41 賢者様の告白
「戦士様っ」
術法で合流すると、わたしを見つけたリーネが、駆け寄ってきた。一瞬だけ、抱きつきそうな素振りを見せたが、寸前で踏みとどまってしまう。娘よ、何をためらう必要があるのだ。
「無事でよかったよ。危ない目に合わなかった?」
「たまたま巨獣に出くわしたんですが、カスミさんが撃退してくれました」
リーネの後ろにカスミが座り込んでいる。よく見ると、右腕が無い。
「カスミ、大丈夫?」
「これはこれは、ご主人様。六時間と二十八分ぶりですわ」
カスミは微動だにせずに答えた。視線が合ってないのでちょっとブキミだ。
「巨獣にやられたの?」
「腕の方は問題ありませんわ」
カスミがそう言うと、どこからともなく腕のパーツが飛んできて、肩にはまった。ロケットパンチ的な技を使ったな。
「それよりも、深刻な動力源不足なのですわ」
カスミは目を赤く点滅させている。要するに、お姫様は腹ペコなだけらしい。
「わかったよ。何をご所望なわけ?」
「贅沢は言いませんわ。肉厚のステーキでも、大盛焼飯でも」
「量からして贅沢だわ」
エレノアがいい店を知っているというので、術法で連れていってもらった。こっちの世界では初めて見る、オリエンタルな雰囲気の内装で、中々に悪くない。全員集合してエレノアまで加わると、ちょっとした女子会だ。
「叔母様、お久しぶりです」
「うん、三十年振りね」
リーネとエレノアが挨拶している。傍から見ると、姉妹にしか見えない。
「その髪、きちんと罰を受けられたのですね」
「あはは、手厳しいね、リーネは」
エレノアは気まずそうに頭をかいている。彼女の中に噂の賢者さんがいるのだ。わたしはタイミングを見て切り出した。
「ねえ、エレノアさん。リカさんとお話ししたいんだけど」
「……ああ、ちょっと待ってくださいね」
エレノアは小首を傾げた。頭の中と会話しているのだろう。アラネスと話しているとき、わたしもあんな感じなのだろうか。
「賢者様から、応答がないのですが」
エレノアが眉をひそめた。賢者さんが話すのが苦手なのは、アラネスから聞いていた。いきなり話したいと言われても困るかも。
『無理もありません。わたしが召喚していた時でさえ、ほとんど言葉を交わすことはなかったですし』
賢者さんとアラネスの意思疎通は、意識の共有だけで成り立っていたわけか。そんな状態で二十五年も過ごすなど、わたしにはちょっと、想像できない。
「わたしの声って、賢者さんには聞こえてるの?」
「はい、わたしを通じて」
エレノアがうなずく。それならば、ひとまず挨拶から入ってみるか。わたしはひとつ咳払いをして、エレノアの中の人に話しかけた。
「ええと、賢者さん、はじめまして。わたし、地球からアラネスに召喚された、佐倉光というものです」
当然と言えば当然なのだが、賢者さんから返事はない。エレノアが少し困ったように、視線を泳がせている。
「同じアラネス仲間として、お話できればなあ、なんて思うんですが」
『難しいと思いますよ。普通に会話が成立するなら、とっくにわたしがやっています』
中々手強いな、賢者さん。ならば、故郷の話題で興味を引く作戦だ。
「お名前はリカさん、でしたよね? ジンギスカンがお好きとお聞きしましたが」
その質問をすると、エレノアが反応した。
「賢者様が、何故それを戦士様がご存知なのか、気にされているようです」
賢者さん、食いついてきた。この件は、寝言で言っていたらしいので、本人はアラネスに聞かれたことを知らないわけだ。
「つけダレ派なんですよね? 北の方のご出身ですか?」
エレノアが斜め上を見つめる。賢者さんの反応を読んでいるのか。
「あの、戦士様。賢者様が直接お話をされたいそうです。ただし、お二人だけで」
願ってもない申し出だが、アラネスたちがいる状態で、どうやって二人だけの会話をするのだろう。
しばらく待っていると、わたしの脳内に声がした。
『アメンボ赤いな、アイウエオ』
思ったよりずっと幼い声だ。というか、脳内で発声練習してどうするのか。
『おはっ、いや、こんにチワワ』
『……こんにチワワ』
マジなのかボケなのかわからないので、とりあえず乗っかった。どうやら、『意思伝達の術法』は、当事者同士に限った連絡が可能らしい。
『わ、わたしリカよ』
応答がナントカちゃんでんわみたいになっている。賢者さん、テンパリすぎでは。
『リカさんとお呼びすればいいですか?』
『く、苦しゅうない』
『わたしにお話があるとか』
『そうである』
急かすと、賢者さんが慌ててしまいそうなので、わたしはゆっくり待つことにする。少しして、リカさんが話し始めた。
『ジンギスカンの話、なぜご存知か』
『アラネスが寝言を聞いたと言ってましたよ』
『寝言……』
リカさんの羞恥心がそのまま伝わってくる。漏れ出てしまうほどに恥ずかしいのだろう。
『寝言で言うほど好きなんですよね。わたしはそういうの、かわいいと思うけどな』
『かわいい……本当であるか』
『本当であるよ』
こんなに無理してまで確かめようとするとは、ジンギスカンの件が余程気に掛かったのか。
『あの、失礼ですけど、リカさんのお年とか聞いてもいいですか?』
『……十八になるのである』
『……マジすか』
賢者様、まさかの年下だった。




