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あぶく姫  作者: 城内早良
本編
1/10

プロローグ

初投稿です。宜しくお願いします。

ほぼ書き終わっているので2日おきぐらいに投稿予定です。

 どんな願いも叶えてくれるという魔女の家は、鬱蒼とした海藻の林を抜けた先の洞窟の奥にある。

 噂だけは聞いていたが、その林の暗さを前にダフネはごくりと唾を飲んだ。

 生まれてから十七年。彼女はついこの間まで自分の生まれ育った街しか知らなかったほどで、光が照らす青い海の風景しか見たことがなかった。だから、こんなにも薄暗いところに来るのは初めてだ。それもひとりぼっちで。


(でも行かなきゃ……)


 彼女には叶えたい願いがあるのだ。




 *****




 普段は静かな海が少し騒騒(ざわざわ)していてダフネは顔を上げた。見上げれば遥か高くに白い水面が見える。真上以外は周りの海と同じような青色をしていてよく見えないが、海上で何かあったのだろうか。

 生まれてからずっと、ダフネのいる海は時が止まったように静かだった。もっと前はどうだったのか知らないけれど。

 逡巡して、ダフネはその騒騒の原因を探しに行くことにした。人魚の種族性として享楽的で、好奇心に弱い。ダフネも言わずもがなだ。

 ターコイズブルーの鱗を輝かして、ダフネは静かだけどやはりいつもとどこか違う海を泳ぐ。魚はいつもどおり泳いでいるし、サンゴ礁も美しい。けれどやはり違う。いつもと違う気配がするというか。

 ダフネの感は鈍いほうだけれど運良く、泳いでいた方角がその違和感の源だったようだ。遠くで、何かが沈んでいくのが見えた。


(何かしら?)


 泳ぐスピードをあげてダフネはその何かをじーっと見る。細長いものだ。もう少し近づくと人魚のように見えた。

 人魚が沈むのはおかしい。海の中を自在に泳ぎ回れるのに。寝ていたって沈むことはない。


(人魚じゃないわ……)


 漸く沈むそれの元へ来て、抱きかかえるようにして気づいた。

 人の顔が見えたから人魚だと思っていたが、どうやら違ったらしい。それは首から下を見たことのないもので覆い隠していて、鱗に覆われ尾ひれに繋がるべきである下半身は、上半身と同じように何かに覆われており、2つに分かれていて尾ひれもない。

 ダフネは聞いたことがあった。

 海の上では人間というのがいるのだと。人魚とは相容れず決して関わってはならないと、街で一番老いた人魚が言っていた。

 きっとこれがその人間だ。

 人間は水の中では生きていけないという。それならこれはもう生きてはいないのだろうか。周囲には次々に色々なものが落ちてくる。それは板のようなものだったり、彼と同じ人間だったり。

 ここまで来たものの、どうしようか。そう思っているとぶくぶく、目の前を下から上へ、小さな泡が通り過ぎた。

 泡? と思って手元を見ると人間の鼻から漏れている。

 まだ生きているのかもしれない。それなら海上に連れて行かないといけない、そう思いダフネは人間を抱えたまま真上へ向かって全力で泳ぐ。

 水面から顔を出し、ほぼ同時に腕の中の人間も顔だけ出してやる。小さく呻いたので多分生きているだろう、とダフネはホッとする。久々の水を通さない日差しはひたすらに眩しく、ダフネは目が眩みそうになりつつも辺りを見回す。

 だいぶ陸に近い岩場だった。すぐ近くに、大きな箱が見えた。確か船とかいうのだったか。泳ぐのが苦手な人間が海を渡るために作ったものだとか。その船が、岩に当たって半分近く壊れている。きっとこの人間や、海の中に沈んでいっていたものらはあの船から落ちたのだろう。

 この人間は船に返すべきだろうか。そう思っていると船の方から人間の声が聞こえたので慌ててダフネは自分の顔だけ海面の下へひっこめた。

 せっかく助かりそうなので、どこかの岩場に人間を置いてさっさと帰ろう。そう決めたダフネは、近くの岩場に人間の気配がないのを確認してから、抱えていた人間を比較的起伏の少ない岩場に横たえた。

 陸に上がろうかとも思ったダフネだが、毎日手入れをしている鱗が岩で傷つきそうなので止めにして、岩場に両手をついて人間を覗き込む。

 しばらくしたら人間は目を覚ますのだろうか。それとも他の人間の気配もないし、このままなのだろうか。

 それはちょっと目覚めが悪いので、ダフネはとりあえず歌うことにした。

 人魚は歌うことで魔法が使えるのだ。元々人魚の声には魅了の魔力が込められており、願いを思い浮かべることで精霊を操り、ささやかな願いであれば叶えられる。

 そんな仕組みは知らないが、他の人魚にも歌声が魅力的だと讃えられるダフネはこの人間が目を覚ませるようにと願いながら歌った。

 幸い、海に投げ出された衝撃で気を失い、沈んですぐにダフネに助けられた彼は咳き込みながらも水を吐き出し、息を吹き返す。


(よかった)


 ホッとしながらも念の為もう少し、と集まってきた鴎を眺めながら歌い続けていると、ヒュッと息を吸い込む音がした。人間の方から。


「あっ……」


 ダフネが視線を人間へ戻すと、血のように真っ赤な目がこちらを見ていた。びくりと驚いた拍子に水の中を揺蕩っていた尾ひれが水面から出てしまう。


「にん、ぎょ……?」


 人間が口を開き、掠れた声が漏れる。


(目が覚めればと思ってたけど、今すぐじゃない!)


