いから最後の確証を得る時に使うような探索魔法ポルよ!? っていうか、目視でじっくり探そうってボク言ったポルよね!? 」


「さっきのサーチで大まかな場所は把握済み。あとはめぼしい所に数打ってれば見つかる」


「いや、数打たれたら困るポルなんだけど!? 宇宙魔法省がクソで魔法が落とし切りじゃなくて回数制限あるってさっき言ったポルよね!? 」


「ディープサーチ多重展開」


「人の話はちゃんと聞こうポルよ、ココアちゃんッ!? 」


「反応あり……あたしの下? 」


『罪星』の反応を感知した瞬間、パキンッとガラスの砕けるような音とともにココアの真下の空間が砕け、そこからココアめがけて何かが凄まじい勢いで突き出された。

夜の闇の中、それを正確に把握し回避する事は不可能。

このままではココアは股から脳天までを貫かれ、為すすべなく死ぬ。


「き、緊急コード:シルバーポル!! 」


ココアよりもわずかに早く『罪星』の攻撃に気づいたポルックスがそう叫ぶと、汎用型魔法杖の先端の星が強く光り輝き、半透明の銀色の膜がココアを球状に包み込んだ。

数瞬遅れて、グチュリと湿り気を帯びた不快な音がココアの耳に届く。

銀色の膜の光に照らされて、何がココアを襲ったのかが見えた。

電信柱ほどの太さを持った鉛色した剥き出しの肉の腕。

それが銀の膜にぶつかって、裂けて広がっていた。

ウジュウジュと蠢く肉の腕は裂けたままの状態で、銀の膜を破壊しようと銀の膜に絡みつき強く締め付け始める。

ミシミシときしむ音をたてて、銀の膜にヒビが入りだす。


「『罪星』の捕食触腕ポル!! 緊急発動したシールド程度じゃあと十秒ともたないポル!! 何とかして距離を――」


「女の子のお股を狙うとか、セクハラ変態おやじだね。あと、どこが犬なの? 」


ヒュンッ、と風切り音が鳴り、ココアを守っていた銀の膜と、それを砕かんと絡みついていた肉の腕が横薙ぎに切り払われた。


「――え? 」


何が起きたか分からないポルックスの目に、大鎌に変形した汎用型魔法杖を構えるココアの姿が映る。


「モード:ソードダンサー」


ココアが静かにそう呟くと、大鎌の形をしていた汎用型魔法杖が二振りの剣に分かれ、ココアの周辺にふわりと浮かんだ。


「なます切り」


指揮者のように手を振るうココアに合わせ、二振りの刃が宙を舞う。

星空の薄明かりが白刃の軌跡を空に刻んでいく。

ズタズタに切り裂かれた肉の腕が体液を飛び散らせ、細かな肉片になり果てる。


「ギュイイイイイイイイッ!?!? 」


急ブレーキを踏んだ時のような甲高く薄気味の悪い音が響き、ズタボロになった肉の腕が空間に空いた穴の中に戻るのを見て、ポルックスはほんの少し安堵した。


「今のは『罪星』の叫び声ポル、ダメージは与えたみたいだけどまだ安心できないポルよ。周囲の警戒は怠らないでポル!! っていうか、なんで汎用型魔法杖の変形機構のロックを解除出来てるポル!? 説明書には書いてないし、ボクは何も言ってないポルよね!? 」


「説明書のQ&Aのコーナーに書いてた。魔法杖はユーザーの思考を読み取る事で変形機構が組み込まれてて、それは上位ユーザーに解禁されるハイエンドコンテンツの一つだって」


「……え? 」


ココアの言葉を聞き、ポルックスの額に冷や汗がにじむ。


「ココアちゃん? ココアちゃんは今、強制ユーザー認証を経て、ゲスト権限で汎用型魔法杖のユーザーになってるはずポルよ? ゲスト権限のままじゃあ上位ユーザーへの移行はまず無理ポルだし、ましてハイエンドコンテンツである魔法杖の変形機構、つまりユーザーの思考、魔力形質に沿った魔法杖の最適化は、魔法杖とユーザー間の魔力ラインが長期間繋がっていないと絶対に不可能ポルよ……? 」


