3 巨獣
村の中央に、『保安委員会』なる組織の建物がある。世界各地に展開している巨大な組織で、世界の秩序を守るために、冒険者を募って仕事を斡旋しているらしい。要するに、人々の為に体を張ったらお金になる仕組みだ。先日倒した化けカタツムリの報酬が受け取れるというので、見物ついでに寄ってみた。
「それにしても、五十三号を倒してしまう方がいらっしゃるとは、驚きです」
受付のお姉さんが、紙幣を数えながら言う。五十三号とはあの化けカタツムリの事らしい。
「アレってそんなに厄介な怪物だったの?」
「それはもう。五十三号といえば、ここ十数年来でも最悪の部類の巨獣です。この地域を徘徊しては、町や村を次々に襲って、甚大な被害が出ました。五十三号のせいで流された涙といったら、レムズ海の水何杯分になることか」
多少尾ひれがついている気はするが、召喚術師がわたしを呼ぶ事態になるくらいには危険だったのだろう。
「五十三号の討伐報酬は、百二十万ルルですね」
シンプルな図柄の紙幣が百二十枚、差し出される。
「ありがとう」
わたしはそれを受け取って懐に仕舞いながら、アラネスに呼び掛けた。
『これって、貨幣価値的にはどのくらいなの?』
『百二十万ルルといえば、ホルホルドリのスープが千二百回は食べれますね』
『もう少し、よそ者にも分かりやすく』
『ええと、酒場で一番高いお酒を頼んで、美女を侍らせたとして』
『一般的な例えでお願い』
『そうですね、三年は食べるのに困らないくらい、でしょうか』
アラネスはさらっと言ってのけた。
『マジか。大金じゃん』
とは言ったものの、お金を使おうにも、わたしはまだこの世界の事を何も知らない。
わたしは、報酬をもらったその足で、村の食堂に入った。席についてお品書きを見る。知らない文字のはずなのに、なぜか読める。そういえば、村の人とも会話が成立している事に今更気づいた。
『意思疎通が出来ないと困るので、召喚する時に言語知識の共有をするんです』
『ふーん。じゃあこの、あなたのおすすめの、ホルホルドリのスープにしようかな』
わたしは、店の人を呼んで注文する。
『ところで、あなたは召喚術師が職業なのよね?』
『はい、我が家は先祖代々、召喚術師の家系です』
『素朴な疑問なんだけど、どうやって生活してるの? やっぱりさっきの保安委員会でお金をもらう感じ?』
『召喚術師は、必要に応じて対価を頂くこともありますが、術の性質上、自分の体を使えない時期が長いので、生活はほとんど召喚した方に依存する事になります』
今、さらっと自分はヒモ、みたいな発言しなかったか、この人。
『戦士様の前は二十五年ほど、賢者様を召喚していました。それはそれは賢い方で』
『わたしが賢くないみたいに言わないでくれる?』
と、そこへ湯気の立つ料理が運ばれてくる。見た目はビーフシチューに近く、濃厚なスープの中にゴロゴロした肉が沢山入っている。味もスパイスが利いていて、中々に悪くない。
『二十五年も人に体を貸して、辛くなかったわけ?』
『どちらかというと、誰かを召喚していないと落ち着かないですね。ひとりでいると、不安で叫びたくなってしまって』
『……重度の依存症だな』
わたしが召喚される時、アラネスが妙にしつこい感じだったのを思い出した。
『そういう事ですので、これからも末永くよろしくお願い致します』
『末永くって、どのくらいのつもりなのよ』
『最低でも五十年くらいは』
『賢者の倍かよ』
スープを堪能して、まったりしていると、急に表が騒がしくなってきた。
代金を払って広場に出ると、よく見かける村の若者達が、村の入り口の方へ走っていくのが見えた。入り口までは開けた一本道なので、彼らが何に慌てているのか遠目からもわかった。巨大な鳥が、上空を旋回していたのだ。
村の入り口に着くと、若者達が巨鳥に向けて弓矢を放っていた。遠すぎてかすりもしていないが、当たったところで無傷だろう事は明らかだった。ただ、わたしは矢の行方よりも、別の物に気を取られていた。村入り口に、昨日まではなかった、巨大なモニュメント的な物が鎮座していたのだ。
「何これ」
モニュメントの正面に回ってみると、『五十三号討伐記念碑』とプレートが付いている。そして、モニュメントと思っていたそれは、わたしが倒した、あのカタツムリの巨大な殻だった。
「こんなものを置いてるから、お仲間を挑発しちゃったんじゃないの」
『ああ、確かに。巨獣たちは仲間意識が強いと、かなり昔に聞いたことがありますね』
『そういう情報は共有しときなさいよ』
思わずアラネスに説教してしまう。元の世界でもよく有りがちな、連絡ミスからのトラブル。若い部下をたしなめているような気分になってしまった。この人はめちゃくちゃ年上だが。
巨鳥は、上空から粘着質の物質を落とし始めた。物質に触れた木々が、みるみるしおれていく。それ自体も危険だが、辺りに強烈な匂いが立ち込めて、わたしはたまらず鼻を抑えた。
『アラネス、術法、お願い』
わたしはその辺の地面に向かって手を広げた。ぽん、という音とともに、二つのレンズが付いた双眼鏡が現れた。
『これは何ですか?』
『こうやって覗くと、遠くのものがよく見えるんだよ』
双眼鏡で巨鳥の姿を捉える。灰色の体、首元に緑と紫の模様がある。全体的なフォルムは丸っこい。
『……鳩だな』
でかい鳩が、バサバサと羽ばたきながらフンを撒き散らしている。かなりシュールな光景だ。よく見ると、目が禍々しく赤く光っている。何とかするにしても、鳩の弱点ってなんだっけ。結構遠い所を飛んでいるので、飛び道具じゃないと届きそうもないし。
わたしはしばらく頭をひねったが、アレしか思い付かなかった。
『アラネス、よろしく』
鳩に狙いを定めて、銃を撃つように指を構える。
『あの、これは……なんなのですか?』
「ディス・イズ・ビーンズミサイル!」
わたしは、巨大な大豆を搭載したロケット花火をイメージした。発射された大豆は、鳩の後頭部にクリーンヒットした。脳震盪を起こした鳩は、錐揉みしながら、ズシンと地面に墜落した。
巨獣というのは、明確に害のあるものと、そうでないものがいるようだ。今回の鳩は前者で、保安委員会でも登録済みだった。
「巨獣二百六十八号の討伐報酬、四万三千ルルになります」
保安委員会の受付で、本日二回目の報酬を受け取る。
「カタツムリの三十分の一か。報酬の基準はあるんですか?」
「単純に被害額に比例して支払われます。二百六十八号は、登録されて間もないですしね」
という事は、カタツムリより鳩が弱かった訳ではないのか。上空からあのフンを撒かれ続けたらと想像して、ゾッとする。
『女神様は仰っていました。ヒカリの戦士様は、全ての巨獣を倒して伝説の存在になると』
わたしが引いているのを察知したのか、アラネスが急にフォローを入れてきた。
『持ち上げてるつもりなら、効果ないからね。わたし、肉体労働は向いてないんで』
『実は、巨獣を倒すことで、ある特典があるんですが、お知りになりたくないですか?』
『報酬以外に何かあるの?』
アラネスは勿体つけて中々答えない。
『……入り口にあった抜け殻、ちょっと見に行きませんか?』
顔は見えないが、アラネスのドヤ顔が目に浮かぶようだった。