35 召喚術師エレノア
謎の女性はフェルの足でも中々追いつけない。どういう身体能力をしているのだろう。仕方がないので、少し強引な作戦に切り替える事にする。
「アラネス、術法よろしく」
『これは、何ですか?』
「ディス・イズ……マジックハーンド!」
棒の先にくっついている巨大な人の手が、前方の女性を掴み取る。
「うぇっ?」
身体を掴まれた彼女は、変な声を出して手足をジタバタさせている。
「捕まえたよ、アラネス……」
と、捕らえた女性の顔をよく見ると、まさにそのアラネスに瓜二つだ。
「そうか、あなた、アラネスの妹の」
「違いますっ、エレノアなんて知りませんからっ! 召喚術師なんかと関係ないんですからっ!」
何故か自動的に白状しているが、とりあえず、彼女が落ち着くのを待つことにする。
「あなたがヒカリの戦士様?」
事情を話すと、エレノアはわたしの顔をまじまじと見つめた。
「お噂はかねがね伺っております。くしゃみ一つで山を粉々に出来るとか」
「出来るか」
知らない間にわたしの噂がどんどんエスカレートしている気がする。
『……アラネス、この人に用があったんじゃないの』
『そうなんですが、色々と込み入った事情がありまして……』
アラネスは妙に歯切れが悪い。
『ちょっと心の準備をしますので、話をうまく繋いでいてもらえませんか』
『わたし、そんなにおしゃべり好きな人じゃないんですけど』
アラネスさんは言い出したら聞かないので、わたしは仕方なくエレノアと向き合う。構えてしまうと、言葉が中々出てこないものだ。
エレノアの見た目は、髪を更に長くしたアラネスといった感じだが、唯一瞳の色が違った。アラネスは金色だが、エレノアは深い海のような青色だ。
「戦士様、シェリルがお世話になっているみたいで。ご迷惑をおかけしていませんか」
「あの子はいい子だよ。保安官としても腕を上げて来てるし」
「本当ですか! 戦士様のご指導のお陰ですね」
エレノアは嬉しそうに笑った。やはり、この人も母親なのだ。
「それで、あの子はどこにいるのでしょう?」
「ちょっと、不慮の事故ではぐれちゃって」
あれが事故と呼べるかは微妙ではあるが。
『戦士様、魔導環で連絡が取れるのではないでしょうか』
「……そっか」
すっかり忘れていたが、魔導環には通信機能が付いているんだった。
わたしは魔導環の画面を操作して、通信機能を呼び出した。連絡先の一覧に二件、表示がある。『翡翠』は確か、シェリルの魔導環の名前だ。『橘』は呼び名は日本人の名字のようだが、スフィラが持っている魔導環の事だろう。
わたしは『翡翠』の表示を選択して通信を開始してみる。数回の呼び出し音の後に、反応があった。
『誰だっ』
お前こそ誰だ、と喉まで出かかったが、この高い声はシェリルだ。
「シェリル、わたしだよ」
『あっ、女神様、どちらにいらっしゃるんですか』
その声ははかなり慌てた様子だった。
「場所はよくわからないけど、シェリルのお母さんの隣にいるよ」
『ママの? い、いえ、マミー、もとい、母上の』
「だいぶ手遅れだよ」
別に母親をどう呼んでいようが構わないが、ツッコまずにはいられなかった。
『……どうしてママと一緒なんです?』
「ただの偶然。いや、召喚術師の特性なんだっけ」
『ママの話はまた後で。それより助けてくださいっ。飛ばされた時に、他所様の家を壊してしまって、今、めっちゃ怒られてるんです』
そう言えば、シェリルはわたし以外の人間と話すのが苦手なのだった。オロオロしているであろう姿が容易に想像出来る。
「わかった。話をしてあげるから、その人と代わって」
『そうし……』
そこで突然音声が途切れた。
「シェリル? おーい」
表示を見ると、通信そのものが切れていた。もう一度かけ直してみるが、何故か繋がらない。
「何かあったかな」
「大丈夫ですよ。あの子も大人なんですから」
エレノアがからっとした笑顔で言った。
『……そう、大人なんだから、責任は自分で取らないと』
妙に神妙な雰囲気で、アラネスが続けた。
「なぁに、アラネス? ちょっと怖いよ」
アラネスの名前を出した途端に、エレノアの表情が引きつる。
『エレノアは三十年前に、一族の掟を破り、脱走を図ったのです。わたしは召喚術師の長として、罰を与えねばなりません』
「罰……?」
雰囲気を察したエレノアは、少しずつ後退りを始めていた。