「高位禍禁指定魔法、エンドタイム」


「ココアちゃん? 」


「周囲の時間を止めて、ちょっと魔法の練習した、あと空間操作もちょっと使った」


「ココアちゃん!? 」


魔法少女のマスコットがしてはいけない顔になりつつあるポルックスを尻目にココアは二振りの剣に変形させていた魔法杖をもとの杖の形状に戻し、防御魔法シールドを展開しつつ『罪星』の攻撃に備えた。


「高位禍禁指定魔法、ハイカキンマジックを二つも……幾らすると思っとるんじゃ、ジャリガキぃいいいいッ!! 」


「グギョロロロロローーーーッ!! 」


もはやマスコットの仮面をはぎ取ったポルックスの魂の叫びに被せるように『罪星』がココアの真上の空間を砕いて、その全身を現した。

数百、数千の鉛色の肉の腕が一つの塊になって犬のような形をとった存在、五メートルは優に超える巨体が凄まじい勢いでココアとポルックスに襲いかかる。


「じゃかましぃいい犬っころッ、誰がてめぇを捕まえたと思っとんじゃあああ!! 」


激しい怒りの感情のままにポルックスは両の耳の先端を拳のように握り固めて、襲い来る『罪星』目がけて殴りかかった。

握り固めた耳の拳が『罪星』の巨体にめり込み、その勢いを完全に殺す。

怒りが収まらないポルックスはさらに耳の拳を強く握り込み、ドスンッ、ドスンッと一撃一撃が並みの攻撃ではないと思わせる鈍く重い音を響かせながら数十、数百と耳の拳を『罪星』の巨体へ叩き込んでいく。

肉の腕たちがぐちゃぐちゃになって体液をまき散らし、犬の形を保てなくなってきたの見て、ポルックスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「往生しろや、おらぁあああああ、セントエルモの塵となれぇええええええいッ!! 」


