31 疑似人格
シックなベージュのドレス風のワンピースを着た『彼女』は、目覚めるなりシルファの顔をじっと見つめた。表情は無表情だが、上品なお嬢様のような可憐さがある。流石に芸術家を名乗るだけあって、デザインに関しては秀逸だ。
「わたしがわかる? 君を完成させたシルファだよ」
傀儡の彼女はしばらく固まっていたが、その大きな瞳が次第に潤んできて、涙が一筋流れた。
「もしかして、生まれて初めて心を持って、感動しているんでしょうか」
アラネスがもらい泣きしそうな表情で口を抑えている。
「いや、これは眼球を自動で洗うための洗浄液です。……ほら、まばたきしないと眼球が汚れるから。わたしの真似をしてごらん」
シルファが傀儡にまばたきを教え始めた。アラネスは頬を染めてそっぽを向いた。
傀儡は、ひたすら一定のリズムでまばたきを繰り返している。身体はほぼ人間なのに、動作が無機質なのでロボットにしか見えない。同じ傀儡の身体を使うシルファと比較すると、その差がはっきりとわかる。これが魂が有るか無いかの違いだろうか。
「カスミ、皆さんに挨拶をして」
シルファの指示を受けて、カスミと呼ばれた彼女は首を水平に動かして、わたしたちを観察した。そしてスカートを両手でつまみ、膝を折って片足を引くと、ゆっくりと身をかがめた。
「皆様、初めまして。わたしは、カスミと申します」
彼女は急に流暢に喋りだした。割と高めの彼女の声は、イントネーションも自然で違和感はないが、シルファはそれでも不満らしく、腕組みをしている。
「もう少し、お嬢様っぽくしたいなぁ。語尾に『ですわ』を付けてみようか」
「皆様、初めましてですわ。わたしは、カスミと申しますですわ」
彼女は『ですわ』以外は、動作もしゃべり方も、さっきと同じように再現した。
「なんだろう、この取ってつけた感は」
シルファが首を捻っているが、そりゃそうだろう、とツッコむのもあほらしい。
「キリコ、その子はあたしが前に作りかけてた、疑似人格を使っているのかい」
一連のやりとりを見ていたアヤカさんが聞いた。『キリコ』とはシルファの本名らしい。
「はい。先日、頭脳の方は完成させたんです。動力供給の問題も解決したので、あとの課題は心をどう再現するかなんですが」
「この子に心を持たせたいのなら、何より、経験を積ませることだよ。自己学習で成長するように設計したからね」
アヤカさんがそう答えるのと同時に、わたしは急にめまいを感じた。
「……おっと、そろそろ時間が来たみたいだよ」
アヤカさんは少しふらついて、頭を抑えた。
「お帰りですか。お構いもできずにすみません」
「まったくだよ」
天然なのかボケなのかわからないシルファに、アヤカさんがツッコむ。その横で、リーネが何か言いたげにもじもじしていた。
『よかったら、最後にうちの娘に声をかけてあげていただけますか』
『はいはい、喜んで』
アヤカさんはリーネに近づくと、右手を差し出した。
「傀儡の身体でごめんなさいね。君みたいな可愛いファンがいたとわかっただけでも、こっちに来た甲斐があったよ。また会いましょう」
「は、はいっ。ありがとうございます」
リーネは目を輝かせて、アヤカさんの手を両手で握りしめた。わたしでも、こんなにキラキラした瞳で見つめられたことはないけども。ちょっとだけ、アヤカさんが羨ましくなる。
『ヒカルさんも、ごきげんよう。あなたにも、また会えるような気がしますよ』
『そうですね。またどこかで』
挨拶をすると、ふっと頭の中が軽くなった。わたしの意思で傀儡の腕を動かせるようになっている。アヤカさんが元の場所に帰ったのだ。ちょっと地元に帰るぐらいのトーンだったので、少しも悲壮感がない。この世界の死者との距離感は、やはり近い。
「手っ取り早く経験を積ませるなら、冒険ですよね」
シルファはわたしを見て、意味有りげな笑みを浮かべた。
「……はて、どういう意味かわかりかねますね」
わたしはワザと棒読みで答えたが、シルファが言わんとすることは、大体察しはつく。
「戦士様、どうか、この哀れな子を貰ってやってくれませんか」
わざとらしく両手を組んで、気色の悪い笑顔を向けてくる。
「なんでわたしなのよ。スフィラたちに任せればいいじゃない」
わたしは窓際で黄昏れていたスフィラを指さした。
「僕は子守なんてごめんだね。そもそも、僕の側にいて、人間らしさなんて学べると思うかい?」
スフィラは涼しい顔で言ってのけた。それを自分で言うか。
「カスミは戦闘もこなせるように武装していますので、お役に立てると思いますよ」
「そういうの、間に合ってるんですけど」
わたしと、マイにフェル、シェリルにアリー、一応リーネ。戦闘要員は十分足りている。
「まあまあ、そう言わずに。人助けだと思って」
こやつ、出会ってそんなに経っていないというのに、わたしに頼り過ぎなのでは。ふと視線を感じて隣を見ると、リーネが慌てて目を逸らした。
「……リーネ、もしかして、興味ある?」
「いえっ、決してそんな……」
口では否定しようとしているが、身体の方は思いきり肯いてしまっている。アヤカさんの作ったものなら何でもアリのようだ。ここのところ、同じパターンが続く気がするが、わたしは娘の為に腹を決めた。
「じゃあ、連れて行くよ。でも、整備とかはどうすればいいの」
「お任せくださいですわ。自己整備機能を搭載しておりますですわ」
カスミはそう言って、わたしに向かって親指を立てた。
「……仕草と口調が合ってないけど」
カスミ自身は、既についてくる気満々だったらしい。




