29 先代シルファ
『はい、そういうそちら様は』
『わたしは、佐倉光と申します。しがない異世界戦士で』
名刺交換みたいなやりとりをしている場合ではない。わたしは単刀直入に切り出してみることにした。
『先代のシルファさんですよね。ちょっとお聞きしたいことがあるので、そこにいる眼鏡の子の話を聞いて頂けませんか』
視界が勝手にリーネに移る。ちょっとしたアラネス気分だ。
「あたしと話したいというのは、あなた?」
アヤカさんに話しかけられたリーネは、途端に緊張した面持ちになって、姿勢を正した。
「はいっ、しがない召喚術師などをさせて頂いております、リーネと申します」
リーネはわたしと似たような応答をすると、鼻息を荒くして早口でまくし立てた。
「先生の作品は全て拝見させて頂いています。特に『魔法伝記メルミル』には感銘を受けました。八巻の『真冬の航路』も好きなんですが、わたしが一番好きなのは十八巻の『夢幻の夜空』ですね。お話の中に出てくる幻想世界が好きで、あの虹色の空を見た日は、一日何も手につかなくなってしまいました。現し世と隠り世の狭間のようなあの色は、何か着想の基になるものがあるんでしょうか」
これ、誰が止めるんだろう。わたしが声を出せないので、ツッコミ役が不足している。
「いやあ、嬉しいな。こんなに可愛らしいファンがいたなんて」
「ファン?」
リーネが小首をかしげている。アヤカさんは満更でもなさそうで、ひとまず安心した。リーネの実年齢が二百を超えているのは秘密にしておこう。
「『夢幻の夜空』は、オーロラという現象から生まれたお話でね」
「オーロラですか。それはどのようなものなのでしょう」
リーネが眼鏡の端をくいっと上げる。
「星の極で起こる自然現象で……この星ではほとんど見られないから、説明が難しいんだけど」
アヤカさんがそう言ってから、視界が天井付近に移る。彼女が描いた絵が飾ってあるコーナーの中の、夜空の絵に視線が止まった。闇夜の湖の上空に、光のカーテンがグラデーションを作って輝いている。
「あの絵が、大昔にあたしが旅したときに見たオーロラね」
アヤカさんが指をさして教えると、リーネは興味深そうに絵に向かって背伸びをした。
「先生は、異世界よりいらっしゃったのですよね。察するところ、先生の描かれる絵は、異世界の風景がほとんどのように見受けられるのですが」
「そう。あたしの絵の原点は地球の風景だからね」
そこで、側で聞いていたアラネスが、口を開いた。
「こちらにいらっしゃったのは、やはりどなたかに召喚されたのですか?」
「あたしの場合は、複雑な事情があってね」
アヤカさんはそれだけ言うと、しばらく何か考えていた。言いにくい事情があるようだ。
「……死んじゃった身だし、今更隠しても仕方ないか。実はあたしの母親の『呼び戻し』に巻き込まれちゃってね」
それを聞いたアラネスの顔色が変わった。
「まさか、あなたのお母様は召喚術師ですか」
「まあ、そういうことになるんだけど」
顔は見えないが、アヤカさんはバツが悪そうに返事をしている。
「名前は勘弁してね。本人はまだ生きているし」
アラネスは深刻な顔をして、リーネをちらりと見た。リーネの方も先程までとは打って変わって、気まずそうにしている。声が出せないのがもどかしい。これでは事情を聞くことも出来ないではないか。こんな状態が落ち着くと言う、アラネスの気が知れない。
「まあまあ皆さん、そこまでにしましょうよ。先生を召喚出来る時間は限られているんでしょう」
現役の方のシルファが割って入ってきた。
「先生、お久しぶりです」
「うん、二月も経っていないけどね」
「いやぁ、丁度よかったです。先生に聞きたい事があったんですよ」
「別にいいけど、相変わらず軽いね、君は」
「時間がないので要件だけ話しますね」
「無視か」
死に別れた師弟の再開とは思えないやりとりが続いている。死生観が違うとはいえ、召喚術師はみんなこうなのだろうか。
「少し前に、先生がぶっ飛ばした、空を飛ぶ巨獣、覚えてます?」
「ああ、プテラノドンみたいなやつね」
「あいつの幻魔石、どこにやりましたっけ。傀儡の材料にしたいんですよ」
「放っとくと危ないから、賢者さんの石の隣に封印しといたよ」
アヤカさんが答えると、シルファはニコニコしてこちらを見つめた。それを見たアヤカさんはため息をつく。
「……仕方ない、案内してあげるよ。死んだ人間にまで頼ってくるとは、大物だよ君は」
「いやあ、それ程でも」
「褒めてないし」
アヤカさんは流れるようにツッコミつつ、両手を合わせて呪文を唱えた。
『紡がれし記憶の糸、我らが身を彼方へ導かん』
一瞬、周りの景色が縦に流れて、真っ暗になった。
「明かりをつけますね」
シルファの声がして、ぼんやりと辺りが照らされる。ゴツゴツした岩肌が見えるので、洞窟の中にいるようだが、幕のようなものが前方を遮っていた。
「あらま」
アヤカさんがポツリと言った。行く手を塞いでいたのは巨大な蝙蝠の翼だったからだ。