両の耳を一つの拳にして、とどめとばかりに『罪星』に襲いかかるポルックス。

ポルックスの耳の拳が青白い炎をまとって『罪星』を焼き尽くさんと迫る。

耳の拳が『罪星』に直撃する瞬間、ピリリリリリリリリリリ、とけたたましい音が辺りに鳴り響いた。


「あ、やべ――」


ポルックスがそう呟いた次の瞬間、突如として閃光が迸りポルックスが爆発した。

強烈な爆発音の後、アフロヘア―となったポルックスが煙の中から姿を現す。


「頭に血が昇りすぎて、未開惑星内での能力使用制限の事を忘れてた……ポル、ガハッ! 」


そう言って、ポルックスは糸の切れた人形のようにグラりと倒れこみ地面へと落下していった。

ポルックスの攻撃によってかなりのダメージを負っていた『罪星』は、その隙に無事な肉の腕を集め、もう一度犬の形をとり、ポルックスに狙いを定めて突進する。

――そこを狙いすましたように、『罪星』の横っ面に巨大なハンマーがめり込む。


「隙だらけ。ナイス連携だね、ポルックス」


ココアは更におまけとばかりに、ハンマーの平の部分に魔力を通して魔法陣を展開する。


「ばーんッ」


ズドン、と爆発音が響き、その衝撃で『罪星』の頭部が弾け飛ぶ。

動きが止まった『罪星』へ汎用型魔法杖をハンマーから巨大な拳に変形させたココアの追撃が叩き込まれる。

一メートル程の巨大な拳が振り下ろされ、かわす余裕などない『罪星』はその直撃を受けて、凄まじい速度で地面に激突した。


「よし」


小さくガッツポーズをしたココアは地面に頭から突き刺さっているポルックスの元に向かった。

そして、もがく足を掴むと人参のごとくポルックスを引き抜いた。

口の中に土が入ったのか、ゲッホ、ゲッホとせき込むポルックスを見てココアは小首をかしげた。


「アフロ似合わないね」


「大きなお世話ポルッ!! オゥエッ、ペッペッ!! これだから未開惑星の土は!! のど越し最悪ポル!! 」


「土にのど越しとかあるの? 」


「そんな事はどうでもいいポル!! やつは!? 『罪星』はどうなってるポル!? 」


口の中から土や小石を吐き出し終えたポルックスは周囲を見回し、土煙をあげている地面とそこに横たわる『罪星』を見つけた。


「あれは……ココアちゃんがやったポル? 」


「いえす」


したり顔のココアを見てポルックスは身震いする。

いくら魔力が高くとも、多様な魔法を駆使しようとも戦闘という点においては素人以下であろうただの子供が宇宙犯罪者を叩きのめした、その事実はにわかには信じがたかった。

が、事実は事実、目の前に広がる光景は否定のしようがない。

ココアの実力は並みの銀河航海士を上回っている。

そこでポルックスの脳裏に妙案が浮かぶ。


「このままココアちゃんを銀河妖精助手にしてしまえば、育成する手間がはぶけて楽に金儲けできるのでは? あわよくば助手トレードで移籍金ガッポッガポなのでは? フヒ」


汚い大人の面で下卑た笑顔を浮かべるポルックスをココアは冷めた目で見ている。


「思惑が口から全部出てるよポルックス」


「ししし、しまった!? ポル。 気のせいポルよ、ココアちゃん!? 別にボクはココアちゃんを銀河妖精助手としてスカウトして助手という名目でタダ働きさせようとか、あまつさえ、その戦闘力と魔力の高さを売りにして他の銀河妖精の助手としてトレードに出そうだなんて、微塵も思ってないポルよ、ホント、マジで、ポル!! 」


「ふーん……」


氷のごとく冷たい視線がポルックスを突き刺す。

多量の冷や汗を垂れ流しながら、ポルックスは死んだ魚のような目で薄ら笑いを浮かべる。


(やべぇポル……。このままじゃあ、あの『罪星』を輝きの園に送って懸賞金をもらっても、ココアちゃんがダウンロードしまくった魔法の課金額で大幅赤字ポル……。なんとしてもココアちゃんを銀河妖精助手にして、せめてトントンになるくらい稼いでもらわないと割に合わないポルよ……、でもなぁココアちゃんだしなぁ、赤字にしかならない気もするポル……)


「エヘヘヘヘ、さっきのはアレポルよ、アレ。宇宙ジョークポル、宇宙ジョーク。お前もキャトルミューティレーションしてやろうか? みたいな? ポル。もしくはアブダクションで宇宙ドライブにトゥギャザーしようぜ的な? ポル。ヘヘヘ……」


胡散臭さがハンパないポルックスの顔と言動にココアの猜疑心は留まる所を知らない。


「もうここでポルックス手伝うのやめようかな……、もしくは最後にどでかい花火でもぶっ放そうかな」


「や、やめてポル!! 手伝うのをやめるのはボクとしても、もういっそ致し方ないとは思う所もあるポルだけど、最後にでっかい花火とかやめてポル、いやホントにマジで!! ホントにボクの老後の貯金までちょっと切り崩すレベルに課金してるポルからねココアちゃん!? 課金分を請求しないだけでだいぶん譲歩してるポルからねボク!! 」


