43 最強の賢者様
リカは、街を抜けた先の海岸に仁王立ちしていた。海の向こうから来る巨獣をここで迎え撃つつもりのようだ。
わたしとリーネは、フェルの暴走でフラフラになりながら、やっとの思いで追いついた。
「戦士様、お空が回っています……」
「リーネはそこで休んでおいで」
この子は身体的には普通の女の子と大差ない。無理やり連れてきたのは失敗だった。
「い、いえ、今回だけは絶対に見逃せない戦いなのです」
リーネは青い顔をしたままフェルの背中から降りた。賢者様ファンのリーネからすると、格闘技のプラチナチケット的な扱いになるらしい。
程なくして、魔導環の反応が強くなる。前方から二つの影が近づいてきた。右に馬鹿でかい蛾の巨獣。左のは大きな薔薇の頭に棘の蔦が生えたような巨獣。どこぞの怪獣映画で見たような取り合わせだな。
「賢者様、頑張ってくださいっ」
背後でリーネの黄色い声援が飛んでいる。リカはふわりと上空へ浮かび上がった。
『この地に眠る数多の精霊たちに告ぐ。悪しき者を討つため、その力を我に貸し与えよ』
リカは手のひらを上に向け、術法を発動する、かと思ったのだが、さらに呪文を唱え始めた。
『エルサーエルタ ウォルタ ボルツ
クルエイ シカヅテ シティキ ウォーテ』
術法の呪文ってこんなテイストだったっけ。呪文が長すぎて、薔薇の巨獣が蔦を伸ばして攻撃してきた。
『エル・イグニスタ』
タイミングを見計らっていたように、黒い炎がリカの手を伝ってほとばしった。炎は意志を持つ蛇のごとく、巨獣の蔦を飲み込みながら焼き尽くしていく。炎は巨獣の腹部を貫通し、ぐるりと向きを変えて上空から巨獣の全身を絡めとった。
「滅」
リカがパチンと指を鳴らすと、巨獣が派手に爆ぜた。
「賢者様っ、カッコいいですっ」
ウットリした顔でリーネが叫び、リカがサムズアップする。わたしは一体何を見せられているのだろう。
「あの、リカちゃん、もう一体いるからね」
「心得ている」
リカは薔薇の巨獣が爆散してから余裕の表情でカッコつけていたが、また例の呪文を唱え始めた。
『エルサーエルタ ウォルタ ボルツ
クルエイ シカヅテ シティキ ウォーテ』
呪文に引き寄せられるように、蛾の巨獣が羽ばたいて竜巻を巻き起こした。
『エル・ヴェンティスタ』
目には目を。風には風を。巨獣が起こしたやつの数倍はある竜巻が前方の景色を覆い尽くした。
天変地異とでも呼ぶべき大嵐が、何もかもを吹き飛ばす。リカが海を戦場に選んだ理由が何となくわかった。
二体の巨獣を片付けたリカは、浜に降りると涼しい顔で髪をかき上げた。
リーネが目を輝かせて駆け寄る。リカはその頭をぽんぽんと撫でた。
「聞いたこともない呪文だったけど、高度な術法だったりするの?」
わたしが聞くと、リカはちらりとこちらを見たが、突然その表情が生気が抜けたようになった。
「リカちゃん?」
「……いえ、エレちゃんです」
エレノアがニッコリ微笑む。リカは中に引っ込んでしまったらしい。
「今の術法は、炎や竜巻を起こす普通の術法との事です」
その割には派手に呪文を唱えていたが。わたしが首を傾げると、エレノアが続けた。
「ええと、ふぁんに魅せる戦い方をしたまで、ですって」
要するに、リーネの為にそれっぽい演出をしていたわけか。プロレス呪文だな。思惑通り、リーネは大喜びのようで何よりだが。
『リーネったら、あんなにはしゃいで』
そう言うアラネスの声は少し嬉しそうに聞こえる。リーネに目をやると、恍惚とした表情で突っ立っている。リカに撫でて貰えたのが余程嬉しかった模様だ。
『リカちゃんとは話したことも無かったんでしょ』
『そうなんです。三十年来、ずっと憧れていて、接する機会もありませんでしたから』
娘が喜ぶのはいいのだが、リカはなぜ頑なに会話を避けていたのだろう。今の様子を見ていると、ただ会話が苦手というだけではないような気がする。
『アラネスはリカちゃんとは仲が悪かったの?』
『いえ、言葉を交わすことはなかったですが、わたしを気遣って頂いているのは感じていましたし』
この件はリカの『調べ物』が鍵だ。彼女から話してくれるのを待つ
しかない。
「ご主人様、ただいま帰りましたですわ」
もう一体の巨獣を任せていたカスミが、空から戻ってきた。今度は全身がススだらけになっている。
「どうしたの、その格好」
「対植物系巨獣用兵器『活火激発』の副作用ですわ。各機能には何の損傷もありませんので、ご心配には及びませんわ」
カスミはくるりと回りながら報告する。
「いや、その服洗濯するの、わたしなんだけど」
部活から帰ってきた子供か。わたしがげんなりしていると、唐突に頭の中にリカの声がした。
『戦士殿、その者はシルファの機動傀儡であるか?』
『そうだよ。成り行きで面倒を見ることになっちゃってね』
『人工知能搭載型、完成したのだな』
完成と言えるのかは甚だ怪しいが、リカもシルファを知っているのか。アラネスはそんなことは言ってなかったようだが。




