28 異世界の気配
わたしたちは、シルファの家で夕飯をご馳走になっていた。
機動傀儡は、人間と同じく食事でエネルギーを補給する仕組みらしい。スープの温かさや、スパイスの辛味もきちんと感じることができる。どういう技術なのかは知らないが、既に人智を超えている気がする。
わたしが傀儡の身体に馴染んでいるのが面白くないらしく、アラネスはわたしの隣でずっとむくれていた。
「アラネス、せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「可愛いもんですかっ」
アラネスがそっぽを向いてほっぺたを膨らませる。仕草が完全に子供だ。
「そんなに一人が嫌なわけ?」
「戦士様はわたしが召喚したんです。わたしのものなんですっ。どうしてわたしから離れちゃうんですか」
アラネスは目が座った状態で、なんだかヤバいことを言っている。片手にグラスを持っているので一見酔っ払いのようだが、中身は濃いめのぶどうジュースだ。
「お母様、戦士様に失礼でしょう」
アラネスはリーネにたしなめられて、今度は口を尖らせた。
「あなたはいつも口うるさいんです。もう少し慎んだらどうなの」
「慎むのはお母様です。そんな醜態を晒して恥ずかしくないんですか。己を律することも出来ない人に、長は務まりませんよ」
リーネの反撃を食らったアラネスは、わたしにすがりついて泣き出してしまった。とりあえず頭を撫でてあげるが、自分を撫でているようで妙な気分だ。
「わたしなんて、一人では何もできない駄目な召喚術師なんです。戦士様、どうか見捨てないでください……」
急に弱気なセリフを吐いたかと思うと、アラネスはそのままわたしの膝の上で眠ってしまった。この人、もしかしてジュースで酔っ払ったのだろうか。
「全く、仕方のない人」
リーネがため息をつきながら首を振った。この調子では娘に呆れられても仕方なかろう。その様子をニヤニヤしながらスフィラが見ている。
「噂に聞く大召喚術師様も、こうして見ると至って普通だね。人は見かけによらないものだ」
「何、その偉そうな二つ名は」
「召喚術師の長の事だよ。大召喚術師は、常に一人しか存在しない。代々、一子相伝の召喚術を受け継いだ、唯一無二の存在なんだ」
この酔っ払いがかと、喉まで出かけたが、娘もいるのでやめておいた。
「その召喚術って、もしかしてわたしが呼び出された召喚術のこと?」
「うん、異世界の壁をも越える秘術、らしいよ」
確かに、アラネスにしか出来ない召喚術だという話は聞いていた。そうなると、同じく地球出身のシルファを呼び出した先代さんは何者なのか。アラネスは八百歳を超えているので、同時に存在していたことになるが。視線に気づいたシルファは、わたしが聞く前に口を開いた。
「先代は、元々は大召喚術師の家系の分家出身らしいですが、本人の口が堅かったので、詳しい事はわからないんですよね」
先代さんはアラネスたちの親戚ということか。何にしろ、召喚術師同士が引かれ合うという性質だけは、本当のようだ。
わたしたちはシルファの家の二階の客間に泊まらせてもらうことになった。客間にある家具もまた奇抜なデザインだ。アラネスとシェリルはとっくに寝息をたてているが、四つあるベッドは色が派手で、眠るのにはちょっと落ち着かない気がする。わたしは傀儡の身体なので、眠る必要がない。やることもないので、部屋の隅でシルファにもらった先代の画集をリーネと一緒に眺めていた。
「この空の色、今にも泣き出しそうな色だと思いませんか?」
「雨が降りそうってことかな。まあそうだね」
リーネが目を輝かせてわたしに聞いてくる。暗い空の下に広がるビル群が描かれた風景画。どちらかというと地球を思わせる街並みだ。さらに次のページをめくると、赤と白の鉄骨製のタワーがそびえ立つ豪快な絵が現れた。どう見ても、まんま某首都にある、あのタワーだ。
「これ、わたしのいた世界なんじゃないかな」
わたしが言うと、リーネは伊達眼鏡の端をくいっと上げた。
「やはり、先代シルファ様も、戦士様の世界に見識があられるのですね」
「今となっては確かめようもないけどね」
亡くなった人の声を聞く方法なんかないんだし、と考えたところでリーネと目が合った。そういえば、リーネは死者を呼び出す召喚術が使えるんだった。
「ちょっと試してみてもいいですか」
「やめときなよ。この前ヘトヘトになってたでしょう」
リーネはやる気満々のようだが、わたしとしては、あんな辛そうな娘の姿は見たくないのだ。
「今回は招魂召喚ではなくて、この身に召喚しようと思います」
リーネが当然のように言うが、これは聞き捨てならない。
「それって、わたしとアラネスみたいな関係ってことよね? わたしは反対だよ」
召喚された相手に、身体の支配権を明け渡す事になる。先代シルファは、男か女かさえもわからない。得体の知れない相手に娘はやれない。
「いえ、一時的に身体を貸すだけです。相手は死者なので、永続的な召喚は出来ません」
拍子抜けしたのと同時に、先走った自分がちょっと恥ずかしくなった。
「直接、魂だけを呼び寄せるより、負担は少なくて済みます。前にシェリルさんに魂を移した時と同じですね」
つまり、イタコと似たような能力なのだろう。いよいよ霊媒師との違いがわからなくなる。
「ただ、わたしが直接お話し出来ないので、そこが残念なのですが」
「だったら、こっちに呼んでみたら?」
と、わたしは自分の入っている傀儡を指さした。
「いいんですか?」
リーネの表情がばっと明るくなる。
「憧れの人なんでしょ。でも、今日は遅いから、やるなら明日ね」
翌日、朝食後のアトリエにて、わたしはリーネと向かい合っていた。
「シルファさん、先代の本名を教えていただけますか?」
「確か……『ミシナアヤカ』ですね」
わたしは耳を疑った。日本人の名前に聞こえたからだ。聞き返す間もなく、リーネが呪文を唱え始めてしまう。
『眠れる魂に問う。汝、先代シルファこと、ミシナアヤカよ。現し世に遺す言の葉は有るか』
わたしの頭の中に、何かが覆い被さったような感覚に陥る。
『あれ、あたし、何してたんだっけ』
頭の中で声がする。名前の通り、声の感じは女性のようだ。
『お呼び立てしてすみません。そちらはミシナアヤカさんでよろしかったでしょうか』
わたしは何故か電話のような応対をしてしまった。