 本当は人間と関わってはいけないのだ。ダフネは慌てて海の中へ戻り、自分の家へ一目散に泳ぎ続けた。


 それから五回も夜を越えたが、ダフネは助けた人間の顔が頭にこびりつき離れなかった。大好きな歌を歌っても、友人たちと話していても気も漫ろ。様子が変だと言われ、素直に相談することにした。


「ある人のことをずーっと考えてしまうの。どうしてかしら?」

「それは執着じゃない?」

「子供を生みたいと思うの?」


 仲の良い、カミーユとドミニクが鱗の手入れをしながら口々にいう。

 愛や恋というものは人魚にはなく、それに代わり執着がある。執着した異性同士が伴侶となり、そして子どもを生むのが一般的だ。

(子ども……は人間相手じゃ産めないだろうけど)


「伴侶になれるのであれば、素敵だとは思う」


 人魚にはない血のように深く暗い赤色の瞳。太陽のようにまばゆい光色の髪。肌の色は具合が悪いからか青白かったけれど。美しい弧を描く眉に、少し上唇がぷっくりした唇は素敵だった。見た目はダフネの好みだったが、如何せん彼は人間だ。伴侶にはなれない。そもそもあの後無事助けられたのかもわからないのだ。

 そう考えて、昔カミーユが言っていたどんな願いも叶えてくれるという魔女の話を思い出した。街外れの海藻の林を抜けた先、陽射しの差さない洞窟に住むという魔女。怪我を治したり、食べ物を作ったりしかできないダフネたちとは違う、ちゃんと魔法が使える人魚。

 彼女にお願いしたら、あの人間にもう一度会えるのだろうか。

 好奇心に勝てないダフネは一晩たっぷり眠ってから、魔女の元へ向かうことにしたのだ。




 *****




「おまえは街で一番の歌姫と名高い、ダフネか」


 ダフネを見るなりそう言った魔女に、目を丸くしてしまう。ダフネが生まれてから魔女が街に降りてきたことは一度もない、はずだから。

 魔女は、とても美しい姿をしていた。岩場に横になり、海藻が覆い隠しているから下半身は見えないが、月白色の髪は艷やかに揺蕩い、真珠のように色のない肌は光が差していないのにきらきらとしている。水に透けたように青い瞳は予想に反してあどけなく大きい。声は凛と澄んでいて、感情が読み取れないから冷たく感じる。

 もっと、恐ろしく冷たい容姿をしているかと思っていたのにそんなことはなく、街で出会っていたら年下の人魚かと思うほどだった。

 魔女が溜息をつくと、ポコポコ泡がのぼっていった。

 そういえば、どうして光が差さないはずなのにこんなにはっきり魔女の姿が見えるのだろう。海藻の林も、洞窟の入り口も確かに暗く、腕を岩で切ってしまったくらいなのに。


「歌姫ならば大体の願いは叶うだろうに」


 歌が上手ければ上手いほど、魔法が上手に使えるというがその違いはわからなかった。そもそも魔法を使う機会がそんなになくて、怪我を治したり食欲を満たすことにしか使わない。友人たちは髪の色や爪の色を自由に変えて楽しんでいるようだが、ダフネは黒い髪色が好きで生まれてから変えたことはない。


「何を願うのか」


 問いかけと同時にすっと魔女はダフネの方を指差す。

 すると、ダフネの周りにぼんやりと光の玉が浮かんで、外と同じぐらい明るくなった。


(私を安心させようとしてくれたのかしら)


 そうならば、今まで魔女を恐ろしい人だと思っていて申し訳なくなった。


「……この間、人間を助けたの」

「関わりになってはいけないと言われているだろう」

「そうだけど、つい……」


 怒られているような気持ちになって言葉尻が消えてしまう。助けてしまったことについてはちゃんと反省もしている。あのとき、海の様子がおかしいのを気づかないふりしていれば。あの人間をそのまま沈めてしまっていれば。

 今頃は友人たちとおしゃべりしてるか、歌を歌っているか、お散歩をしているか。

 いつもどおりの生活を送れていたはずなのに、こうして、魔女のもとにいる。

 でもどうしても好奇心が抑えきれないし、どうしてかあの人間のことを忘れられない。


「それで?」

「助けた人間が無事か、確認したいの」

「確認できればそれでいいのか? 愛されたいとは思わないのか?」

「あいされるってなぁに?」


 初めて聞く言葉に首を傾げると、魔女は何故か押し黙ってしまった。


「……愛されるとは伴侶にしたいと、子どもを産んでほしいと思われることだ」

「伴侶……」


 なれたらいいなとは思うけど。

 見たことのない色をした、美しい顔立ちだったから。

 あの人間のことを考えると胸がどきどきうるさくなって、理由もわからず頬が熱くなってくる。最近は毎晩、魔法で頬の熱を下げている。

 伴侶の誓いをして、二人で過ごすのはとても良い考えに思えた。でもまだ子どもの作り方は知らない。

 そもそも人間との間に子どもなんてできるのか?

 考え込んでしまっていると、魔女がふふっと笑った。

 そして歌うような声でこう言った。


「決めたぞ、ダフネ。お前を人間にしてやろう。対価にお前はその綺麗な声を失う。だが、お前を愛した相手に口づけてもらえばお前の声も返してやる。簡単なことだ。その助けたやつに愛され口付けられれば元の姿に戻れるってだけだ。ただ、もしもその人間が他の娘と結ばれるとお前は泡となって消えなければならない」

「えっ……!?」


 私は一目会えればいいだけなのに!

 そう言おうとしたのに、魔女が言い終わるや否や、魔女の方からものすごい水流が押し寄せてあっという間に後ろへ流される。

 最後に見たのはニンマリ笑って、優雅に手を振る魔女と、押し寄せる白いあぶくだった。

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