「手伝いはこのままするから、でかい花火打ってもいい? 」


「いやいやいや、手伝うのやめていいから、でかい花火はやめてってボク言ったポルよね!? 」


「じゃあでかい花火二回だけでいいから」


「なんで花火の回数増えてるポル!? ココアちゃん人の話聞いてたポル!? 」


「ポルックスはワガママだね」


「えぇええええ!? これボクが悪いポル!? 」


ココアの言い分に驚愕しワナワナと震えるポルックス。

ココアを銀河妖精助手に仕立てようと思ったが、この子は絶対ボクの財布に的確なダメージだけを与える存在だとポルックスは確信する。

仕方ないといった感じでため息をつきながら、ココアは地面に倒れ伏す『罪星』に向かって汎用型魔法杖の先端を向けた。


「それでポルックス。あとは何をすればいいの? このまま塵も残さず消し去ればいいの? でかい花火で」


「いやだから、でかい花火はやめてポル……。あと宇宙犯罪者である『罪星』と言えども塵も残さず消し去ったら宇宙殺星罪が適用されちゃうからダメポルよ。まぁ、デッド・オア・アライブなら問題ないポルけど、そんな三等星レベル以上の『罪星』はそうそう出くわさないポルからね」


そう言って、ポルックスは耳の中からほのかに青く光る小さな水晶のような物を取り出した。


「これはシールクリスタルというちょっとお高い宇宙鉱石の一種を加工した物ポル。シールクリスタルには魔力を貯め込む性質があって、それを利用して『罪星』をこの中に封じ込める事が出来るポル。理論としてはまず『罪星』の魔力ゲノムの解析と編集を経てから『罪星』を魔力そのものに還元して、その魔力のパターンをこのシールクリスタルに――」


「うん分かった(分かってない)」


長ったらしいうんちくを話そうとするポルックスの手からシールクリスタルを引ったくり、ココアは倒れている『罪星』の元へツカツカと歩いて行った。

そして、シールクリスタルをピクピクと痙攣している肉の腕の一つに思い切り突き刺した。


「ギャヒン!? 」


肉の腕のどこからそんな声が出るのか謎だが、妙な鳴き声のような物をあげた『罪星』がシールクリスタルに吸い込まれていく。


「おお、掃除機でゴミを吸い取ってるみたい」


「――という原理を反転応用する事でオリジナルの復元が可能になるポル。つまりは復元された『罪星』は複写とも転写とも複製とも違う、確かな記憶の連続性を持つ完全なオリジナルという訳ポル。分かったポル? ココアちゃ――ってあれ?」


シールクリスタルに吸い込まれていく『罪星』を眺めるココアの姿を見て、ポルックスはあぁ、またこの子はボクの話を聞いていない、となかば諦めの境地に達した。


「ねぇ、ポルックス。ちょっとした疑問なんだけれど、聞いていもいい? 」


『罪星』を吸い終わったシールクリスタルを片手にココアがポルックスに声をかける。


「ん、どうしたポル、ココアちゃん? 銀河法に抵触しない程度の事ならなんでも答えるポルよ」


「このシールクリスタルの中に入れた『罪星』ってどうやって外に出すの? 」


「あぁ、やっぱり聞いてなかったポルね……。かいつまんで言うと、輝きの園の本部、もしくは地方支部にしか設置されてない特殊な魔法道具を使う事でシールクリスタルの魔力を貯め込むという性質を変質させて、反転させる事で魔力パターンとしての『罪星』を外界に復元という形で表出させるポルよ。あ、銀河法的には記憶の連続性をもって自己性の確立を謳ってるから宇宙人権的にまーーーーーったく問題のない実にクリーンな方法ポル、うんホント」


