72 浄化
「いいでしょう。邪悪なる魂は浄化されるべきですからね」
彼女は宙に浮かんだまま、悠然とわたしたちを見下ろしている。
「警告の件は、確かにお任せしましたよ」
「ええ、トラウマになるくらいに刷り込んでおきますから、ご心配なく」
ファウラがサムズアップすると、彼女は微かに微笑み、光の粒となって消えてしまった。
周囲から急に音が聞こえてきて、わたしは思わず耳をふさいだ。止まっていた時間が再び動き出し、無音の空間から突然解き放たれたせいだろう。自然には、こんなにも音が溢れているのだ。
ずっと人間に危害を加えるものだと思っていた巨獣が、星の守護者だったとは。わたしたちは、彼女の期待に答えられるだろうか。
『戦士様、聞こえますか?』
不意に脳裏に声が聞こえてきた。これはアラネスではなく、伝心の術法だ。
『その声はリーネ?』
『よかった。急に何もわからなくなって心配していたんです』
『心配かけてごめんね。でももう、あらかた片付いたから大丈夫だよ』
リーネがほっとしているのが伝わってくる。
『……実は、先程からシルファさんと双子のお二人の姿が見えなくなってしまったのですが、何かご存知ですか?』
『うん、三人ともこっちにいるよ。ちょっと訳ありでね』
ファウラのことや召喚術士の正体のことをこの子に話すのは少々ためらわれる。何より、リーネ自身が召喚体だというのが、わたしとしてはまだ受け入れ切れていない。
『ひどい。わたしの事はどうでもいいんですか』
アラネスが急に突っかかってきた。
『いやいや、あなたはずっと頭の中にいたでしょうが。ていうか、よく考えたら、わたしはずっと召喚体の中にいたことになるのか』
ここまで旅をしてきて、このアラネスの身体に違和感を感じたことはなかった。地球で暮らしていたときと、肉体的には何も変わらなかったのだ。アラネスが真実に気づけなかったのは、おバカさんだからというわけではなさそうだ。
『聞こえていますからね。戦士様、わたしのことをそんな風に思っていたんですね』
『ごめんて。あなたのことは可愛いと思ってるよ』
『おバカさんは否定しないんですねっ』
アラネスがプリプリ怒っている。こんな風に他愛のない会話が出来る日常こそ、何より幸せなのかも知れない。
「何と言うか、ただいま、みんな」
そこに集う仲間たちの笑顔を見て、わたしは心底ホッとした。正直に言って、わたしは巨獣とともに玉砕する覚悟だった。だからこそ、もう一度この場所に戻ってくるのは、ちょっと恥ずかしかったのだが。やっぱり仲間っていいなと素直に思った。
「さて、親玉の始末が残っているわけですが」
そう言って、ファウラは椅子に縛り付けられた〝女神〟を見下ろした。星の化身はこいつを浄化すると言っていたが。
「最後に言い残すことはあるかね、侵略者君」
「俺を殺すのか」
「いるべきところに帰すんだよ」
「いいのか? 無抵抗な俺を殺して、お前たちの心に罪悪感は残らないのか」
女神はこの期に及んで、悪あがきを続けている。わたしはムカついて仕方なかったが、ドスの効いた何者かの声に思考を遮られた。
「黙れ、悪魔め。お前のせいで、三千二百万とんで五人もの人間が犠牲となったのだ」
アラネスが啖呵を切っている。一瞬だけ混乱したが、中身はリカだ。
「命を何だと思っている。今こそ四千五百万とんで七人の恨みを受けてもらうぞ」
大賢者リカちゃん、ちょっと犠牲者の数を盛ってきた。笑い事ではないのだが。
「お前はわたしがこの手で消し去ってやるつもりだったが、本物の神様に任せるとするよ」
リカがそう言うと同時に、眩しい光をまとった星の化身が現れた。
「なっ、なんだ、お前は」
女神が明らかに狼狽している。星の化身は貼り付けたような笑みを浮かべたまま、ゆっくりとその指先を女神に向けた。
「待て、話をさせろっ」
「これ以上、言葉は不要でしょう。我が世界と彼女たちの世界を穢した報いを受けてもらいます」
「報いとはなんだ」
「もちろん、完全なる消滅です。あなたに魂に還る資格はない」
彼女の全身から立ち昇る紫色のオーラが、指先へと集まっていく。
「やめ……」
オーラに撃ち抜かれた女神の断末魔が掻き消えた。がくんとミレイがうなだれる。今この時、諸悪の根源がこの世界から完全に消え去ったのだ。




