4 契約
わたしは村の入り口の抜け殻を見上げた。高さ3メートルのカタツムリは、殻だけでもやっぱりちょっと気持ち悪い。
「で、この抜け殻に何かあるわけ?」
『戦士様、これを破壊できませんか?』
「唐突だね」
退治したときは、炎も氷の刃も弾き返していたので、この殻、普通のカタツムリとは成分が違うと思われる。ちっとやそっとの熱や外力ではびくともしなさそうだ。
「ハンマーでぶっ叩いてみるか」
折角なので、一部の方面で有名な、100トンぐらいあるハンマーを頭の中に思い描いた。
『これをぶつけるのですか』
「そういうこと。重さも再現お願いね」
わたしは手を真っ直ぐ上空に掲げて、勢いをつけて振り下ろした。出現したハンマーがぶつかると、ぐしゃりと音がして、殻は粉々に砕け散った。
「なんだ、呆気なかったな」
粉々になった殻のかけらは、ボウッと青白い炎を上げながら消えていく。やはり何らかの不思議な力が作用していたらしい。殻は数分もかからずに完全に消えてしまった。ただ一つ、紫色に輝く宝石のようなものを残して。
『ありました、幻魔石ですっ』
「げんませき?」
どこかで聞いたことがあるような名称が出てきたな。
『さあ、手に取ってみてください。幻魔石は凄いんですよ、ウフフ』
アラネスのテンションが妙に高い。鼻息が聞こえてきそうだ。
「これ、触っても大丈夫なやつよね」
あのカタツムリの殻から出てきたブツなので、結構触るのに抵抗がある。
『大丈夫ですよぅ。早く早くっ』
アラネスがちょっと面倒くさい感じになっているが、興味はあるので、恐る恐る拾ってみる。表面の感触は、ガラスみたいにツルツルしている。見た目は水晶に近く、サイズは手のひらに収まるぐらい。少し生暖かいのは光っているせいか。
「これ、売っぱらうの?」
『そんなもったいない! いいですか、幻魔石には凝縮された超古代からの知識が詰まっているのです』
「なんでそんなのが巨獣から出てくるわけ」
『むしろ逆です。巨獣とは、幻魔石から漏れ出した、一部の知識が具現化したものなのです』
「えっ、危ないじゃん。またあんなのが出てくるかも知れないんでしょ」
わたしはこの石もハンマーで砕いてやろうかと思った。
『そこで不肖、わたしこと、アラネスの出番なんです』
「……その言い回し、気に入ってるのか」
『幻魔石の知識を、そっくりそのまま抽出してしまえばいいのです』
「そんな事して、とんでもない巨獣になったりしないわけ?」
『ウフフフフ』
いよいよこの人、壊れ始めたな。というか、頭の中でどうやって笑っているのやら。
『戦士様、その石を両の手のひらに乗せて、空に向かって掲げてもらってよろしいですか?』
何となく癪に障るが、言われた通りにやってみる。
『悠久の時と共に紡がれし、尊き命脈の記憶よ。我が意に応え、今ここに顕現せよ』
アラネスが頭の中で、呪文のようなものを唱えた。石が反応して、空中に舞い上がり、強く輝き出す。どんどん眩しくなっていき、目を開けていられないくらいになったところで、石がパリンと音を立てて、砕け散った。
『我を呼びし者はお前か』
アラネスとは違う、低い女の声が頭の中に響いた。目を開けて周りを見渡すと、褐色の肌を持つ逞しい女性が、上空に浮かんでいた。
彼女はゆっくりと地上に降り立ち、わたしの前で跪いた。
「主よ、我に名を授け給え」
なんだ、この展開は。わたしが主?
『さあ、戦士様、この者に名前を付けてください』
急にそんな事を言われても困る。犬猫ならともかく、相手は成人女性だ。ゲームのキャラクターの名前ですら、もれなくデフォルトネームで通してきたわたしにどうしろというのか。
女性は凛々しい顔つきでこちらを見ている。ひとまずその姿を観察してみる。褐色の肌に長い黒髪、少し吊り目で、勝ち気な印象。手足が長く、筋肉質で健康的な肌。
駄目だ。見つめられているプレッシャーも手伝って、ろくな名前が出てきそうもない。せめて、何かヒントがあれば。そういえば、この人、カタツムリから出てきた石から生まれたな。カタツムリ由来。カタツムリを言い換えると……。
「……マイマイ」
彼女がわたしを見つめる眼力が強まった気がした。
「じゃなくて……そう、あなたの名前は『マイ』でどう?」
もはやヤケクソだったが、彼女は畏まって頭を下げた。
「有難き幸せ。マイは我が身を主に捧げます」
結果、和風の名前になったが、彼女がいいと言うなら、問題ないか。
「それでは、御用とあらば、いつでも我が名を」
そう言うと、マイは煙のように消えてしまった。
「……アラネス。結局、どういうことよ」
『召喚の契約が済んだんですよ。幻魔石の記憶を擬人化して、意思を持たせることで制御するんです。これで名前を呼べば、いつでもマイを呼び出せます』
「なにそれ、召喚術っぽいじゃん」
『ぽい、というか、正真正銘、召喚術です』
アラネスはどちらかというと、霊媒師寄りの存在だと思っていたので、意外だった。
「でもさ、特典って言ってたの、召喚術の事? 興味はあるけど、結局、肉体労働させる気なんじゃん」
『フフフ、マイとの契約で、わたしたちの体、ものすごく頑強になったはずですよ。試しに、あそこの岩を素手で殴ってみてください』
「え、本気で言ってるの?」
確かに目の前に岩があるが、この細腕で岩を殴れと。わたしは騙されたつもりで、岩を小突いてみた。鈍い音がして、岩が真っ二つになる。
「……マジか」
『どうです? この調子で契約を続ければ、ヒカリの戦士様は名実共に、最強の英雄になれますよ』
わたしは自分がどこに向かっていくのか、少々不安になった。