「……ふぅーん。ポルックスはさ、連行していた『罪星』が逃げたからあたしに手伝わせたんだよね? 」


「手伝わせたってちょっと語弊があるようなないような……ポル。まぁ、おおまかに間違ってはないポル」


「どうやって逃げ出したの? 」


「え? どういう事ポル? 」


「シールクリスタルに入れてたなら、輝きの園に行かない限り外に出てこれないんでしょ? なら、なんでこの『罪星』はポルックスの星船から逃げ出せたの? 」


「……ふ、不思議ポルよね。ボクにもよくわからないポル」


「さっきみたいに普通にボコってふんじばって捕まえておいて、シールクリスタルは使わなかったんじゃないの? 後々売りさばくために」


「……ソ、ソンナコト、ナイポルヨ?」


ココアから目をそらし、ダラダラと汗を垂れ流すポルックス。

疑惑の視線を全力で無視しつつポルックスはココアの手からシールクリスタルをひったくり、耳の中に押し込んだ。


「えーと、その……、あ、ありがとうポル、ココアちゃん!! ココアちゃんのおかげで『罪星』を捕まえる事が出来たポル!! もう二度と会う事はないポルだけど、元気でポル!! それじゃあポル!! 」


その場から逃げるように去ろうとするポルックスをココアは逃がさなかった。

ガシっとポルックスを鷲掴みにして、満面の笑みを浮かべるココア。


「は、離せポル!! 『罪星』を捕まえてくれた以上ココアちゃんにはもう用はないポル!! もう二度とこの辺境未開惑星には近づかないポルから、見逃してほしいポル!! 出来心だったポル!! まだ売り飛ばしてないからギリセーフポル!! 」


「いいよ。なってあげる助手に」


「へ……? 」


「あたし、宇宙をまっすぐ見てみたいの。見上げるのは飽きた、見下すのは嫌い、だからまっすぐ見たいの」


「えーっと……それは、どういう事ポル? 」


「ポルックスの星船で宇宙を見せて。あたし小学生だし、ずっと手伝うのは無理だけど、この星に逃げた『罪星』を捕まえるの、これからも手伝ってあげる」


表情こそあまり変わっていないが、目を星のように輝かせてココアはポルックスに迫る。


「あれぇ!? ココアちゃんそんなグイグイ来るキャラだっけポル!? っていうかもう『罪星』は捕まえたから、この星で手伝ってもらう事はないポルよ!? 」


ポルックスの言葉にココアは小さく咳払いして鷲掴んでいたポルックスを離し、その目をじっと見る。


「ポルックスが宇宙から来たって言った時点で初めから宇宙をまっすぐ見る事が目的だった。だから、どんな手を使ってでも、ポルックスの弱みを握って言う事を聞かせようとこっそり思ってた」


「思ってたより、えげつない事考えてたポル、この子……。っていうか、それなら最初から星船に乗せてって言ってくれれば交換条件で乗せてあげたポルのに」


「最初に要求してたら足元みられて、ろくな事にならない気がしてた。だから、最初は名前を褒めてくれたからって事にして手伝う事にした。実際、ポルックスはあたしを助手として売り飛ばそうと考えたり、シールクリスタルってやつを横流ししようとしてたり、ろくでなしだった訳だし」


「いやいやいや、それは誤解、六階、最上階ってやつポルよ、アハハハ……」


乾いた笑みを浮かべるポルックスだが、実際そうしようとしていたのだから笑ってごまかす以上の事は出来なかった。


「あと、気づいてないの? 『罪星』はまだいるよ? 」


「え? 逃げたのはこの『罪星』だけポルだし、こんな辺境未開惑星に隠れ住むような物好きな『罪星』なんている訳が……」


困惑するポルックスを見て、ココアは自分の真上を指さした。

ココアが何を指さしたのか分からないポルックスは首を傾げる。


「たぶんだけど、ちょうどこの真上でしょ? ポルックスの星船があるの」


「え? 」


ココアに言われて、ポルックスは耳の中から星船のタブレット型制御端末を取り出した。

耳でタブレットを操作し星船の現在位置を確認、言われた通り、この場所の真上に星船は停泊している事が分かった。


「はぁ、よくわかったポルね、ココアちゃん。ここの真上にボクの星船が停まってるって」


「だって、真上からこの『罪星』とは別の魔力をたくさん感じたから」


「え? 」


「さっきも言ったけど、ポルックスはシールクリスタルを転売するつもりで使わずに『罪星』を何人か捕まえてるよね」


「て、転売とは人聞きが悪すぎるポル!! 不用品を必要とする人にちょっとしたお値打ち価格でお譲りしようとしただけポル!! 確かにシールクリスタルに封印してない『罪星』を何人か星船に収容してるポルけれど…‥ 」


