61 ヒカリの召喚術師
「おい、お前。お前も俺と同じ世界の人間だろう」
女神がわたしを睨む。なんとまあ、悪い顔だこと。本人とは面識はないが、きっと絶対しない顔だろう。
「はて、なんのことだかわかりませんね」
「……まあいい。ひとつ、面白い事を教えてやる。俺が今からやろうとしている事だ」
そんな事は知ってると言おうとしたが、わたしの第六感が言葉を遮った。
「お前たちがどこまで知っているかは知らんが、この世界を救おうとしているなら、もう手遅れなんだよ」
「……どういう意味?」
「巨獣たちは自らの意志で一箇所に集まり、ひとつになろうとする。召喚術師たちと同じような性質さ」
そんな話をアラネスに聞いたことがある。召喚術師の魂は元はひとつで、元通りになろうとして互いに引き合うと。
「だから何よ。そんなの片っ端から片付ければいいんでしょ」
「そんな単純な話じゃないんだよ。巨獣は一体倒されれば、離れた場所に別の個体を生む性質がある。複製を生むまでに必要な時間は、十分だ。いくらお前が強かろうと、一人ではどうにもならんだろう」
「十分? そんなに早いの?」
わたしたちがレシュタノットで殲滅作戦を展開したとき、複製までの猶予は五日あると聞いていた。
『この時代の巨獣は、一体ずつのエネルギーが大きいのだ。それだけ、複製の速度も上がることになる』
つまり、世界中の巨獣を十分以内に最低二体以上のペースで倒し、かつ全滅させなければならない。いくらなんでも、そんなことが可能なのか。
「青ざめたな。わかったろ? 俺を拘束しても何の意味もない。なんせ、仕込みは終わっているんだから」
わたしが睨むと、女神は余裕の笑みを返してくる。今すぐしばき倒したいが、体はミレイだ。そんなことをしても、何の意味もない。
「レティカさん、この時代の保安委員会も、巨獣と戦っているんでしょ。世界中の保安官に声をかけて、協力してもらえないかな」
レティカはわたしを悲しい目で見ると、黙って首を横に振った。正直、わかってはいた。そんな戦力があるなら、とっくに巨獣はいなくなっている。これはアラネスの時代にも言える事だ。
わたしの周りに集まった仲間たちが強過ぎたせいで、なんとか出来そうな気がしただけなのだ。
『悔しいな。せめて皆がいたら、なんとかなるかも知れないのに』
今のわたしの戦力は、わたし自身とマイの二人のみ。わたしとリカはどちらか一方しか表に出ることが出来ない。
『その事なのだが……』
やけに勿体つけてリカが呟いた。
『今の戦士殿は、鬼神クラスの力を備えているが、術法に関してもわたしと同等かそれ以上の技を身に着けているはずなのだ』
『それはなんとなくわかっているけど』
『わたしの勘が正しければ、わたしが扱えない術法も行使可能なはずだ。例えば、召喚術でも』
わたしははっとした。つまり、この時代にあの子達を呼ぶ事だって出来るかも知れない。
幻魔石に眠る記憶とは、大自然に生きる全てのものと通じている。わたしが取り込んだ二十の石には、召喚術師に関する記憶も刻まれていた。
魂と対話し、その力を借りる盟約を結ぶ。そして、仮初めの身体を与え、現世に具現化する。
『悠久の時と共に紡がれし、尊き命脈の記憶よ。我が意に応え、今ここに顕現せよ』
いつもリーネが唱えていた召喚術の呪文。まさか、わたしが唱える日が来るとは思わなかった。
わたしが掲げた両手の先に、光の渦が生まれる。その中央に集まる粒子が、人の形を成してゆき、やがて脈づき始めた。
「……戦士様?」
くりっとした目に、伊達メガネをかけて、小首を傾げてこちらを見る銀髪ショートの少女(約二百歳)。
わたしは思わず抱きしめてしまった。間違いなく、愛しの我が娘、リーネだ。
「あっ、あのっ、これは一体どういう状況でしょうか」
腕の中でリーネが恥ずかしがっている。うん、かわいい。もの凄く久しぶりに会った気がした。
リーネに事情を話すと、流石に驚きを隠せない様子だった。信じていた女神に裏切られたのだから、当然だ。リーネは女神の前につかつかと歩いていくと、両手を腰に当てた。
「世界を滅ぼしてどうしようというのです」
「……別に何も? 壊すのって、面白いじゃないか」
リーネに詰め寄られた女神が悪態をついた。その辺でやめといた方がいいぞと思った矢先、パチンと乾いた音がした。リーネが平手打ちしたのだ。
叩かれた方の女神は目を白黒させるばかり。一応あの身体はご先祖様のものなのだが、細かい話はするまい。
「盲信とは恐ろしいものです。こんな塵芥にも劣る俗物を崇め奉っていたとは」
女神、もの凄い蔑まれ様だ。その女神は、案外ダメージを受けているらしく、しゅんとしてしまった。
「戦士様、他の皆様もお呼びして、片付けてしまいましょう。わたしもお手伝いします」
「合点、承知だよ」
わたしはリーネと並んで、呪文を唱えた。




