62 面談
女神は、予想もしていなかったのだろう。強者たちの顔ぶれを見て、明らかに青ざめていた。
わたしとマイの他に、シェリルとアリー、シルファにラフィスとスフィラ。さらにはカスミに加えてエレノアやアヤカさんまで。そして、魂を呼ぶということは、本人の身体を借りた状態でも、あの子を呼ぶことが出来る。
「戦士様、ですよね?」
アラネスが目の前できょとんとした顔をしている。正直、この子に真実を話すのは勇気が必要だ。誰よりも女神を信じていたのはアラネスだ。裏切られたと知ったら、きっと傷つくに違いない。
「お母様、聞いてください」
わたしの心配を他所に、リーネが包み隠す事なく全部ぶちまけてしまった。最初は戸惑うばかりだったアラネスだが、次第に身体を震わせ始めた。これは号泣する流れかと思ったが、突然般若の表情になって、ご先祖様を折檻し始めた。
「ちょっ、アラネス、だめだって!」
「止めないで下さいっ。この不埒者を百叩き、いえ、千叩きにせねば気が収まりませんっ」
「いやいや、それだとご先祖様の顔が腫れ上がっちゃうから」
あまりの迫力にリーネが怯えるほどだ。アラネスだって、怒るときは怒るのだ。落ち着かせるのにしばらくかかった。
「さて、ここに集うは最強の巨獣討伐隊の面々なわけですが」
わたしは召喚した一同を前にして、演説めいたことをしていた。
「わたしが思うに、このメンバーなら、巨獣の殲滅は可能だと思っています。でもその前に、確認しなければならない事がありまして。一人ずつ、隣の部屋に来てもらえますか」
この時代で巨獣を全滅させ、大崩壊を止めた先に起こること。皆には重要な問題だ。わたしはそれぞれの意思確認のため、面談をすることにした。
一人目に選んだのは、シェリル。
単に呼びやすかったのもあるが、わたしとしては、存在が最も危ぶまれるのが彼女だと思っているのだ。
「お話しってなんです? ちょっと緊張しますね」
シェリルと横に並んでベンチに座る。こうやって二人きりで話すのは初めてかも知れない。
「巨獣を討伐する目的はわかってもらえたと思うんだけど」
「もちろんです。腕が鳴りますよ」
「成長したね、シェリルも」
最初の頃は巨獣とやり合うのも嫌がっていたのに、頼もしい限りだ。
「実はこの世界を救うと、ひとつ問題があってね」
シェリルたちの存在が揺らぐかも知れないことを話すと、彼女はかなり驚いたようだった。自分が消えるかもと聞いたのだから当然だ。
「多くの人が生き残ることになると、召喚術師より一般人の方が影響を受けやすいと思うのよ。正直な気持ちを教えて。あなたとしては、どうしたい? 無理に協力しなくても大丈夫だよ」
シェリルは達観したような笑顔で、わたしを見つめた。
「僕は、皆さんに出会わなかったら、今でも地下通路をうろついてますよ。下手すれば死んでたかも」
シェリルとの出会いを思い出す。思えば随分と特殊な巡り合いだった。
「まあ、ちょっとは怖いですけど。ここで自分の為に世界を救わない選択をしたら、一生後悔すると思うんですよね」
「実行するかどうかは全員の意見を聞いてから決めるけど、本当にいいの?」
「三ツ星に二言はありませんよ、女神様」
「……ありがとう。でも印象悪いので、その呼び方は止めようか」
これがあのヘタレのシェリルかと思うと、お母さんは涙が出そうだ。実母が隣室にいるが。
二人目。マッドサイエンティスト、シルファこと、本名キリコ。
「戦士さんが言わんとすることは、大体わかってますよ」
彼女は、リカと一緒にこの作戦を練っていた人物だ。流石に話が早い。
「わたしの場合、少なくとも存在が消える事はないですから、お気遣いは無用ですし、当然反対はしませんよ」
そう言うと、シルファは少し神妙な顔をした。
「ただ、最大の問題は、リーネちゃんです。あの子の存在だけは、是が非でも死守したい。例え世界が滅んでも」
「激しく同意、と言いたいところだけども」
