69 警告
「わたし、ハッピーエンドが好きなんですよね」
「……なんの話をしているの」
「この世界に生きる全ての命の循環を正しい形で残すこと、それが目指すべき理想でしょう。もちろん、あなたも、あなたのお仲間も本来の場所に帰る」
「どういうこと? あなたは世界を壊すのが目的なんじゃないの?」
「わたしを形作っているのは、星が持つ防衛機能によって生み出された力です。星にとって有害だと認識した対象を排除こそすれ、世界を破壊するなどありえません」
思い返してみると、巨獣が積極的に市街地を襲うケースは、あまり多くはなかった。その気になれば、壊滅させることなど造作もなかったはずなのにだ。
どちらかというと、人間側に問題があって、巨獣はそれを懲らしめているのだとしたら。急に世界の構造がきな臭く感じてしまう。
「人間が有害なものだとして、排除しようとすれば、星全体のあらゆる均衡が崩れます。それでは、星の破滅を招くだけです。それよりも、ちょっとした警告をして、自浄を促す方がいいと、わたしは考えました」
「警告って、全人類に対してやるんだよね。どうやるつもり?」
「人間たちの魂に刻みつけるのです。自分たちが一線を越えた時、世界が鬼神によって破滅するという恐怖を」
彼女はそう言うと、わたしに手を差し伸べた。
わたしの霊感は、彼女は信用していいと告げていた。つまり、わたしはこの世界の成り立ちをずっと誤解していたことになる。
アラネスも知らない、巨獣の真実。召喚術師は星のために存在すると断言していたあの子に、どう告げればいいのだろう。
もとより、人間が真っ白な存在だとは思っていなかったが、複雑な気持ちだ。
彼女の手を取ると、周囲の空間が凍りついた。今、わたしと彼女を残して、時が止まっているのだ。
「人間側の代表として、あなたの力をお借りします。世界中の人間の魂たちに、あなたの言葉で呼びかけてください。人間という種がこれから先も存在出来る世界とするために」
それはあまりにも重すぎる役割だった。しがない異世界のサラリーマンだったわたしに、人類を導く資格などあるのだろうか。この世界を代表するのなら、わたしよりあの子の方が適任ではないか。
そう考えたとき、わたしは自然とその名を呼んでいた。
「ねえ、アラネス。あなたならどうする?」
『……戦士様?』
返ってくるはずのない返事が、わたしの頭の中に響いた。
「アラネス、聞こえるの?」
『ええ、はっきりと』
ちょっと前まで当たり前だったのに、こうして頭の中でアラネスの声を聞くのは、随分久しぶりな気がする。
「実は、あなたに伝えないといけないことがあるんだ」
『巨獣のことですよね』
「うん、そうなんだけど」
自分から切り出しておいて、中々踏ん切りがつかない。下手をすればアラネスのこれまでの人生を否定しかねない話になる。純粋過ぎるアラネスに、この事実を告げていいものだろうか。
『それにしても、意外でしたね。まさか、巨獣が召喚術師側の存在だったなんて』
「……ん?」
一瞬、思考が混乱する。
「あなた、もしかしてこれまでの話、聞いてた?」
『はい。ご先祖様もびっくりな真実ですよねえ』
アラネスはあっけらかんと答える。わたしが張った結界によって、魔導環は通信不能になっていたはずだ。
「どうやって知ったの? 通信が途切れてモニター出来てないはずよね」
『申し訳ありません。実はわたし、戦士様についてきちゃったんです』
「……はい?」
思わずポーチの中を覗き見るが、エレノアの髪の束しか入っていない。
『リカさんのお力を借りて、精神だけ入れ替わっていただいていたんですよ。……てへ♡』
「てへ♡じゃ無いよ。全く、勝手なことを」
正直、少しだけ嬉しかった。局面は世界をどうこうしようという段階。一人で背負い込むには重たい荷物だった。
「じゃあ、アラネス。改めて聞きたいんだけど」
『はい』
ここまで一心同体で旅をしてきたアラネス。最後は、この子と一緒に終わらせるのが正しいやり方だろう。




