53 アラネスの記憶③
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『長に告ぐ。新たな戦士を求めよ』
女神様の声を始めてお聞きしてから七百七十年余り。わたしは正式な長として、神託を実現する為に奔走していた。
女神様が仰る『戦士』とは何なのか。わたしはひとまず、戦士と呼ぶに相応しい者を探すため、召喚術師の街を出たのだ。
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『アラネス、ちょっと待って。巻きでとは言ったけど、いきなり七百年以上も飛ばされたら、肝心な事がわからないじゃん』
『肝心な事?』
『あなたはどうやって長の役割を引き継いだの? お母さんはどうなったのよ』
『……月が綺麗ですね』
『急にどうした』
今は月など出ていない。何故ならまだ昼過ぎだからだ。
『……あれ、わたし、今何か変な事を言いましたか?』
アラネスの様子がどこかおかしい。マイに巨獣の事を聞いた時の反応に似ている。
『ねえ、もう少し昔の話をしてくれてもいいんだよ』
『戦士様もお好きですね。では、改めまして。……それは今から八百十八年前』
『改め過ぎだよ。振り出しに戻ってどうする』
これは埒が明かない。女神様に関する話は、思ったより闇が深いかも知れない。
恐らく、女神様とやらは、アラネスに何かしらのプロテクトをかけている。これが術法の類なのか、別のものなのかはわからない。リカの調べ物の件を考慮すると、直接的に探るのはまだ早そうだ。
わたしは遠回しにアラネスの過去を探ってみる作戦に切り替えることにした。
『アラネス、わたしやリカちゃんの前にも誰かを召喚していたのよね?』
『もちろん。わたしは誰かを召喚していないと生きられないヒトですから』
何故かアラネスは自信満々でそう言った。
『どんな人を召喚していたの?』
『ウフフ、お聞きになりたいですか』
『うん、聞きたいから聞いてるんだよ』
どうやら、このあたりの情報にはプロテクトは掛かっていないようだ。
『賢者様を召喚するより前、今から二百二十年ほど前のお話しです』
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わたしは新たなヒカリの戦士をお迎えするため、異次元召喚を試みていた。
『戦士よ。ヒカリの戦士よ。我が声が聞こえますか』
『我が名は、召喚術師アラネス。神託に基づいて、戦士をこの地に召喚する者なり』
異次元召喚を授かってから、わたしはこれまでに何人もの戦士様を召喚してきた。しかし、この時のわたしの声は、戦士様には届かなくなっていた。
「アラネス、やはり無理だっただろう」
儀式の間から出たわたしを、彼は笑顔で出迎えた。儀式の事を彼には秘密にしていたのに、どうしてそんなに優しくしてくれるのだろう。わたしは彼の顔を見ることが出来ずに、目を伏せた。
わたしが異次元召喚を使えない理由はわかっている。わたしの身に別の魂が宿っているからだ。
「もう休んだらどうだい。大事な身なんだから」
夫のライトは、諭すように言うと、わたしの手を取った。
「神託が大切なのはわかるが、少しぐらい、普通の人間として生きてもいいんじゃないか」
「……わたしは長ですから。女神様に背くことは出来ません」
「長である前に、君は母親だろう」
わたしは大きくなった自分のお腹にそっと手を添えた。初めて授かった自分の子供。やがて、この子も召喚術師としてこの世に生を受ける。そして魂の色から、娘であることも既にわかっている。次代の長となるべき存在なのだ。
自宅に戻ると、ライトは書斎の椅子にわたしを座らせた。テーブルの上に沢山の本が積み上げてある。
「何か調べ物をしていたんですか?」
ライトは古代語の研究家でもある。一冊手に取ってみるが、わたしには難しい本ばかりだ。
「子供の名前を色々と考えていてね。君も一緒に選んでくれないか」
「どんな名前を考えているんです?」
ライトは栞が挟んである本を開くと、得意気に胸を張った。
「例えば、〝シェーウェーヤルッチュ〟というのはどうだい」
「しぇーうぇー……何ですって?」
「古代語で〝幸せな人〟という意味だ」
「とても素晴らしいと思うんですが、少し呼びにくいかと」
「ふむ、それなら〝ウジラーサルックワ〟」
「……呼ぶたびに舌を噛みそうです」
「そうか? 女の子にぴったりな名前なんだが」
ライトは難しい顔をして、片っ端から本をめくり始めた。彼に任せると、娘に独特な名前を付けられてしまいそうだ。ここはわたしが主導権を握らなければ。
「わたしも考えている名前があるんですが、言ってみても?」
「ほう、自信有りそうだね」
「召喚術師の娘ですから、神聖な名前がふさわしいと思うんです。そこで、精霊の名前から取るのはどうかと」
「なるほど」
「大地を司る精霊から名を頂いて〝ギガンティア〟」
* * *
『ポンコツ夫婦か!』
わたしは思わずツッコんだ。かわいい娘を〝ギガちゃん〟にされてたまるか。
『戦士様、急に何をお怒りなのですか』
『君ら夫婦のセンスの無さに呆れてるんだよ』
それにしても、アラネスの旦那さんは絵でしか見たことがなかったが、随分と印象が違った。まだ若いこともあるだろうが、洗練された都会的な雰囲気の人だったのだ。