気持ちは痛いほどわかる。わかるのだが、その発言は人道的にアウトだ。
「仮にこの世界を救ったとしても、全ての因果は必ず辻褄を合わせるように動くという説もありますし、あまり悲観的にならなくてもいいんじゃないですか」
シルファはカラカラと笑った。なんだかよくわからないが、そういうものだろうか。
三人目と四人目。もともと人間と呼んでいいか微妙なラフィスとスフィラ。
「話は母さんから聞いているよ」
スフィラは相変わらず、涼しい顔で答えた。
「話が早くて助かるよ。シルファは消えないけど、あなたたちが消える可能性はあると思う。シルファはこの世界であなたたちを生み出したわけだから」
「まあ、なるようになるんじゃないかな。僕にはどうでもいいことだ」
「ラフィスは?」
「わたしも同じ意見ですね。元々、わたしたちはお母様の一部ですし。そういう意味では消えるわけじゃないですから」
「……まあ、二人がいいなら」
本人たちが納得しているなら、これ以上かける言葉は見つからなかった。
五人目。こちらも人工的に生み出されたカスミ。彼女を召喚出来たのは予想外だった。幻魔石の力を元にしている彼女は、マイたちと同類の存在ということらしい。
姿は傀儡の見た目のままだ。彼女に搭載されていた兵器類が、召喚体でも使えるのかが気になるところだが。
「消えるというのはどういう意味でしょう」
カスミはむしろ興味深そうにわたしに聞いてきた。
「あなたという存在そのものが無くなるかも知れないのよ」
「存在が無くなる……」
カスミは首を傾げて固まってしまった。
「よくわかりませんわ。わたしはご主人様に従うのですわ」
「いや、あのね」
説明しようとするが、カスミはニコニコするばかり。生まれて間もない彼女には、理解が難しいのかも知れない。
六人目。元々地球人のアヤカさん。彼女の場合も存在に直接の影響はないはずだ。というか、既にお亡くなりになっているわけで。
「また会えて嬉しいですよ、ヒカルさん」
「こちらこそ」
なんだが不思議な感じがした。前に彼女を召喚したときは、魂だけだったので、ある意味初対面なのだ。
背が小さく、長い髪を後ろで纏めている。思ったよりずっと可愛い感じの見た目だった。
「大体の事はキリコに聞いてますよ。わたしの事は気にせず、作戦を進めてください」
「でも、こちらでのアヤカさんの生活にも少なからず影響があるのでは」
「今のわたしには、自分の全うした人生の確かな記憶があります。それで十分ですよ」
「そうですか……」
どうも、シルファ一派には達観した雰囲気があって困る。
七人目。シェリルの母親のエレノア。
彼女は召喚術師としては異端だ。掟破りの駆け落ちをして、一族から抜けた者。歴史が変わる影響は少なくないはずだ。
「なるほど、世界を救うことが存在に関わるのですか」
エレノアは少し考える素振りを見せたが、すぐにニコリと笑った。
「召喚術師はこの星を守ることを第一とする一族です。わたしも一族を抜けたとは言っても、その考え方に変わりはありません」
「本当にいいの? 旦那さんとの出会いも無くなって、シェリルだって生まれて来なくなるかも知れないんだよ」
「少し寂しいですけど、仕方ないでしょう。星に大きな損害を与えるとわかっていて、自分の事を優先してしまったら、今度こそお姉様に顔向けが出来なくなりますから」
エレノアの揺るぎない意思を感じる。彼女もやはり、召喚術師なのだ。
八人目と九人目。マイとアリー。召喚体の彼女たちだが、わたしからすればもう人間と変わらない。
二人は当然ながら、召喚主を通じて事情は把握していた。
「我々は主に仕えるものですから、主の思し召しのままに」
「いや、そういうことじゃなくて、君らの存在が」
と言いかけて、ふと気づく。わたしはどうなるのだろう。アラネスたちの存在が消えなかったとしても、巨獣が消えればわたしを召喚するきっかけが無くなる。もしかしたら、わたしはこの世界で出会った全てを忘れてしまうのだろうか。




