38 逆さ丼
シェリルがぶっ飛ばした傀儡さんは、ひとまずマイに取り押さえてもらった。事情を聞くと、どうもシェリルの対応がよろしくなかったらしく、話がこじれていただけのようだ。
改めてこちらが保安官であることと、幻魔石の暴走の事を説明すると、わかってもらえた。
「うちの娘がすみません。色々とご迷惑をおかけしてしまって」
事情を聞いたエレノアは、恐縮仕切った様子で頭を下げた。
「いや、こっちもよく話も聞かずに怒鳴って悪かったですよ」
クライスと名乗った若い男、と言っても傀儡なのだが、彼は気さくに話してくれた。まだ首は九十度ほど捻れたままだが。
「あなたのその身体、傀儡ですよね? やはりシルファの工房で?」
「ええ。三年前、厄介な病を患いましてね。余命宣告を受けて落ち込んでいたところを、たまたま声をかけて頂いて。開発中の機動傀儡を無償で提供してもらったんですよ」
傀儡にはそういう使い方もあるのか。シルファはマッドな面が際立っているが、それなりに役立つ技術でもあるわけだ。首が折れかかったのは開発中のものだからなのか、単純にシェリルが無茶したからなのかは定かではない。
「この辺りは最近、巨獣がよく出るのでちょっと気が立ってましてね。お嬢さん、申し訳ない」
「は、はぁ」
シェリルは気まずそうにしている。魔導環で周囲を確認してみると、確かに巨獣の反応がいくつかあるようだ。
「シェリル、傀儡をちょっと壊しちゃったし、お詫びに討伐しとこうか」
「はい、合点承知です」
一体目の巨獣は、とぐろを巻き、鎌首をもたげた蛇の巨獣だった。凶悪な赤い目でこちらを睨んでいる。
「はーい、シェリルさん頑張ってね」
初見でわたしはさじを投げた。最近こういう系統の巨獣ばかり相手にしている気がする。
「わかりましたよ……」
若干渋りながら、シェリルは呪文を唱え始めた。
『此の地に眠る古の精霊よ。力を解き放ち、眼前の敵を滅せよ』
天から炎が落ちてきて、渦を巻いた。燃え上がる炎は天を突き、その中から紅蓮の炎を纏った巨人が現れた。巨人が軽く腕を薙ぐと、地面から火柱が立ち昇って、巨獣を飲み込んだ。数秒もせずに蛇の姿は消し炭になっていた。
何度見ても精霊召喚はド派手だが、あまりにも強力過ぎて一瞬で方が付く。精霊の方が巨獣より危険な気がしなくもない。
二体目の巨獣は、目つきの悪いカンガルーの巨獣。筋肉質の身体と素早い動きは、完全に格闘家のそれだ。
「アリー、お願い」
「こちらに」
シェリルはアリーを呼び出した。精霊召喚は時間を置かないと使えないのだ。そう言えば、アリーがまともに戦う姿は初めて見る。マイと違って、見た目が華奢なので少し心配だ。
アリーは突進してくるカンガルーをひらりとかわすと、上空で巨鳥に姿を変えた。見上げるカンガルーの頭上を何度も旋回しながら全身に眩しい光を纏い始める。
「離れてください」
シェリルに言われて距離を置くと、アリーが翼を広げて空中で静止した。纏っていた光が集まって、大きな球を成していく。
「鎮まりなさい」
神々しいアリーの声とともに、光球がカンガルーを捉えた。光に包まれたその姿は、溶け込むように消えてしまった。威力といい、手際の良さといい、精霊召喚と大差ない。これに加えてシェリル本人も屈強ときている。
「もう、シェリルだけで十分じゃない?」
「いやいやいや、丸投げは勘弁してくださいよ」
「きちんと修練を積んだみたいで安心したよ、シェリル」
エレノアは感慨深げにシェリルを見て、涙ぐんでいる。
「うん、まあ、無茶ぶ……それなりに実践訓練を積んだからね」
シェリルは満更でもなさそうだ。無茶振りと言いかけたのは、まあ事実なので、スルーしてやろう。
家に戻ると、首の捻れが四十五度ぐらいまで回復したクライスが出迎えた。
「ここ、こんなに巨獣が出るなら、不便じゃないですか?」
「この身体なので、奴等と渡り合える自信はあるんですがね」
彼はそう言うが、捻れた首がちょっと気になる。
「アラネス、結界の術法ってあるよね」
『はい、賢者様が得意とされていました』
わたしは賢者さんのノートを取り出して、それらしい記述を見つけた。結界の術法の呪文を唱えてみる。
『我、祈りを紡ぎて壁となす。招かれざる者を拒まん』
以下は賢者さんの記述。
『まず、固定観念を捨てましょう。そこにはひっくり返した丼があります。その丼はあなた専用のものです。あなたに認められていない者は触ることが出来ません』
わたしは、敷地内に危害を加えるものを排除する結界をイメージした。しかし、例のごとく、賢者さんの記述が独特過ぎて、思い切りイメージが引っ張られてしまった。
結界の出来を確かめるため、庭の木に目掛けて石つぶてを投げてみる。結界はきちんと反応して、石は敷地外に弾かれた。
『あの文字は、術法の効果を高めるものですか?』
アラネスがそう聞いたのは、結界が反応して形が浮かび上がったとき、側面に大きな「丼」の文字が見えたからだ。
「……そんなようなものだよ」
日本人からすると、発動するたびに逆さ丼が現れる奇妙な光景だが、面倒くさいので説明は省略した。




