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ヒカリの戦士と召喚術師  作者: 神楽一斗
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6 疾走、北へ

 仕方なく勘定を済ませて表に出ると、見覚えのある三毛猫巨獣が行儀よく座っていた。

「三毛猫……は、とりあえずいいとして、マイは何してるの?」

 マイは、一心不乱に三毛猫のお腹をもふもふしていた。

あるじよ、我が記憶する限りでは、この生き物は初見なのですが、体がこのように勝手に動いてしまい、戸惑っているところです」

「うん、まあ、わからないではないよ」

 マイは猫に目覚めたらしい。それにしても、この子はなぜここにいるのか。

「この者はどうやら、主に恩義を感じ、ここまで参ったようです」

 マイは、もふもふする手を止めずにそう言った。

「あなた、この子の考えてる事がわかるの?」

「はい、何やら、『マタタービ』なる物を頂いたとかで。お役に立ちたいと申しております」

「義理堅いのねぇ、君」

 わたしが見上げると、三毛猫は目を細めた。

「背中にお乗りになれば、何処へでもお連れできるとの事です」

「それはありがたいけど、この子を連れ回すのは目立つしな」

 実際、村の人達が、かなり距離を置いてこちらの様子をうかがっている。とはいえ、この子を放っておくのも忍びない。

『術法の中には、ものの大きさに干渉するものもありますよ』

「マイは使えたりしない?」

 ちらりとマイを見るが、もふもふしながら首を横に振った。

「申しわけありません。我は術法の行使に関しては専門外です」

「そういえば、この前倒した鳩の方の石は?」

『魔導環に反応がありませんし、恐らくもう回収済でしょう。マイの幻魔石は、回収が難しくて無事でしたが』

「つまり、お仕事して別の石を探せということね」

 この子はしばらくは村の外で待っていてもらうしかない。魔導環の通知対象から外すため、マイと同じく、登録済み扱いとする。これで位置もわかるはずだ。

「主、お連れになるのであれば、この者にも名前をお授けになってはいかがですか」

 またこのパターンか。三毛猫ということで、『ミケ』ではひねりが足らないか。体に特徴的な模様がないかと、この子の背中側に回り込む。

 背中の真ん中に、黒毛の模様がある。音楽の授業で習った記号にそっくりなのだが、名前が中々出てこない。なんだっけ、カエルの目っぽいこの記号。確か音符とかの長さを伸ばすやつ。

「……そうだ、フェルマータ。長いから『フェル』でどう?」

 三毛猫は、にゃんと鳴いて返事をした。


 村の外に出てフェルに乗ってみるが、体は大きくても、元々が猫であるため、人が乗るのには適していない。ひとまず、手綱のようなものがないと、振り落とされることは確実だ。

 わたしは、手綱を付けた胸元に着るタイプの丈夫な服を、具現化の術法で作り出してフェルに着せてみた。サイズもぴったりで、フェルは喜んでいるのか、喉を鳴らしている。ちなみに、胸元の赤いリボンがこだわりのおしゃれポイントだ。

『凄いですね。ここまで具現化の術法を使いこなされる方は、そうはいらっしゃらないですよ。賢者様でも難しいのではないでしょうか』

 アラネスが感心した声を上げた。確かに、子供の頃から空想するのが好きではあったが、これが隠れた才能ってやつか。こんなことでもなければ、気づくこともなかったと思うが。

『しかし、この者の力を借りられるという事ならば、賢者様の幻魔石の封印を解けるかも知れませんね』

「どういうこと?」

『実は、賢者様と旅をした時に、各地に幻魔石を封印したのです。その中に、術法の知識に富んだものがありまして。一つは、ここから北に向かった先の、タクシンの村にあります』

 魔導環に地図を表示させる。おおよそ、北に五百キロぐらいか。

「長距離の移動だね。フェル、大丈夫?」

 わたしの知る限り、猫はどちらかというと短距離タイプの動物だ。長い時間連続で移動するのは、習性的にも苦手なのでは。マイに通訳を頼むと、フェルは、にゃん、と短く鳴いた。