「その譲ろうとした相手とはどこで取引するつもりだったの? 辺境未開惑星である地球なら輝きの園の目も届きにくいから、バレないだろうとか考えて地球の近くで取引するつもりだったんじゃないの? 」


「えぇと、まぁ、なんというか、その通りポル……」


「あたし、思うんだけれど、取引前のそんな時にシールクリスタルに入れてない『罪星』が逃げ出すって、出来過ぎてない? 」


「どういう事ポル? 」


「たぶん、この『罪星』を逃がしたのはポルックスの取引相手。『罪星』が逃げたら、当然ポルックスは対応する為に星船から離れるよね。しかも地球の大気内で太陽光を浴びたら大爆発するような奴だし、何かあったら、輝きの園から何か追及されるかもしれないんだし、放って置く訳にはいかない」


「あれ? これもしかして、ボク嵌められてたポル? 」


「あと、もしかしてだけれど、この『罪星』って取引に来る途中で捕まえたりしてない? そうだったら、地球の大気内で太陽光を浴びたら大爆発するって特性を持つこの『罪星』を捕まえさせたのも、相手の考えの一つかもね」


「あ……これボク、めちゃくちゃやらかしてるポル?? 」


ココアの言う通りだったようで、ポルックスはガタガタと震えだした。


「つ、つまりポル、取引相手の狙いは……」


「ポルックスの星船そのもの。シールクリスタルより安いの? 星船って」


「はわわわわ!? 安い訳ないやん!? ヤバイ、めっさヤバいやんけ!! どないすんねんこれぇええええ!?!? 」


「また、キャラが」


「キャラとか言うてる場合ちゃうねん!! 星船やぞ!? 輝きの園から支給される超高速小型戦艦のカスタムものやぞ!? 地球でいうフェラーリとかベンツ、ポルシェのバケモン高級車レベルなんやぞ!? そんなもんを盗まれましたーテヘ。 で済む訳ないないやんけ!? 首が飛ぶどころかブラックホール刑務所行きもありうるレベルやぞ!? 」


「うん、だから手伝うって言ったの」


「……はい? 」


「全部黙っててあげるし、星船も取引相手の手に渡らないようにしてあげる。だから、あたしに星を見せてね」


そう言うと、ココアは汎用型魔法杖の先端を空に、星船に向ける。

星のごとく輝く膨大な魔力の奔流が汎用型魔法杖に注がれていく。

その輝きは夜の闇を消し飛ばし、昼のごとく辺りを照らす。


「あれだけ魔法を使ったのにまだこれだけの魔力量……。ココアちゃん、ホントにこの星の現地人ポル? 魔力量だけなら、二等星、――いや一等星レベルポルよ……」


ココアの膨大な魔力を受けて、汎用型魔法杖から巨大な魔法陣が展開される。

次々と刻まれていく幾何学模様がその魔法の規模の大きさを示す。

魔法陣の大きさが数メートルにも達した時、汎用型魔法杖からビーーーッとけたたましい音が鳴り響く。


「いけないポル、汎用型魔法杖のリミッター上限に達した警告音ポル!! これ以上の魔力注入は魔法杖が耐えられないポル!! ココアちゃん、一旦魔法を止めるポル!!」


ポルックスの叫びにココアは首を振る。


「ダメ、気づかれた――というかむしろ狙ってたのかな。『罪星』をシールクリスタルに入れた後を狙ってたのかもね。それとも、『罪星』もろとも、ポルックスを消す予定だったとかかな? ともかく、なんかすごい魔力が上に溜まってる。今、魔法を止めたらたぶん酷い事になる」


