25 傀儡の身体
リーネが緊張した面持ちで椅子に座っている。シルファがどうしてもリーネをモデルにして絵を描きたいと言うので、仕方なく許可したのだ。
しばらく時間がかかりそうなので、わたしは過去の『魔法伝記メルミル』シリーズをパラパラとめくりながら、目の前のラフィスの傀儡を眺めた。
スフィラとラフィスは、シルファから分かれた精神体。絵本に登場する双子をなぞらえたため、どちらか一方しか表に出てこれないようだ。スフィラたちの正体は何となくわかったが、シルファにもう一つ確認しておかなければならない事がある。
「シルファさん、聞いてもいい? あなたはわたしの世界の事を知ってるの?」
シルファは一心不乱に絵筆を動かしていて、わたしの声が聞こえていないらしい。
「おーい」
もう一度呼びかけてみても反応はない。絵にかける情熱の成せる技なのか、物凄い集中力だ。
「お母様は、あなたと同じ世界の人間なのですよ」
どこからか高い声がして振り返ると、ラフィスがにこやかに笑ってこちらを見ていた。
「あなた……どっちのラフィス?」
一瞬見ただけでは、精神体の方か、傀儡の方のラフィスなのか区別がつかなかった。壁際に立っていた傀儡が無くなっていることで、ようやく後者だと判断できたぐらいだ。彼女は作り物の身体なのに、当然のように笑顔を作っている。あの顔、どういう仕組みなんだろう。
「わたしと同じってことは、シルファは地球から来た人なの?」
「はい、根室出身です」
また北の大地か。リカさんといい、あの土地には何かあるのだろうか。地球出身だとすると、目の前にいるシルファはわたしと同じように召喚されたということか。彼女の今の状態に興味が湧いてくる。
『あの者の魂はひとつですね。召喚されている様子はありません』
察したアラネスが答えたが、わたしも自前の霊力でその辺りはわかるようになってきた。身体ごとこちらの世界に来る方法でもあるのだろうか。そこまで考えたところで、ふとあることを思いついた。
「まさか、シルファも傀儡だったりしないよね」
『そんなまさか』
「いやいや、あれが作り物の訳が……」
シェリルのセリフがまるでフリだったかのように、シルファの右腕が突然外れて、リーネの足元まで飛んでいった。驚いたリーネが顔を強張らせて固まっている。
「ごめんなさい、力を入れすぎてしまいました」
シルファは腕を回収して肩にはめ込むと、何事も無かったように再び筆を動かし始めたので、わたしはシルファの肩に手を置いた。
「説明」
「……ですよね」
シルファは気まずそうに笑うと、くるりと手首を一回転させてみせた。
「お察しの通り、わたしの身体は傀儡です」
今の今まで、普通の人間だと思っていた。というか、事実を知ってもまだ生身の人間にしか見えない。さっき肩を触ったみた感じでも、ちゃんと体温も感じられたし、人体の柔らかさもあった。にわかには信じがたいが、目の前で腕が飛んだのを見てしまった以上、信じるしかなさそうだ。
「あなた、ただの画家じゃないよね」
「はい。絵画を始め、彫刻、文芸、科学、術法の分野にも精通する総合芸術家。それが、『シルファ』なんです。元々、わたしは先代シルファからこちらに召喚された人間です」
「地球人のあなたがなんでそんなことを?」
「色々と複雑な事情がありましてね。まあ、その話は、またの機会ということで」
シルファは人差し指を唇にあててウインクした。
小一時間程して、リーネを描いた絵が完成した。恥ずかしそうにはにかむ表情が、繊細なタッチで描かれている。写実的でありながら、その反面、幻想的な空気感を纏う不思議な絵だ。
「我ながら、いい絵が描けました。やっぱり描きたいものを描くのが一番ですね」
すこぶる上機嫌な様子で、シルファは自分の絵を眺めている。その隣で、ラフィスがシルファの袖を引いた。
「お母様、わたしの絵も描いて欲しいな」
「あなたの絵は毎日描いているでしょう」
「そうだけど、ミルシェじゃなくて、わたし自身を描いて欲しいのにな」
ラフィスが頬を膨らませるので、わたしは思わず指でつついてしまった。ぷにぷにしていて、普通に柔らかい。機械というより、有機物に近い素材か。術法も絡んでいる気配も感じる。
「戦士さんもこの身体、使ってみます? 少しお貸ししましょうか」
「え、貸すって?」
ラフィスはニコニコしながら、わたしのおでこに人差し指を近づけて何かを唱えた。
次の瞬間、わたしは光の中に吸い込まれるような感覚に陥り、意識が遠のいた。我に返ると目の前にアラネスが立っていて、驚いた顔でこちらを見ていた。
「戦士様……ですか?」
アラネスがつぶやいた。いつも聞く声だが、どこか違和感がある。冷静に考えれば当然だ。そもそも、わたしはアラネスと面と向かって話したことがない。そういう意味では初対面も同然だったからだ。




