52 アラネスの記憶②
「今から、少し練習をします。わたしを女神様だと思って、受け答えをしてご覧なさい」
「わかりました」
お母様はひとつ咳払いをすると、目を閉じた。
「召喚術師の長よ、聞こえますか」
「……あ、それわたしのことですよね」
「はい、やり直し。まさかここでつまづくとは思いませんでしたよ」
お母様がわたしを睨んでいる。そうだった。今、お母様は女神様なのだった。
「失礼しました。もう一度、お願いします」
「召喚術師の長よ、聞こえますか」
「はい、聞こえます」
「今からそなたに神託を与えます。心して聞くように」
なんだかワクワクしてきてしまった。自分を律することが出来なければ長の役目は務まらない。わたしは膝をつねって姿勢を正した。
「そなたが落としたのは金の延べ棒ですか、それとも銀の延べ棒ですか」
一瞬、頭の中が真っ白になった。これは一体、何の話だろう。
「どうしました」
「……えっと、延べ棒とは」
「やり直し」
「あの、お待ち下さい。そもそも何故延べ棒が出てくるのです」
「これは練習です。深く考えないように」
「ずるいですよ、お母様」
* * *
『誰がツッコむんだい、これ』
思わず口を挟んでしまった。親子漫才か。黙って聞いているだけなのは、ある種、拷問に近い。
『お気に召しませんでした?』
『いや、気になるから続けていいけども』
女神様の件は聞いておかなければならない。リカが言っていた『調べ物』に関係がある気がしたのだ。
* * *
「とにかく、女神様に質問はご法度。それはわかりましたね? 間もなく女神様のお言葉が届く時間です。それまで待ちましょう」
「はい、お母様」
少し自信がないが、それは長としての自覚が足らない証拠だ。わたしは深呼吸をして、意識を集中させた。
お母様と二人で瞑想をしながら女神様を待つ。規則正しい振り子時計の音を聞いていると、眠くなってしまいそうだ。わたしは改めて姿勢を正し、音のする方に目をやった。
正面の祭壇に向かって右側の壁に、随分古そうな振り子時計が掛かっている。時計の針は、丁度お昼を過ぎたことを示している。時間を意識したとたん、急にお腹が空いてきてしまった。
「アラネス、集中しなさい」
「すみません……」
そわそわしてしていたため、お母様に注意されてしまう。わたしは時計を見ないように反対側の壁に視線をやった。そのとき、奇妙な感覚に襲われた。そこにも、全く同じ振り子時計が掛かっていたのだ。ただし、こちらの時計は止まっていて、でたらめな時刻を指している。
「お母様、あちらの時計は……」
「シッ」
お母様が唇に指を当てた直後、どこからか声が聞こえてきた。
『長に、命ずる。巨獣を討伐せよ』
初めて聞いた女神様の声は、その一言だけだった。抑揚のない、高い女性の声。わたしはその時、明らかに我々とは違う、異質な何かを感じ取ったのだ。
* * *
『今の声、女神様本人を忠実に再現しているのよね?』
話が一区切りしたところで、わたしはアラネスの回想に割り込んだ。
『もちろんです。わたしは、記憶力に関しては右に出る者しかいませんから』
『……うん。わたしとしても同感ですよ。あなたの記憶力はかなり怪しいものね』
『何でそうなるんですかっ。わたしは本当に記憶するのは得意なんですよ。……思い出すのが苦手なだけで』
『アラネス君、引き出しが開かないタンスは、ただの粗大ごみなんだよ』
とはいえ、さっき見せてもらった記憶は作り話というわけでは無さそうだ。八百年も前の記憶をここまで克明に覚えていること自体は、普通に凄い。意識下で記憶を辿るやり方なので、思い出しやすいのかも知れない。
女神様の声を聞いた第一印象だが、とにかく合成音声っぽい。自動読み上げソフトとかで聞く、あの機械的な声によく似ている。
『アラネス、次に女神様と話すのはいつ?』
『えっと、前回が二十七日前の朝六時でしたので、次は明後日の十六時ですね』
『ん? 今、何か計算した?』
『女神様は三十日と十時間毎にお言葉を下さるんです』
『随分と中途半端な間隔だね』
と言ってから、妙な引っ掛かりを感じた。アラネスの言う間隔で、女神様が交信してくるとしたら、何か意味があるはずだ。
『とりあえず、続きを聞かせてもらっていい?』
『あ、興味ありますか? それなら、もっと細かい部分もお話し出来ますけど。題して〝わたしと母と召喚術〟』
『作文コンテストか。引き続き、巻きでお願いするよ』
アラネスが喜々として持ちかけてきたが、八百年分も思い出話を聞かされたら身がもたない。




