22 ラフィス
「はじめまして。わたしは、ラフィスと申します」
「これはどうもご丁寧に」
彼女があまりにも慇懃に頭を下げたので、わたしもつられてしまった。
「じゃなくて、後ろ! 巨獣!」
「あら」
わたしとしたことが、ノリツッコミをやらかすとは。彼女は事態を飲み込めているのか、のんびりと巨獣を見上げている。巨獣は大きく翼を広げて、再び上空へ舞い上がった。また上から襲ってくるつもりだ。
スフィラが急に変身した件はとりあえず置いておく。このままでは、彼女は巨獣の格好の餌食だ。
「アラネス、術法いくよ」
『これは何ですか?』
「ディス・イズ・トリモーチ!」
文字通り、大量のトリモチを作り出して巨獣にぶつけてやる。効果はてきめんのようで、身動きを封じられた巨獣は地面に落下した。かなりの衝撃だったはずだが、まだ巨獣は翼をバタつかせている。気が進まない中、トドメを刺す方法を考えていると、スフィラ改めラフィスがふらふらとわたしの前に躍り出てきた。
「ちょっと、危ないよ」
わたしが注意すると、彼女は優雅に微笑んだ。
「ダメですよ、暴れたりしたら。元の場所へお帰りなさい」
そう言って、ラフィスが巨獣に手をかざした。一瞬、何かが弾けた音がして、巨獣の動きが止まった。巨獣の身体が翼の先から空中に溶けていくように消えていった。
ナートの事務局に戻ったわたしたちは、調査の結果を分析していた。局員さんが、テーブル上の地図に先程の巨獣の位置を書き込んだ。
「最初に倒した巨獣と、二番目の巨獣との距離がおよそ一キロほど。他の二体の巨獣は二キロは離れていましたから、ある程度距離が近いと、術法に反応するという可能性が高いですね」
「たまたま鳥の巨獣が敏感だったってことは?」
「あり得なくはないですが、少なくともそういう反応をする巨獣がいるという裏付けにはなります」
要するに、今後術法を使うときは周囲に気を付けようということだ。
「今後も、調査は続けますので、ぜひご協力を」
局員さんはそう言って、何かの端末をわたしたちの魔導環に向けながら操作した。魔導環に二万五千ルルの表示が出る。今回の調査と巨獣二体分の報酬らしい。またしても使い切れないお金が増えてしまった。
「ところで、結局あなたは何者なの」
わたしは隣でずっとニコニコしていたラフィスに聞いた。顔だけでなく、体つきも完全に女の子に変わっている。
「わたしはラフィスと申します」
「それは聞いたよ。あなたはスフィラとは違うの?」
「わたしはわたしですよ?」
彼女は首を傾げた。とぼけているのか、本気なのかわからない。
『彼女の中に、本人とは別に二体の魂を感じます。推測ですが、魂が入れ替わったのではないでしょうか』
アラネスが言った。
『それって、わたしとアラネスみたいなもの?』
『いえ、仮にわたしと戦士様が入れ替わっても、肉体に変化はありません。体の方が召喚体であれば、可能性はありますね』
霊力を発揮して、注意深くラフィスの全身を観察してみる。確かに、マイたちから感じるものと同じ雰囲気がある。マイたちは見た目は実体のある人間の姿だが、人間とは違う波動のようなものが出ているのだ。
『例えると、マイとアリーが同じ召喚体に同居しているような状態に近いでしょうか』
つまり、スフィラもラフィスも召喚体かも知れないということか。本人に聞いたほうが早そうだ。
「失礼な事を聞くかも知れないけど、あなた、人間じゃなかったりする?」
ラフィスはニコニコしたまま首を振った。
「わたしは人間ですよ。……体は違いますけど」
それは既に人間ではないのでは。どうやら、アラネスの推測は大方は当たっているようだ。スフィラが急に現れたり、手錠をあっさり外したり出来たのも、そのあたりに起因するのだろう。
「訳あって、身体を無くしちゃったんです。ドジですよねぇ」
ラフィスが他人事みたいに言う。ツッコむべきか考えたが、もしかして、スフィラの方が無くしたという意味か。なんにしろ、得体が知れない事に変わりはない。ラフィスは窓から入り込んだ蝶々っぽい虫を追いかけ始めたので、放っておいて事務局を出ることにする。
一仕事終えたら急にお腹が空いてきた。昼ご飯を食べに近くのお店に入ることにする。アリーの格好は目立つので、術法でジャケットを作って着せてあげた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「五人……」
「六人でお願いします」
元気のいい店員さんに答えようとすると、別の声に遮られた。最初から一緒にいたかのように、ラフィスが隣でニコニコ笑っていた。
「なんでついてくるの」
「ご一緒したらダメですか?」
ラフィスは上目遣いで聞いてきた。天然なのか、ぶりっ子なのかイマイチ掴みきれない。
「別にいいけど。最初に断っておくけど、うちのパーティはもう新しい仲間は募集してないから」
ラフィスは何も答えずに、ニコニコしている。わかったのか、わからないのかが判断出来ない。あえて、わたしの世界の言葉で『パーティ』と言ってみたのは、スフィラの方は地球に精通していたからだ。
『マイ、あなたから見て、あの子はどう見える?』
わたしは意識を通じてマイに問いかけた。
『我と同じ召喚体ですが、異質な魂の持ち主ですね』
『何をしでかすかわからないから、警戒しておいてくれる?』
『御意。ひとつ不思議なのですが、あの者はなぜ、自身の主の魂と身体を共有しているのでしょうか』
ラフィスの主とはスフィラのことかとも思ったが、スフィラの中には魂が二つあったことを思い出す。この人、もしかするとわたしと同じような存在なのでは。ちらりと顔をうかがってみるが、ラフィスはずっとニコニコ笑っていた。