ポルックスの持つ星船のタブレット型制御端末に星船の主砲への魔力充填の完了と発射カウントダウンが表示されている。

すでに星船の制御は奪われ、端末では介入のしようがなかった。


「星船の主砲を未開惑星に向かって撃つとか正気ポル!? 半径数キロが焦土と化すレベルポルよ!? ――あぁ、それすらもボクのせいにするつもりポルね……」


ポルックスはキッと空を、星船を睨む。

ある意味自身の巻いた種ではあるが、未開惑星への明らかな加害行為にポルックスは怒りを募らせる。


「ココアちゃんは防御魔法を展開するポル、これはもう現地協力者の領分を越えてるポル!! いくらココアちゃんがすごいと言っても、それは対『罪星』との魔法戦闘だけポル!! 戦艦とただの一般人、戦いにすらならないポル!! ボクが、なんとかするポル!! 」


ポルックスの体が光り輝き、大気が揺れる。

ココアの魔力量を更に上回る魔力の圧。

命すら燃やし尽くし星が消え去る最後の輝きをもって、ポルックスは星船の主砲を止め、そして破壊する道を選んだ。


「それはダメ」


ポルックスの小さな手をココアが優しく握る。


「ココアちゃん、でも!! 」


自分の愚かさに涙を流しながらポルックスはココアの顔を見た。

その顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。


「え、何その顔、ものすんごく怖いポルなんですけど」


「その魔力、借りるね」


「え? 」


嫌な予感がして、ポルックスはココアの手から逃れようとしたが、先程と違って万力のごとく締め付けてくるココアの手から逃れる事は出来なかった。


「アブソープションッ!!」


「ぎゃあああああああああああ!! 吸われるぅううううう!! 根こそぎ、全部、吸い尽くされるぅうううう!! ちくしょおおおお、未開惑星の原住民のガキがぁああああああ、離せぇえええええ!! 」


ポルックスの魔力が凄まじい勢いでココアに吸収されていく。

逃れようともがくポルックスの抵抗も悲しく、最低限生命維持に必要な魔力を残し、搾り尽くされ枯れ木のごとくカッサカサになったポルックスが地面に横たわる。


「うん、協力って大事だよね」


ポルックスの魔力を無理矢理上乗せした事で、汎用型魔法杖のリミッターはなかば強制的に解除され、限界を超えた魔力が魔法陣を更に強固に強大に変えていく。

ミシ、ミシと限界を超えた魔力に汎用型魔法杖が悲鳴を上げ、所々に亀裂が入る。


「ぬぉおお……、未開惑星の、現地人のガキに……このざまとは。……ココアちゃん」


「うん」


「ボクは確かにココアちゃんを利用しようとしたし、シールクリスタルを売り飛ばそうとしたポル。でも、この星の人たちを傷つけたいとは微塵も思ってないポル……」


「うん、わかってる。だから、任せて。全部終わらせて一緒に星を見よう」


満面の笑みを浮かべ、ココアは星船に向けて魔法を放つ。

その時ポルックスは初めて、子供らしく笑うココアを見た気がした。

地上から空に、宇宙に向けて流れ星の如き光が一条、駆け昇る。

空から流れ落ちる破壊の光を容易く呑み込んで、その光は宇宙に消えた。

ポルックスの星船を巻き込んで。

シンと静まり返る真夜中の丘の上、ポルックスの持つ星船のタブレット型制御端末の画面には星船消失の言葉が表示されていた。


「……ココアちゃん? 」


制御端末の画面をジッと見つめていたポルックスが感情の死んだ顔でココアに視線を向ける。


「めんご、手が滑ってノリでやり過ぎた」


てへっ、と笑うココア。

その顔に反省の色は皆無だった。

制御端末を手から落とし、ガクリと膝をつくポルックス。


「鬼や、ココアちゃんはホンマもんの鬼やぁあああああ!! こんな子を魔法少女にえらぶんじゃなかったぁああああ!! 」


ポルックスの叫び声が夜空に木霊した。

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