56 レティカ
* * *
「……あの。……すみません」
誰かがわたしの身体を揺すっている。聞き覚えのある声だ。この声は、我が娘。
ゆっくり目を開けると、目の前に見知った顔があった。
「リーネ。わたし、眠っちゃったの?」
わたしは知らない公園のベンチに座っていた。
「こんなところで眠ってはいけませんよ。ここは公共の場なんですから」
リーネは腰に手を当ててわたしを叱った。
「ごめん、ちょっと意識がハッキリしないんだよね。やっぱり幻魔石二十個は無茶だったんじゃないの」
「幻魔石……? なぜ、あなたがその名を知っているんです」
彼女は怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってるの。そりゃ知ってるでしょうよ」
リーネの様子がおかしい。というか、よく見ると、見た目も違和感がある。髪が肩まであるし、何かの制服みたいなものを着ている。
彼女はわたしの姿をじっと観察すると、警戒するように身構えた。
「あなた、何者ですか。わたしによく似ているようですが」
「……それは、こっちのセリフかも知れないね」
目の前にいるのは、リーネではない。今いる場所も、あの世界ではない。どうやら、幻魔石の力が何かを引き起こしたようだ。
「わたしは、保安官のレティカです。さあ、わたしは名乗りましたよ。あなたは?」
なんだか詰問する時のリーネに通じるグイグイ感だ。
「わたしも一応、保安官のヒカルです」
諸々の事情を説明してもいいが、面倒くさくなることは間違いなさそうだ。レティカと言えば、シルファの家の水晶で見た、超古代の映像に出てきた人物。となると、ここは過去の世界ということか。
「どこの所属ですか。制服を着ていないようですが」
「所属とかあるのかな。登録したのはナクリアだよ」
「嘘はいけませんね。それならわたしが知らないはずがないでしょう」
レティカは、わたしの全身を舐めるように観察し始めた。その視線が、わたしの右腕を捉える。
「それはなんです?」
「これは、魔導環……って言っても、わからないのかな」
「よく見せて」
レティカはわたしの腕を掴んで、顔を近づけてくる。至近距離で見ると、つくづくリーネにそっくりだ。サラサラの銀髪に、くりっとした大きな目。アラネスの家系は同じ顔しか生まれないのではと思えてくる。
「あなた、これはどこで」
「三ツ星保安官への支給品だよ。わたしの時代ではね」
「一体何を言って……」
と、その時。突然サイレンのような音が鳴り響いた。
「警報? どうして、急に」
同時に魔導環が反応する。どうやら巨獣が現れたようだ。
今いる場所から北東におよそ二キロ。反応は一体のようだ。
『アラネス、聞こえる?』
『わたしはリカである』
頭の中に問いかけると、召喚術師の代わりに賢者様が返事した。
『なんでリカちゃんがいるの』
『ヒカル殿が時空を超える瞬間に相乗りさせてもらったのだ』
流石、なんでもありの賢者様。それはともかく、今は巨獣だ。
「レティカさん。ここはわたしに任せてもらえる?」
「任せるって……」
わたしは術法で空を飛んだ。何度か体験済みだが、桁違いの機動性を感じる。少し意識しただけで、巨獣の目の前まで移動していた。
『わたし、自分で飛んだんだよね』
『うむ。鬼神の力、見せてもらおう』
イノシシの巨獣が前足で仕切りに地面を蹴っている。大見得を切ったはいいものの、わたしはアラネス抜きで巨獣を倒した事がない。
「お困りのようですね、主」
いつの間にかマイが横にいて、腕組みしていた。
「今の主なら、難しい事は考えなくても、くしゃみひとつでぶっ飛ばせますよ」
「そんな、どこかで聞いた噂じゃあるまいし」
「試してみてはいかがです? こう、ふうっと」
マイが息を吹きかける真似をする。わたしは半信半疑のまま、巨獣に向かって息を吐いた。次の瞬間、地面をえぐる程の竜巻が巻き起こり、前方の景色を飲み込んでいく。
竜巻は、巨獣も含めて何もかも消し飛ばしてしまった。
『おお、まさに神の息吹』
こんなに強くなっているとは思わなかった。これは傀儡に入った時よりも危険なのでは。




