5 三ツ星
『女神様、既にヒカリの戦士様が二体も巨獣を倒されました。必ずや、全ての巨獣を倒して、ヒカリの戦士様を鬼神の如き存在に』
「勝手に人を鬼神にしないでくれる?」
わたしは丸太小屋で目を覚ました。というか、召喚術師がうるさくて目が覚めた。
『おはようございます、戦士様』
「あなた、何か企んでないでしょうね」
『わたしはこの世界を憂いているだけです。そのために身を捧げているわけですから』
「その身を動かすの、わたしだけどね」
アラネスと会ってから五日目。実際、わたしはここ、ナクリア村の住民から、世界のために巨獣を倒す戦士として認知されていた。素手で岩を割れるということがいつの間にか噂になっていて、息一つで突風を起こすだの、睨むだけで相手を痺れさせるだの、話が盛られまくっていた。
「ヒカリ様を、三ツ星の特別保安官に認定させていただきます」
わたしは、保安委員会事務局で、三つの星があしらわれた銀色のエンブレムを渡された。
今日付で、保安委員会から正式に巨獣討伐を請け負う保安官として認定されることになってしまったのだ。周囲の反応から察するに、ものすごい名誉な事らしいが、複雑な心境だ。
『戦士様、三ツ星の保安官ともなれば、特別待遇を受けることが出来るんですよ』
『ほう、例えば』
アラネスが持ちかけてくるいい話は、少々ズレていることが多いので、話半分で聞いてみる。
『まず、対巨獣用の特別装備が支給されます』
タイミングよく、箱を抱えた受付のお姉さんが、ニコニコしながらやってくる。
「この事務所に派遣されて、苦節十五年。ついに我が村からこれを支給する日が来たのですね」
お姉さんは見た目ほど若くないらしい事がわかったが、それは今はどうでもいい。彼女は箱を開けてこちらに中身が見えるようにして差し出してきた。
「……あの、これは?」
「術法魔導環『黒紅』です」
箱の中には、赤味がかった黒色の腕輪が入っていた。例の幻魔石と同じものが埋め込んである。
「これがあれば、巨獣の大まかな位置がわかります。これからの、巨獣討伐には必須の装備になるかと」
わたしは露骨に嫌な顔をしていたらしく、お姉さん(仮)は慌てて取り繕い始めた。
「さらに、幻魔石に施された術法によって、一度訪れた土地なら自由に行き来出来るようになります」
「ああ、移動系の魔法ね、はいはい」
「さらに、魔導環同士の通信や、各地の保安委員会事務局から情報も送信されてきますので、重宝するかと」
「要するに、社給携帯みたいなものね、なるほど」
「あの、何かお気に召さない事でも……」
わたしの達観した様子に、お姉さん(仮)が顔色をうかがってくる。
「いいえ、故郷の思い出に浸っていただけです」
「そう……ですか?」
彼女は笑顔が引きつらせながら説明を続ける。
「あと、保安官の方は、各地の提携飲食店の割引が適用されます」
「へえ、どのくらい?」
「三ツ星の場合、定価の六割引ですね」
わたしは早速、朝ご飯のために、食堂に向かうことにした。別にお金に困ってはいないのだが、六割引という響きには不思議な魔力があるのだ。右腕につけた魔導環は、ご丁寧に最寄りの提携店舗の情報まで通知してきた。ここまでくると、本当にスマホと変わらない。
途中、先日契約した『マイ』の事を思い出す。そういえば、名前を呼べば、いつでも駆けつけるような事を言っていた。
「ねえ、マイ?」
「こちらに」
いきなり背後から声がしてどきりとする。いつの間にかマイが後ろに控えていた。
「あなたって、ご飯とか食べる?」
「主がご所望とあらば、いくらでも」
「そこは適量でお願いするよ」
マイを連れて食堂のウエスタンドアをくぐる。わたしが席に座ってもマイは側に立ったままでいる。どうやら、わたしの命令なしには勝手な行動をしないらしい。
「マイ、座って」
「御意」
マイは躊躇することなく、床に正座した。佇まいが武士のように姿勢が良いが、とりあえず、他の客の視線が痛い。
「椅子に座って貰えると嬉しいな」
「仰せのままに」
マイは、わたしの隣に座って、店中に鋭い視線を配り始める。誰彼構わず睨みつけるので、営業妨害になりかねない。
「マイ、食事のときは楽しく食べよう。ほら、向かい側に座って」
「はっ」
朝食のセットのようなものがあったので、マイの分も注文する。マイは凛とした雰囲気を纏ったまま、こちらをじっと見ている。
「こうして見ると、外見は人間とほとんど変わらないね」
『人の姿を成すように具現化する術ですので』
アラネスが答える。
「マイって古代の知識の化身なわけでしょ。保安委員会から敵とみなされたりしないよね」
『そこはご心配なく。魔導環のように、古代の知識も、幻魔石も、本来は有益なものです。問題となるのは、人の心の方だと、わたしたちは、考えています』
「それって、悪い心に反応するって意味?」
『我々召喚術師に伝わる言い伝えによると、超古代には、星のために人類を絶滅させるべきと考える一族が存在したようなのです』
「その人たちも人間なのに?」
『自らの利益ばかりを考え、自然を破壊し続ける人類を憂いての事のようです。事実、この世界の人類史では、一度人類は滅びかけています』
わたしのいた世界も、似たような状況ではある。だからといって、人類を絶滅すべしというのは、やりすぎだと思うが。
『その一族の残留思念のようなものが、巨獣を生み出しているというのが、我々の見解です』
なんだかスケールの大きな話になってきた。このまま行くと、わたしは世界の救世主に祭り上げられてしまうのでは。
「マイなら巨獣が生まれる理由とか、わかったりしない?」
「巨獣とは、世界の調和のために、人類を滅するもの」
そこまで言いかけて、マイの表情が強張った。瞬きすらせず、一点を見つめている。
「マイ?」
「……主よ、お許しください。これ以上、我に話すべき事はございません」
マイの様子には明らかに違和感があった。隠し事をしているというよりも、何らかのプロテクトでも掛かっているような印象を受けた。
「まあ、いいや。料理も来たし、食べましょう」
運ばれてきた料理をマイと食べていると、右腕の魔導環の石が点滅を始めた。
『巨獣の反応ですね』
「こちとら、まだ食事中です。後にしてもらえないかな」
わたしがため息をついている間に、マイが店を飛び出していた。