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08 花火のあとで

 ポン、ポポン、と聞こえてくるのは、商工会まつりのフィナーレを飾る打ち上げ花火の音である。今年も盛大におこなわれていた。

 二階の窓を開けて外に身を乗り出すも角度が悪くてほんの少し、見えるかどうか……といった感じ。

 エミルはすこぶる不満であった。

「見たいなぁ」

 明かりも点いていない部屋にひとり残されているのは理不尽極まりないと感じていた。

 麦沢一家は、家の外、南側の開けた道路から花火を見物していた。次男の灯雅に至っては南中学校のまつり会場まで出向いて、至近距離から花火の迫力を体感しているのだろう。

 なのに自分だけは、この家にはいないことになっていて、暗い部屋で隠れている。

 ──この差はなんだ?

 不当な扱いに、エミルの不満は頂点に達した。

(なにがなんでも花火を見てやる!)

 強く決心した。

 窓枠に足をかけると、腕をめいいっぱい伸ばして庇に手をかける。次に窓枠を蹴った勢いで庇に足をかけた。まるでロッククライミングのように屋根の上に這い上がる。ロボット故にできる芸当だった。

 勾配の急なスレートの屋根にはソーラーパネルが設置されていて、花火の光を反射していた。パネルを踏みつぶさないよう注意しながら南の方へと移動し……、

「おおっ」

 エミルは思わず声を出してしまう。

 真正面に花火が咲き乱れていた。色鮮やかな球状の光粒が夜空をバックに次々と広がっては消えてゆく。花火の破裂音が遅れて耳に届く。

 屋根の上で立ち上がり、エミルは光のショーに目を奪われる。しばし見とれた。瞳に写り込むスターマイン。

 そのせつな、エミルの脳裏になにかが像を結び、ハッとなった。きらめく光が集まって形になろうとしているそれは、どこかで見覚えがあったが、はっきりとは思い出せない。目に入る花火の現実と、エミルの心の中に見える光がダブって。

 あ、あ……。

 エミルの喉から言葉にならない声がもれる。そして、空中にあるなにかをつかもうと手を伸ばした。だがそこになにかがあるはずもなく、手が空気をかいた。

 エミルは一歩、踏み出した。しかしそこに屋根はなかった。

「きゃあ!」

 普段ならとっさに身をひるがえして着地できるのだが、このときは意識がそこになかった。不意をつかれた感じで、なにが起こったのが理解したときには玄関先のカーポートの屋根に激突していた。丈夫なポリカーボネート製の屋根でバウンドして、玄関ドアから門扉に続く、レンガを敷き詰めたアプローチに叩きつけられた。

「きゃう!」

 その音とエミルの口から漏れた悲鳴が、ちょうど花火があがる合間だったため、家の前で立っていた麦沢家の親子の背後から耳に届いてしまった。

 振り返った三人は瞠目する。

 なんで人の家の玄関前に女の子が倒れているのかわからない両親と、瞬時に状況を理解して凍りつく秀電。

 ごまかしようがなかった。



 パパパパーン

 盛大な大玉の連発で、約三〇分間の花火大会は終了した。

 大勢の見物客が集まって蒸せかえるような熱気のなか、大きな拍手が会場全体から沸き起こる。

 これまで家の前から見ていた同じ花火とは思えないほどの大迫力にすっかり魅了されてしまって、その余韻に浸っていた。

「すごかったね」

 隣でいっしょに見ていた字川が、にっこりと声をかける。

「うん、すごかった。近くから見たら、こんなにすごいんだな……」

 そうと知っていたら、小学生のときからここへ来ていればよかったと思う灯雅だった。

 午後八時半。

 ぞろぞろと見物客たちが家路につく。校門では大渋滞となっていた。歩道橋にも人があふれ、ピストン運転のバスも次から次へとやってくるが、さばききれないといった様子で行列は長くなる一方。

「これじゃ、いつバスに乗れるかわかんないな」

 予想はしていたが、それ以上だった。

「行列が短くなるまで、いかるがホールで休んでいかない?」

 字川の提案に、灯雅はうなずいた。

「そうだな。冷房もきいてるし」

 今日は土曜日で、ホール内に併設されている町立図書館は夜九時まで開いている。追い出されることはないはずだ。

 ホールの前の庭を横切って自動ドアから入ると、同じことを考える人は多く、広い玄関ホールは混雑していた。右手側に二階へ上がる階段。その隣に図書館が明々と明るい。

 左手側は収容人数八百人の大ホールの入口のガラスドアが閉じられてひっそりとしていて、正面奥に進む駐車場に抜ける通路の途中にある女子トイレには行列ができていた。字川はそこに並ぶ。

