8 召喚術師の街
眠ったままの巨獣は置いておいて、わたしとマイはさらに奥に進んだ。
「賢者さんはなんでわざわざ、あんなのがいる所に石を隠したの」
『むしろ、あの巨獣がいるからです。余程術法に長けた者でない限り近づけないですし。なんでも生み出せてしまう戦士様は特別ですけど』
急に持ち上げられて、ちょっとこそばゆい。
地下の方へと洞窟を進んでいく。突き当りにぶつかったので、懐中電灯で周囲を照らしてみると、金属のような反射光が返ってきた。正面の壁穴に箱が置いてある。
『あれです。開けてみましょう』
そっと手にとって蓋を持ち上げる。中には、光を失った石が収まっていた。
「これが賢者の石」
『いえ、正確には、賢者様が封印を施した幻魔石です』
「……雰囲気に浸らせてよ。真面目かよ」
ひとまず、コアラが起き出さないとも限らないので、箱を持って速やかに洞窟を出る。
外に出て石を陽の光に当ててみる。透き通っていて綺麗だが、見た目はただの水晶にしか見えない。手に取ると、重さを全く感じなくて驚いた。
「へえ、不思議。これが封印?」
『そうです。術法の中でもかなり高度なものなんですよ』
「どうやって解くの?」
アラネスが反応しない。こやつまさか、知らないのではあるまいな。
『いえ、存じていますとも。ただ、封印を解くのにも、高度な術法が必要となりまして』
「我が真っ二つにしてみましょうか」
マイが手刀を構えて物騒な事を言っている。
『その石は、中身を隔離されて残った、空っぽの器なのです。封印を解くには、中身そのものを呼び戻す必要があります。これは、どちらかというと、召喚術に近いものです』
「なるほど、召喚術師さんの得意分野だと」
アラネスはまたしても答えない。
「……なぜそこで黙る」
『何分、不肖、わたしことアラネスは若輩者でして』
「八百年も生きておいて、よく言うよ」
『……わかりました。わたしも召喚術師の端くれ。やってみましょう』
なんか破れかぶれ感が凄いが、見守ることにする。
『戦士様、マイの時と同じように、石を天に掲げて頂けますか』
言われた通り、わたしは石を手のひらに乗せて掲げた。重さがないので、風に飛ばされないか不安になる。
『今ここに、楔を解き放たん。彼方に封じられしものよ、導のもとに再び集え』
アラネスの呪文に反応して、石がふわりと空中に浮かび上がる。石の中央に徐々に光が集まっていく。
石に古代の記憶が蘇り、元の輝きを取り戻す、そういう流れだとわたしは思った。しかし、途中から石の中の光が消えていって、わたしの手のひらにストンと落ちてきた。
「……ん? 封印、解けたの?」
『……不肖、わたしことアラネスは若輩者でして』
「失敗したな」
アラネスのどんよりした気分が伝わってくる。
『仕方がありません。不本意ですが、他の召喚術師の力を借りましょう』
「最初からそうすればよかったじゃん」
『それは、わたしの召喚術師としての矜持……いえ、人間としての自尊心が許さないというか』
アラネスがゴニョゴニョ言っている。
「それで、どこに向かえばいいの?」
『ナクリア村から南に向かえばすぐです』
わたしたちは一旦フェルのところまで戻ると、魔導環の転送機能でナクリア村まで戻った。召喚術師の集落は、南の砂漠地帯にあるらしい。村からすぐだというので、徒歩で向かうことした。
十分ほど歩くが、どこまでも砂地が続いていて、一向に集落が見えてくる気配がない。
「アラネス、本当にこっちなのよね。こんなところで野宿はゴメンだよ」
そろそろ日が暮れそうになっている。わたしは不安になってアラネスに聞いた。
『着きました』
砂漠のど真ん中でアラネスが宣言する。周りを見渡してみても、何もないように見える。
「もしかして、地下?」
『いえ、上空です』
アラネスに言われて上を見上げるが、一番星が輝く空が見えるだけだ。不審に思っていると、アラネスが何やらつぶやいた。
『我、帰還せり』
一瞬、視界が暗転し、目の前にレンガ造りの門が現れた。
門の向こうに見える集落は、想像していたものとかなり違った。規模こそ小さいが、集落というより、ヨーロッパの街並みを再現したテーマパークのような場所だった。門をくぐりながら、入場料を払わなくていいのか、ちょっとドキドキしてしまう。
『小汚いところですみません』
「小綺麗だよ。むしろ優雅だよ」
アラネスの発言が謙虚さなのか感覚のズレなのかわからないが、金が取れるレベルで美しい街だ。ただ、ひとつ気になるとしたら、人の姿が無い点だ。噴水のある広場まで足を運んでみたが、人っ子ひとりいない。これでは営業前のテーマパークだ。
『召喚術師の役割上、どうしても留守にする者が多いのです』
「封印が解ける人は残ってるの?」
『いるにはいるのですが』
アラネスの歯切れが悪い。
「どうするの? その人のところに行くってことでいいんでしょ?」
『……この通りを真っ直ぐ行くと、大きい屋敷がありますので、そちらに参りましょう』
ぞろぞろと連れ立っても失礼なので、マイとフェルには広場で待っていて貰うことにする。
そのシンメトリーの建物は、見上げるだけで首が疲れそうな高さだった。真っ白な塔がいくつも並んだ形状で、最も高い中央の建物のてっぺんは、大きな鐘が付いた時計塔になっている。
「これ、役所かなにかかな」
『わたしの家です』
わたしは聞き間違えたかと思った。このメルヘンの世界に出てきそうなお城が我が家だと。
「あなた、もしかしてお金持ち?」
『人並み程度ですよ』
そこまで行くと嫌味だぞと、ツッコもうと思ったが、ぐっと堪える。意識すれば、わたしの考えをアラネスに伝わらないように出来る事に最近気づいたのだ。
『さあ、中へ』
わたしは気後れしながら、中央の扉を押し開けた。正面の壁に肖像画が二枚並んで飾られている。左に髭を生やした紳士、右に銀髪の若い女性。どう見ても、右はアラネスそのものだ。
「ねえ、左の人ってもしかして」
わたしが言いかけたその時、右手の階段を降りてくる人影があった。アラネスと同じ銀髪で、ショートボブの少女。顔付きもアラネスにそっくりだが、髪型のせいもあって少し幼く見える。少女はわたしの所まで来ると、じっと顔を見上げてきた。背丈は今のアラネスの胸くらいしかないので、見た目の年齢は中学に上がったばかりぐらいか。
「もしや、あなたは、ヒカリの戦士様でしょうか」
「ええ、まあ。自覚はありませんが」
少女はそれを聞いて、深々とお辞儀をした。
「いつも、母がお世話になっています。ご迷惑をお掛けしていませんか?」
今、母と聞こえたような気がしたが。
『アラネス、まさか、この子は』
『娘のリーネです』
「……マジすか」
この人、子持ちだったか。ちょっと舌打ちしたくなった。