42 賢者様の出陣
賢者さんはリカちゃんだった。衝撃の事実だが、そうなると別の疑問が浮かんでくる。
『でもちょっと待って、二十五年間、アラネスと一緒だったんでしょう?』
『それは、こちらの時間での話である』
こちらの一年が向こうの一日に相当すると、前にアラネスに聞いたことがある。それはそうとして、二十五年を過ごしたのなら、精神年齢は四十三歳相当。リカちゃんと呼ぶには少々お年を召していらっしゃるようだが。
『わっ、わたしは四十過ぎではない。まだティーンなのだっ』
わたしの考えが漏れたらしく、リカちゃんさんは即座に否定してきた。まあ、乙女心的には当然の反応だな。
『じゃあ、改めてリカちゃんって呼ぶよ』
『うむ……問題ない』
この反応は満更でもない、ということで良さそうだ。
『わたしからも聞きたいことがあるんだけど、リカちゃんが一度向こうに帰った理由って何?』
リカはしばらく黙っていたが、ぽつりと答えた。
『アレはこちらには存在しないのだ。術法で生み出そうにも、わたしには想像力が足りず』
彼女が言っているのは具現化の術法のことのようだ。あまり得意ではないんだっけ。
『二十五年だものね。ジンギスカンも恋しくなるか』
『……それともう一つ。調べ物があったのだ』
彼女は少し声のトーンを落とした。
『……この件は、機を見てお話し致したく。くれぐれも内密に』
『今じゃ駄目なの?』
リカはそれ以上は何も語らなかった。
『戦士様っ、賢者様と何をお話しされたんです?』
リカとの会話を終えるとすぐに、アラネスが前のめりな感じで聞いてきた。
『主に……ジンギスカンの話』
『それだけですか? そもそも、じんぎすかんってなんなのです?』
『わたしたちの故郷の食べ物だよ』
リカの調べ物が何を意味するのかはわからないが、秘密にするように言われた以上、胸の内にしまっておくしかない。
リカちゃん入りのエレノアを横目に、無口なアラネスの姿を想像してみた。この二人の組み合わせ、ちょっと心配になるぐらい、危なっかしい感じがするのは気のせいか。
『二十五年もずっと人を避けてて、生活に支障は無かったの?』
『賢者様は、大抵のことは術法で解決されてしまいましたからね。生活という点では、毎日のように貢物を頂いていましたから、不自由はありませんでしたよ』
『……貢物?』
『賢者様は贈り物をされる質のようで。主に男性から』
なるほど、外見は無駄にかわいいから、ミステリアスさも加わって、チヤホヤされていたわけか。
『授業を受けられている時と、巨獣と対している時は、お喋りなんですけどね』
アラネスは懐かしそうに言っているが。
『そういう余計なことを言うと……』
と、言い終わる間もなく、魔導環が点滅を始めた。
『……ほら、ご覧』
タダでさえ、強力な術師で構成される我がパーティに、賢者様まで加わっているのだから、もうそれは巨獣ホイホイだ。
こんな街中で巨獣とやり合うわけにもいかない。わたしは魔導環で巨獣の位置を確認した。
「巨獣が……三体。こっちに向かってきているみたい。被害が出るといけないから、迎え撃つよ。カスミ、東の方の一体は任せていい?」
「アイアイサーですわ」
すっかりエネルギー満タンになったカスミが、勢いよく立ち上がって店の外へ飛び出していく。
「残り二体はわたしとシェリルで……」
「わたしに任せてもらいましょう」
わたしを遮ったのは、一瞬、誰かと思うほど凛々しい声だった。エレノアが、鋭い眼差しで窓の向こうを眺めていた。
「エレノアさん、戦えるの?」
「わたしはリカです」
自分で表に出てくることも出来るとは、本当に何でもありだな、この人。
「さあ、急ぎますよ」
わたしたちは、さっさと店を出ていくリカの後ろに続く。
キャラがかなり変わっている気がするが、今は気にしている場合ではない。北から向かってくる巨獣を真正面から迎え撃つのだ。
リーネを前に乗せて、フェルにまたがる。シェリルはアリーを呼び出して、上空へ。そしてリカは、術法らしき力で空中に浮かび上がると、物凄い速度で彼方へと飛んでいってしまった。
「フェル、あれを追いかけて」
咄嗟にリカの姿を指差して指示すると、フェルがニャッと返事をする。それを聞いたわたしは、はたと我に返る。
「程々の速度でいいから……ね?」
わたしの言葉などどこ吹く風のフェルは、後ろ足で何度か砂を蹴る仕草をすると、ブルッと身体を震わせ、高く跳び上がった。
「ちょっ、フェルっ!」
「ひゃあ」
こうなってしまっては、もう誰にも止められない。わたしはリーネを落とさないように、抱きしめる形でフェルの首元にしがみついた。時速二百キロ超えのスピードで街を駆け抜けたわたしたちは、後に街の伝説になったとか、ならないとか。




