37 鬼ごっこ
魔導環の向こうのシェリルを落ち着かせるため、わたしはなるべくゆっくりと聞いた。
「いい? シェリル。人というのはそんなに簡単には死なないんだよ。強い衝撃を受けたり、首が飛んだりしない限り」
「はい……思いっきり殴り倒しちゃったんですが、大丈夫でしょうか」
わたしは考えた。シェリルは元々腕っぷしが強い。マイと張り合えるぐらいの健脚で、アリーを身体に宿した分の上積みもある。そんな超人に全力で殴られた場合、人はどうなるだろうか。
「……つかぬことを聞くけれども、その殴った人は原型は留めているかな?」
『一応、首は繋がってますね。首の皮一枚』
「それ死んでるやつ」
『あ、動きましたっ。よかった、三枚ぐらいは繋がってたみたいです』
直接見ないとなんとも言えないが、そんな状態で動けるとしたら、考えられるのはアレだろう。
「……それ、もしかして傀儡じゃない?」
『ああ、なるほど。お腹に兵器とか仕込んでいるので、おかしいと思ったんですよね』
「その時点で気づきなさいよ」
詳しく話を聞くと、幻魔石に飛ばされた先の民家で、シェリルは花壇を台無しにしてしまったらしい。怒った家主に物騒な兵器を向けられて、シェリルは反射的に素手でぶっ飛ばしてしまったということだ。
「よく傀儡に素手で勝ったね」
巨獣を軽くあしらっていたカスミの姿が頭をよぎる。
『僕、プツンとなると、訳がわからなくなっちゃうんですよね』
シェリルが豹変するところを何度か見ているが、危険だな、あの子。ひとまず、花壇を荒らしたことはこちらが悪いので、謝りに行かなければ。
「その傀儡以外に人はいないの?」
『さあ、家の中は確認してませんから』
「ともかく、どうにかしてそっちに行くから、傀儡の中の人と仲直りしてて」
『そんなっ、首飛ばしかけといて、どうやって仲直りしろって言うんですかっ』
「何事も笑いと愛嬌だよ。やれば出来る。頑張って!」
わたしは半ば強引に通信を切った。いざとなればアリーもいるし、しばらくは大丈夫だろう。早いところ合流しなければ。
シェリルの所までは、マップによると、およそ千キロはある。初めてくる大陸で、魔導環の転送機能は使えない。フェルの全速力でも五時間はかかる距離だ。あの状態の暴走猫は前に乗ったときに懲りているので気が進まないのだが。
「わたしがお送りしましょう。久しぶりにシェリルに会いたいし」
わたしが迷っていると、エレノアが申し出てきた。
「エレノアさん、術法も使えるの?」
「いえいえ、わたしではなくて。……賢者様、お願い出来ますか?」
エレノアはニコニコ笑顔でそう言った。
「一応、わたしは賢者じゃなくて戦士ってことになってるんですけど」
「ええ、存じておりますよ」
どうも話がかみ合わない。わたしが首を捻っていると、不意に周りの景色が暗転して、知らない場所へ転送されていた。
そこは、どこかの広い草原のようだった。前方に木の柵に囲まれた家が建っているのが見える。
「えっ、何が起こったの?」
『転送の術法ですね』
確か、前にアヤカさんが使っていた術法か。しかし、エレノアは呪文を唱えていなかったはずだ。
『エレノアは、もしかして……』
アラネスが何か言おうとしたとき、前方の家からシェリルがこちらに向かって走ってきているのに気づいた。
『女神様! 早かったですね』
「シェリル、無事で何より……」
と安堵するのも束の間、シェリルの後ろから、首が百八十度ねじれた何かがフラフラと追いかけてきているのを捉えた。
「シェリル、後ろ、後ろ!」
わたしは反射的に逃げ出した。生来、こういうホラー系は受け付けないのだ。
「ちょっと、女神様、何で逃げるんですかっ!」
「余計なものがついてきてるからだよっ」
それからしばらく、わたしたちは不毛な鬼ごっこをするはめになった。




