30 心を作る研究
全長五メートルはありそうな蝙蝠の巨獣。目が赤く光り、こちらを鋭く睨んできた。戦闘態勢を取ろうにも、身体の操作権はアヤカさんにある。
「これはちょっと危険な感じがするね」
アヤカさんはそう言って、素早く手を合わせた。
『無響の円陣、そこにあるは、ただ静寂のみ』
瞬間、空気が凍りついたように、何も聞こえなくなった。リーネたちの声や靴の音も、洞窟に響いていたわずかな音すらしない。
『術法で全ての音を遮ったんだよ。あの巨獣、音で攻撃してきそうだったからね』
頭の中にアヤカさんの声がした。
『ああ、超音波的な』
実際、目の前にいる蝙蝠の巨獣は、大きく口を開けてこちらに威嚇しているが、あれは何かを出しているようにも見える。
『全く、世話の焼ける弟子だよ。乗りかかった船だし、ちゃっちゃと片付けますかね』
そう言うと、アヤカさんは頭の中で呪文を唱えた。
『此の地に眠る古の精霊よ。力を解き放ち、眼前の敵を滅せよ』
シェリルが得意とする、精霊を召喚する呪文だ。足元から影のようなものがせり上がってきて、人の形を成した。真っ黒い人形は、両方の腕を伸ばし、蝙蝠の全身を絡め取った。蝙蝠はそのまま足元の影の中に引きずり込まれ、人形と一緒に消えてしまった。
「ほれ、もう安心だよ。さっさと石を回収しなよ」
アヤカさんが真っ直ぐ前を指さした。蝙蝠で見えなかったが、壁に祭壇が設けられている。シルファは喜々として祭壇に駆け寄ると、何かを手にして戻ってきた。
「ありました、確かに幻魔石が二つ。これ、どっちが賢者さんの石でしたっけ」
シルファの左右の手のひらに一つずつ石が乗っている。封印されているため、透き通っていて色を失っている。見た目はほぼ同じだ。
「そんなのわかるわけないよ。傀儡の材料にするんなら、どっちでもいいんじゃないの」
「それもそうですね。……リーネちゃん」
「はいっ?」
シルファに急に名前を呼ばれたリーネの声が裏返っている。この人、どさくさ紛れて、リーネをちゃん付けで呼んだような。
「好きな方を差し上げますよ。わたしはひとつで十分ですから」
「はあ……」
リーネが困った顔でこちらを見ている。
『石の中身って、外からはわからないものですか?』
わたしはアヤカさんにアドバイスを求めるつもりで聞いた。
『アレは記憶の結晶みたいなものだから、開けてみないと何とも言えないね。大体二割くらいの確率でレアな知識が混じっているけど、伝説級の激レアを狙うなら、期待値はせいぜい五パーセントってところじゃないかな』
『別にレアは求めてないですけども。……何です、そのガチャみたいなシステム』
リーネは迷った挙げ句、左手の石を取った。
「本当にそっちでいいんですね? こっちが凄い石かも知れないよ?」
シルファが煽るので、リーネがますます困り顔になる。この人、わたしが動けないのをいいことに、娘をいじっている。生身だったらゲンコツを食らわせているところだ。散々悩んで、リーネは最初に選んだ方に決めたようだ。
家に戻ると、シルファはアトリエの隅に鎮座している機械に幻魔石をセットした。外見はハート型の大型洗濯機といった感じ。ガラス窓が付いていて、中には何かが入っているようだが、暗くてよく見えない。
「では、こちらは容赦なく、材料にしちゃいますよ。リーネちゃん、本当にいいんですね?」
「いいから、早くやりなよ。あたしもそろそろ帰らなきゃならないんだし」
わたしの代わりに、アヤカさんがツッコミを入れた。シルファは口を尖らせつつ、呪文を唱え始めた。
『今ここに、枷を解き放たん。彼方に封じられしものよ、導のもとに再び還れ』
機械にセットされた石が輝き、ケーブルを伝って、機械の中へ何かが流れ込み始めた。
「これは、何の機械なのです?」
アラネスが興味深そうに聞いた。
「端的に言うと、心を作り出す機械ですよ」
「ココロ、というと、我々が持つ心のことでしょうか」
「そう、わたしは無から心を生み出すのが永遠の夢なんです」
シルファは熱く語っている。スフィラたちを生み出している時点で、とっくにそんな次元を超えている気がするが。
「僕たちはあくまで母さんの分身だからね」
わたしのココロの声が聞こえたのか、スフィラがニヤニヤしながら言った。この男がいけ好かないのは、確かに本体の影響がありそうな気がする。
「つまり、作り物の心ということですか? それは、マイたちのような召喚体とは違うものですか?」
「あれは、幻魔石の知識を元にして、新たな魂を作っているでしょう? ある意味、人間と変わりません」
どう考えても、そっちの方が凄いような。
「わたしは、自分で作りたいんです。そう、魂のない人間をっ」
もはや、何を言っているのかわからない。迷走、ここに極まってるな。呆れている内に、電子音がして機械の動作が止まった。パイプからもくもくと煙が出てきて、部屋中が真っ白になってしまう。
「さあ、出来たかな」
シルファはウキウキな声で機械のガラス窓を開けた。シューと空気が漏れるような音がしているが、煙でよく見えない。
「換気しましょうか」
アラネスが窓を開けて、ようやく煙が晴れてくる。機械の前に、人が立っているのが見えた。髪の長い女性型の傀儡と思われるが、例のごとく、人と見分けは付かない。
「目が覚めたかい?」
シルファが聞くと、傀儡はゆっくりと目を開けた。