 灯雅は母親にメッセージを送る。

 ──バスに乗るのに、少し時間がかかりそう。

 手持ち無沙汰で、灯雅は今日のことを振り返った。若干の詰めの甘さもあったが、ここまで周到に準備した字川の執念には呆れてしまうほどであった。

 ここまでするかな……。

 ともあれ、既成事実をつくられてしまったわけだが、はて今後どうしたものかな……と思案する。

 これまでのゆるいグループで灯雅は満足していたし、いまさら自由を制限されるのは困惑以外のなにものでもなかった。

 字川はどうしておれなんかと? ──灯雅は自答する。

「みんなで楽しくやっていく、それではだめなのか?」

 そうダイレクトに質問したいところだが、浴衣まで着てきた字川に向かって、さすがにそこまで無神経ではなかった。

 なんとなくもやもやとした、自分でも整理のつかない気持ちを持て余していると、字川が戻ってきた。

「さ、そろそろバスに乗ろうか」

「そうだな」

 時計を見ると、もう九時になろうかという時間。二人はいかるがホールを出て、臨時バス停に向かった。



 バスを降りた役場前から同じ方向に進み、途中で字川の家のすぐそばで分かれると、灯雅は家でなにが起こっているのか知らぬが仏で、夜の住宅街を足早に歩いた。

「ただいま」

 玄関をあけたとき、なんだかリビングが賑やかしい。

 玄関すぐ横の階段から二階の自室には上がらず、灯雅はリビングへと入った。

「あっ……」

 固まってしまった。

 そこには家族全員がいた。両親と兄・秀電。そして、そこにいてはならないはずの存在──エミルだった。

 とうとうバレてしまった!

 細心の注意をはらってきたつもりだった。いつまでも隠し通せると思っていたし、露見したときを想定していなかったから、対応策も考えてはいなかった。心のどこかに、秀電がなんとかしてくれる、という甘えがあった。

 どう説明したものか、上手い言い訳が思いつかない。先に秀電がどんな話をしたのか聞きたかったが、それを尋ねる余裕はない。

「おお、帰ったか、灯雅。ちょっとこっちに来なさい」

 穏やかな口調で父親が言う。それがかえって不気味であった。

 リビングテーブルの四つの椅子はすべてうまっていたので、灯雅は父親の傍らに立つ。

「話は秀電から聞いた」

 父親の口元に浮かぶ笑みの理由がわからず、おどおどしてしまう。

 秀電は本当のことを言ったのだろうか、それとも上手いデマカセでごまかしたのか、灯雅にはそれが気がかりで、兄のほうをチラと見るが……面のように無表情だった。

 あるいはエミルがなにもかもゲロったか。そのエミルはというと、ニコニコ。状況がわかっていないのか。

 今日は土曜日で、両親とも仕事は休み、一日中、家にいた。もっと気をつけなければならなかった。油断していた。

「未来から来たロボットなんだってな」

「!……」

 灯雅は息を飲んだ。エアコンの効いた室内なのに額から垂れる汗。

「ええっと……」

 なにを言うべきか言葉をさがしたがなにも出てこない。家族を前に、こんなに緊張したのは初めてだ。

 父親が灯雅の肩を、パンとつかむようにしっかりと叩いた。

「なんで隠してたんだ、こんなおもしろそうなことを」

「えっ?」

 次の瞬間、秀電が、栓が抜けたかのように大爆笑した。



 エミルの話を両親はあっさりと信じた。

 それから昔の、灯雅や秀電が生まれる前に作られた映画やアニメの話になり、その夜は久しぶりに家族そろっての団欒となった。

 考えてみれば、大人をアタマの固い旧人類の現実主義者のように思うのは、夢見る子供の思い込みであって、決して実際はそうではないのだ。

 両親が子供のころから今に至るまで、延々と作られ続けるフィクションには、「もしかしたら本当にあるかもしれない」と思わせるような仕掛けがいっぱいに詰まっていた。そんなものに囲まれて、エミルの話が理解できない、などというはずがないではないか──。

 父親も母親も、そろいもそろってしきりに未来のことを聞きたがり、こんなに興奮している両親を見るのは兄弟とも初めてだった。二人にとってそれは異様な光景に映った。

 とはいえ、エミルはいまだ記憶を取り戻していなかった。

「花火を見たとき、なにか思い出しかけたんだけど……」

 エミルは頼りない。ロボットなら頭脳はコンピュータのはずで、ということなら、メモリから失われてしまった記憶が戻るはずはない。どこまでも人間くさくできているのか、それとも未来のテクノロジーは二十一世紀の人間にはうかがい知ることができないものなのかそれはわからなかったが、ともあれ当分の間、エミルは麦沢家の居候としてこの家に堂々といつづけることがお墨付きで決定した。

 だが。

 このあとどんなことが起こるのか、エミルがどんな騒動を巻き起こすのか、この時点ではだれも想像すらしていなかった。

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