「マタタービを頂ければ、星の裏側であろうと行ってみせる、と豪語しております」

「お調子者だな」


 とりあえず、ご所望のマタタビを与えて、フェルがひとしきり堪能するのを待つ。

「封印した石っていうのは、巨獣化しないの?」

『賢者様の術法で、石と現世を隔離してありますので。魔導環でも検知できません』

「へえ、賢者様すごいな」

 そんな術法が使えるのなら、その人に頼めば世界なんか簡単に救えるのでは。

『残念ですが、賢者様は元の世界へお帰りになりました。確か、チキュウとかいう名前の』

 一瞬、思考が固まる。

「ちょっと待って、その賢者様も地球人なの?」

『ああ、やはりそうなのですね。言語体系が同じなので、もしやとは思っていました』

「日本人確定じゃん。どこの誰よ」

『自分のことを語られない方でしたので。女性で、お名前がリカ様ということぐらいしか』

「二十五年も一緒にいたのに、地球の話とかしなかったの?」

『とにかく、寡黙な方で。……あ、一つだけ、じんぎすかんはつけタレ派だとか』

「……どういう流れでジンギスカンの話をしたの」

『直接聞いた訳ではなくて、寝言で』

「どんな夢だよ」

 とりあえず、賢者リカ様は北の大地出身の可能性が高いことだけはわかった。

「わたしが知る限り、地球に術法なんて存在しないはずだけど。何者なの、その人」

『こちらで学ばれたのですよ。術法都市ミラクレムには術法専門の学校がありますので。十五年ほどかけて、ほぼ全ての術法を習得されたのです。その結果、賢者の称号を得るまでになられました』

「こっちにいた時間の半分以上、勉強してたってこと? ないわー」

 何が悲しくて、異世界に来てまで勉強しなくちゃならんのだ。


 しばらく賢者様談義をしていると、みゃんとフェルが鳴いた。マタタビに満足したらしく、目にやる気がみなぎっているような気がする。

あるじ、フェルの準備が整ったようです。お乗りください」

 そっとフェルの背中にまたがって、手綱をつかむ。

『このまま北へまっすぐ行くと、湖にたどり着きます。まずはそこまで参りましょう』

「マイ、聞こえた?」

 マイが通訳すると、フェルはもう一声、ニャッと高く鳴いた。

「『飛ばすぜ、気をつけな』だそうです」

「……ん?」

 準備する間もなく、とんでもない速さでフェルが駆け出した。わたしの体は反動を受けて、危うく後ろに吹っ飛びそうになる。

「ちょっと、早すぎるって!」

 わたしの叫びがむなしく風にかき消される。フェルは、新幹線並みの猛スピードで大地を疾走した。


 一時間もかからずに湖に到着したが、わたしは息も絶え絶えになって地面に寝転がっていた。雲がぐるぐる回っている。

「こいつ、とんでもねえ走り屋だぜ……」

『これなら今日中には村に着きそうですよ』

「少し休ませて。体がもたない」

 湖に顔を映すと、青白いわたし(アラネス)の顔と目が合う。冷たい水で顔を洗うと、少し気分が楽になった気がする。

「わたし、マイの力で体が強くなってるんじゃなかったっけ」

「恐縮ですが、我が主にお貸ししている力は、表面的な頑強さだけです。神経や心肺機能までは強化できておりません」

 カタツムリの巨獣が異常に頑丈だったのを思い出す。あの辺りと関連性があるのか。

あるじ、気分が優れない時に効果があるという、経絡けいらくのツボをお教えいたしましょうか」

 マイがわたしの前に跪いた。この子も移動中はどこぞに消えていたので、結局のところ、元気がないのはわたしだけだ。

「なんだか知らないけど、気分がよくなるならお願い」

「かしこまりました。では、ご免」

 マイはおもむろにわたしの右足を掴むと、足の裏を思いきり指で押し始めた。

「痛たたたた!」

 あまりの痛さに叫んでしまう。藁にもすがる気持ちで頼んだものの、これは痛すぎる。

「もうちょい、加減できないの」

「それでは効果が期待できませんので」


 それから三分ほど、マイの容赦ない責め苦を受けた。悔しいことに、マイの施術が終わると、気分がすっきりした上に、足の疲れが吹っ飛んだように軽くなっていた。

「やるな、古代の知識」

「お役に立てて光栄です」

 マイは跪いて頭を下げる。見た目がアスリートっぽいので、ジムか何かでケアを受けているような気分になってくる。

「マイも走るの速そうだけど、フェルとどっちが速いの?」

 マイの目がキラリと光った。

「いや、ちょっと聞いてみただけ……って聞いてないな」

 余計なことを聞いたと後悔したが、もう遅い。マイの中で何かのスイッチが入ってしまった。マイはわたしをお姫様抱っこすると、フェルに視線を送った。にゃんと鳴くフェル、そしてにやりと笑みを返すマイ。なんだこの戦友とも感は。

「いざ、尋常に勝負!」

 わたしはマイに抱えられたまま、再び風になった。

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